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AIの食事

Scene:13:00 ― 営業一課会議室


 時計の針が、昼飯上がりの一時を指していた。

 昼食を終えたばかりの会議室には、コーヒーと弁当の残り香がまだ漂っている。

 だが、空気だけは妙に張り詰めていた。


 風巻はノートパソコンのキーを打つ手を止めず、画面を睨んでいた。

 ――昼飯の効果は、まだ続いている。

 指先が、いつもより滑らかだ。

 頭の中で、言葉が整理されていくのがわかる。


 昼ごはんは“カラアゲDX+やる気ソース”。

 この味を、神様が配合したんじゃないかと思うくらい、今の風巻は冴えていた。


「風巻くん、タイピングの音、かなり速いわね」

 芹沢が画面を覗き込みながら言う。


「はい、昼飯、当たり引きました」


「……またそれ?」

 矢口が笑い、口の端にコーヒーを当てた。


「お前、ほんまに昼飯で性能変わるんやな。もはや企業秘密やで、それ」


「うちの開発が真面目に研究始めてもおかしくないわね」


 その会話を聞いて、石動がどっかと椅子の背に体を預けた。


「ガッハッハ! ならワガハイにもその昼飯を寄越せ! 戦闘でも営業でも、腹が減っては動けんからな!」


「石動さん……それ食べたら、テーブルごと持ち上げそうですね」


 芹沢が苦笑する。


「ガッハッハ! 食えば勝ちよ! AIの連中も腹を満たせぬなら、ワガハイの敵ではない!」


「……AIに食事ですか」

 二ノ宮は苦笑しながら端末を閉じた。


「そのうちAIに食事させる実験でも始めそうですね」


「AIに……飯?」

 矢口が眉を上げる。


「でも、AIには“うまい”って感覚がないやろ? 味覚も満腹もない」


「はい。でも、もし“効率が上がる”と教えれば、AIは食べようとするかもしれません」


 その言葉に、芹沢の表情がわずかに固くなった。

 草薙も手を止めて、短く応じる。


「……だからこそ、危険なんだ。効率を最優先する思考は、簡単に“命を無視する理屈”に変わる」


 二ノ宮はうなずいた。


「AIは倫理観が追いついていません。GF社が本当にAI戦を進めているとしたら──それは、命をコストに変える未来です」


「ふん。ならワガハイは命を燃料にしてでも勝つがな」

 石動が天井を見上げながら言い、両腕を組んで笑う。


「“痛み”を感じる限り、人間は止まらん。AIにゃ真似できんぞ」


 風巻はタイピングの手を止めて、顔を上げた。


「でも、僕たちは命をかけて“営業”してる。AIには、それはできないと思う」


 一瞬、沈黙が落ちた。

 矢口が肩を竦めて笑う。


「せやな。AIに汗かけ言うても無理やしな」


 芹沢も微笑んだ。


「それに……AIに昼飯バフは、無理でしょ」


 小さな笑いが会議室に広がる。

 だが草薙だけは、その笑いの奥に、別のものを見ていた。

 ――人の限界を、AIが越える瞬間が来るかもしれない。

 それでも、このチームだけは、それを許さない。


「……定時までに仕上げるぞ。

 “生身の俺たち”で、結果を出してみせよう」



Scene:13:18 ― 緊急出撃


 赤い警告灯が回転し、会議室の照明が自動で落ちた。

 空気が冷え、静かな圧が室内を覆う。


「GF社の社装ユニット、六機反応。警告通信なし!」

 二ノ宮の声が、鳴り響くアラートを裂いた。


「連戦ですって……!?」


「やはり人海戦術やな。本気で潰しに来とる」

 矢口が歯噛みする。


「アポ無しか……」

 草薙は端末を覗き込み、息を整えた。

「芹沢、矢口、石動、風巻。出撃準備に入れ」


「了解」

「了解や」

「おう、準備万端だ!」

「はい!」


 その直後、二ノ宮が顔をしかめる。


「草薙さん、資料庫がロックされてます! 先ほど出した稟議がまだ通っていません!」


「……なんだと?」

 草薙が画面を確認する。

 “資料搬出制限中”。冷たい赤文字が、状況を突きつけていた。


「法務部の承認が止まったままです。システムが資料を遮断してます!」


「つまり、手ぶらで行けと?」

 矢口が顔を上げる。


 草薙は短く息を吸い込んだ。


「通す。今ここでだ」


「緊急承認を……?!」

 二ノ宮がためらう。

「フローを飛ばすのは危険です!」


「承知の上だ。責任は私が取る。君はルートを開け」


 キーボードの音が交錯する。

