危機
俺は、他の生徒たち同様にグラウンドの中央付近に集められていた。
安全圏であったグラウンドも、今はもはやその限りではない。
俺は、手の中の木刀を油断なく構え、視線は周囲を見回して、いつくるかもわからない攻撃に備えて警戒する。
その側で裕久は、ボロボロの身でありながら、近くで怯えていた女子生徒を元気づけようと、懸命に声をかけていた。
グラウンドに集められた俺たちの周囲。
俺たちを取り囲むように並び立つのは、十数人の男たちだ。
粗末な着物を纏い、手に手に刀や槍といった武器を持つ彼らは、あたかも時代劇などに出てくる山賊のようだった。
彼らに対し、常に警戒して武器を構える俺だが、当の彼らはと言うと、まるで俺を警戒していない。
悠然と武器を手に提げ、肩に担ぎ、下卑た笑いを浮かべながら、こちらを品定めするかのように眺めるだけだ。
時々聞こえる会話から、彼らが何者なのか推測しようとするが、どうにもその内容が理解できない。
「今度の『筒衣衆』はガキが多いな…。まあ、その分数はいるが」
「これだけの数をあそこの領主の所に連れて行きゃあ、そうとうな恩賞になるぜ…」
これは、拾い聞いた会話の一部。
時代がかった格好をする彼らの会話は、やはりどこか時代がかっており、現代っ子の俺には意味が判らない。
こんな状況になったのは、ほんの少し前のことだ。
担当していた校舎の区画に、救助要請者がいないことを確認した俺たちは、美景先輩と合流する意味合いも兼ねて、避難場所であるグラウンドに向かっていた。
あそこならば、校舎の中のように化け物鼠はいないし、何より人がいる。
それまで平気な顔をして、校舎の中を練り歩いていた俺だが、実を言うと不安ではあった。
あまり大人数で群れるのは好きではないが、この異常事態の不安なときには、人が大勢いることで、少なからず安心できる。
そんな考えもあって先を急いでいた俺だが、薫先生にその足を止められた。
「ちょっと待ってください、宮前君、山崎君」
かけられた声に、早足でグラウンドを目指していた俺と裕久は、足を止めて振り返る。
「どうしたんですか?」
最初は、歩く速度に遅れそうになったから止められたのかと思った。
しかし、振り返って見た薫先生の顔は真剣そのもの。
「静かすぎませんか…?さっき来たときは、ここくらいまで皆の声が届いていたのに…」
異常に真っ先に気付いたのが、薫先生だった。
言われて、俺は耳をすます。
確かに、薫先生の言う通り人の声が聞こえない。
最後の救助要請者を送り届けた時は、騒がしいくらいだったのに。
それに加えて、どうにも空気が、
「張り詰めてやがるぜ…。グラウンドで何かあったんじゃないか?」
裕久も感じとっていたようだ。
今、この場を包む空気は、まるで弦楽器の弦のようにピンと張り詰めている。
「とにかく、グラウンドに行こう…。一度確認しないと何も判らないからな」
それが現れたのは、先を急ごうと歩を進めた瞬間だった。
突然、脇にあった茂みが揺れ、中から何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
咄嗟に飛び退いて身構える。
化け物鼠が外にまで出てきたのか、と思いきや、そこに立っていたのは一人の男。
俺は、ホッと胸を撫で下ろす。
相手が人間ならば、警戒の必要はない。
そう思い、木刀を下げようとしたその時に、目の前に立つ男の違和感に気付いた。
「あんた…何者だ?」
再び、俺は木刀を身構える。
男の身なりは、現代日本の学校施設において、まず有り得ないものだった。
着ているものは、粗末な布で作られたボロボロの着物。
髪や体も薄汚れ、何より俺が警戒したのは、その手に提げた銀色の光を放つ代物だ。
「…日本刀?」
そう、男が持つのは日本刀だった。
それが、真剣なのか模造刀なのかは知らないが、そんな物を抜き身で野外を持ち歩く人間に、警戒するなと言う方が難しい。