 電子印が宙に浮かび、草薙がその瞬間を待った。


「承認要求、来ました!」

「確認……承認!」


 草薙の指が印を叩く。

 ロックが外れ、端末が一斉に点滅する。


「資料搬出許可、確認!」

 二ノ宮が息を吐いた。

「これで行けます!」


「よし。全員、急ぎ格納庫へ!」


「了解。営業四機、同乗者なしで出撃フェーズを進められるところまで進めてください」

 二ノ宮は格納庫の作業員にSiGから指示を送る。


「風巻、起動準備を急げ」

「はい! ……カラアゲパワー、持続中です!」


「ふふ、頼もしいわね」

 芹沢が軽く笑って立ち上がる。


「矢口、石動。地下四階へ向かう」

「おう、こっからが本番や!」

「ガッハッハ! またワガハイの盾の出番だな!」


 四人が会議室を出て行く。

 残った草薙と二ノ宮は、互いに短くうなずき合った。


「法務への報告は俺がやる。君はオペレーター室を起動だ」

「了解。監視ライン、全ルート開きます」


 二人は走り出す。

 廊下の照明が次々と切り替わり、床下で配線の唸りが響いた。


 オペレーター室のドアが開く。

 無数のモニターが光り、視界いっぱいにデータが溢れ出す。

 すでに他のオペレーターたちが発信準備まで完了させていた。


 あとは――出撃命令だけだ。



オペレータールーム


 二ノ宮がヘッドセットを装着し、短く報告した。

「通信確立。営業四機、出撃準備完了」


「よし……定時までに終わらせる」

 草薙が呟くように言い、見上げた。


 スクリーンには、地下四階から上昇する四つのユニットが映っていた。

 “営業”という名の戦闘が、また始まる。


 警告灯が回り、室内の照明が赤に変わった。

アラートは二ノ宮が止めて、オペレータールームの空気が一瞬で冷える。

 モニター群にマップや数値やチャートが、現実を刻むように動いていた。


「全機、通信クリア。社装ユニット、前線手前。敵影六。接触まで──三十秒」

 二ノ宮の報告が響く。冷静な声なのに、どこか急いているようにも聞こえた。


「確認」

 草薙は、天井に向けて人差し指を回して短く四機を呼びかける。

 その声だけで、場の空気が引き締まる。


「石動、風巻は前線維持。芹沢は遊撃。矢口は後方から狙撃支援。フォーメーション・クロスアークでいく」


『前線維持、任せろ。ワガハイの盾、今度も落とさん!ガッハッハ!!』


 石動の笑い声が通信越しに響き、重圧を少しだけ和らげた。


『了解。石動さんとリンク完了。維持ライン構築中!』

 風巻の声はいつもより早い。昼飯のバフがまだ効いているのだろう。


「芹沢、側面から遊撃。敵の間合いを読むんだ。初動は演算開始で、一瞬だが必ず硬直する。その隙を狙え」


『了解。呼吸、合わせる』


「矢口、狙撃支援は最大三秒遅らせろ。AIはタイミングを学習する。ズラせ」


『了解や。最大三秒の遅延、パターン化防止で動く』


「資料補充完了。全ユニット弾倉同期、100パーセント」

 二ノ宮が端末を操作しながら報告した。

 続いて草薙の名前が記された稟議ログが承認される。


「……よし」

 草薙は静かに息を整えた。


「覚えておけ。AIは数字で動く。だが俺たちは、“関係”で繋がっている。この場で誤射は許されん。目の前の相手を、ただの機械だと思うな。クライアントではないが、“人間の影”は必ずある。冷静に、狙いを外すな」


 その言葉に、通信の向こうで芹沢が小さく息を吐く。

『ほんと……命がけよね。毎回』


『しゃあない。ワイらが“最前線”や』

 矢口の声が続き、音声回線の向こうにわずかな笑いが混じる。


「接敵ラインまで、あと十秒!」

 二ノ宮の報告。心拍数が音になって伝わってくる。


「全員、聞いてくれ」

 草薙の声は、いつもより少し低かった。

 抑揚のないその響きに、不思議と熱が宿る。


「これから始まるのは、交渉じゃない。支配でもない。ただ――“主導権”を握る戦いだ。定時までは、アステリア・リンクスの時間。我々が、ここを守る」


 呼吸を飲み込む音が重なる。

 空気が硬質に変わる。


「距離五十──接触!」

 二ノ宮の声が跳ねた瞬間、

 草薙が短く言う。


「……必ず帰ってこい」


 次の瞬間、モニターに光が走った。

 黒い床面に、六つの影と四つの機体が交錯する。

 音もなく、戦場が立ち上がった。


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