おそらくは、肩口からわずかに覗く黒い色は、手に持つ刀の鞘だろう。
俺は僅かに体を後ろにずらして、裕久と薫先生を庇うような体勢をとる。
と、次の瞬間だった。
「ぅおりゃぁ!」
男が突然、手に持つ刀で斬りかかってきたのだ。
「うわっ!」
「キャッ!」
俺は、奇跡的にその初動を見逃さず、後ろにいる二人を突飛ばし、バックステップを踏んで回避する。
「真剣かよ…」
男が持つのは真剣だった。
回避の時に、刀がかすった制服の裾が、見事 パックリと裂けていた。
「晶!」
それを見た、裕久がこちらに向かってこようとしていたが、
「来るな、裕久!」
俺は口で制した。
「こいつの相手は俺がする!お前は、薫先生と一緒にグラウンドへ!」
力強い俺の言葉に、裕久は黙って頷き、走り出す。
薫先生は、俺に加勢するべきか迷っていたようだが、
「先生も行ってください!」
俺の言葉で迷いは無くなったようだ。
「分かりました!怪我しないでくださいね!」
それだけ言い残し、薫先生も走り出す。
さて、俺もこの男を倒して追いかけないとな。
俺は木刀を正眼に構えて男と対峙する。
もちろん、グラウンドへの道を阻むようにして。
対する男は、構えも何もなく、ただ手に刀を持つだけだ。
「仲間を先に逃がすとは、殊勝じゃねぇか」
半笑いを浮かべながら、そう言う男。
まともな声を、俺はこの男から始めて聞いた。
「当たり前だろ?あの中じゃ、俺が一番強かったんだ」
挑発の意味も込めて、俺は男にそう返す。
「じゃあ、一番強いお前を殺して、残りの連中を…追うとするかぁ!」
言葉と同時、俺に斬りかかってくる男。
俺はそれを、僅かに身体をずらすことでかわす。
その一撃を皮切りに始まる、男の連続攻撃。
だが、その一撃一撃は力強くはあるものの、鋭さはない。
その上、片手での大振りのため、軌道は見切りやすくかわしやすい。
「そんな力任せに振った刀が、当たるかよ!」
男が大上段から振り切った隙を、俺は狙う。
木刀を降り下ろす先は、男の持つ刀の峰。
そこは、刀身の中で一番弱い部分であり、そこを打てば刀は折れる。
「はぁっ!」
気合一閃。見事木刀は刀の峰に命中し、男の刀はその部分から快音をあげて、ポッキリ折れる。
「このガキ!」
男は憤怒の声をあげるが、そこからの反撃を許す俺ではない。
充分な踏み込みをもってして、がら空きになった男の鳩尾に打突を叩き込む。
綺麗に鳩尾を突かれた男は、悶絶する暇もなく白目を剥いて地面に倒れこんだ。
「二人を追わないと…」
グラウンドまで、走れば一分とかからない。
先の男のような妨害はなかったため、予想通りにグラウンドまで到達できた。
だが、そこで見たものは、
「裕久!薫先生!」
グラウンドの中央付近で、さっきの男と同じような身なりの男たちに囲まれる大勢の生徒と、
「よお、晶…遅いじゃないか」
「捕まってしまいましたぁ」
俺を待ち構えるかのように捕らえられた、裕久と薫先生の姿だった。
裕久は、抵抗したのだろうか。
顔は殴られて腫れ、おそらくは服の下もアザだらけなのだろう。
自力で立つことが出来ないくらいに弱っていた。
「お前も、大人しくするんだな。さもないと、仲間が死ぬことになる」
二人に突き当てられる銀色の刃。
俺は、投降することを余儀なくされた。
木刀を取り上げられなかったのは、彼らが俺を脅威とは思っていないからだろう。
俺たちを取り囲む男たちの態度から、それが感じ取れる。
悔しくはあるが、今はそれよりも逃げる事が先決だ。
たぶん、俺一人なら逃げ出すことは出来る。
だが、今回は俺一人だけではなく、七十人近い人間が同時に逃げなくてはならないのだ。
おまけに、裕久は立つこともままならない手負いの身。
どうしても、隙をついて逃げる、ということは出来ない。
そうなれば、残された方法は一つだけ。
〈戦うしかない…か〉
覚悟は決まった。
あとは、どう出るか、だ。