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デブリーフィング

営業一課の備え付け会議室。

室内は一応“通常業務”の体裁を保っていたが、テーブルを囲む全員の表情は、まるで硝煙が漂っているかのように、空気は霞んでいるように重く、どこかまだ戦場の続きを引きずっていた。


芹沢、矢口、石動、風巻の順に並び、向かいに草薙と二ノ宮。

草薙が姿勢を正して、開口する。


「では、デブリーフィングを始める」


その声に合わせて、空気が少し締まる。

二ノ宮が端末をタップし、状況を読み上げ始めた。


「午前の戦況について振り返ります。正体不明の社装ユニット襲来、想定GF社に対し、アステリア・リンクス側は草彅、石動、風巻の三機で応戦。稟議が通っていないため不測の緊急出撃として社内承認は後付けで承認済み。法務部よりコメントがあり、今後もこのような出撃が想定されるため、緊急出撃フローの見直しを要求。これはポジティブな意見としてのコメントです」


草薙がわずかに息を吐いて呟く。


「……セーフティ解除とGF社の脅威を鑑みての意見か。法務部にしては柔軟だな」


再び視線が戻り、二ノ宮が続けた。


「敵機は十機、すでにアステリア・リンクス社の社内に侵入。全通信にアステリア・リンクス社内の侵入禁止警告を通告後、撤退の意思表示をしなかったため、三機で応戦。石動機、風巻機は前線維持、草薙機はバックアップのため後方支援として待機」


そこに割って入るように、石動が指を振る。


「前線維持ではないぞ? 維持、前進だ!ガーッハッハッハ!!」


皆が少しだけ、肩の力を抜くように笑う。

二ノ宮はメモを修正しながら淡々と続けた。


「……修正します。前線維持と拡大。そして全機破壊。敵機は完全に沈黙」


矢口が肩をすくめてつぶやいた。


「草薙さんのスナイプ、見事やったな」


「そんなことはない。彼らが前線を維持し切ったからこその賜物だ。君もできる」


そう返す草薙の口調はいつも通りだったが、どこか少しだけ、温度があった。


「……ほんま、ただの管理職やと思ってたのになぁ」


「ガッハッハ!ワガハイと天道とともに出ていた時と大違いだな!見直したぞ!草薙!」


「お、おい石動……」


草薙が顔を背けるように小さく咳払いをして、二ノ宮に続きを促した。


「敵機の一部は回収。パイロットの確保を試みました」


芹沢が眉を寄せる。


「で、敵は本当にGF社なの?」


「それが…コックピット席はなく……パイロットは不在。おそらくAI操作によるものかと」


風巻と芹沢がその言葉に反応して、席を蹴るように立ち上がる。


「AIですって?!」


芹沢に次いで風巻が問う。


「ちょっと待ってよ!AIが人を傷つける判断を許してるの?」


草薙は腕を組んで淡々と答える。


「AIが人を傷つけないのは創作上の話だよ。倫理に基づくもので、法的な罰則はない」


「でも、だからって……」


不満げな風巻を横目に矢口が片肘をつきながら補足する。


「社装ユニットは排除すべき対象と教えれば、その通りに動く、やな。相手さんは消耗戦も辞さずってところやな」


「つまり、どういうこと?」


芹沢の問いかけに、矢口が表情を曇らせる。


「GF社の資金力で勝負。ワイらのユニットが底をつくまで徹底的にやるつもりかもしれん。むしろワイと芹沢さんのユニットを出さなくて正解だったかもしれん。明日も来るかもな。もっとユニットを増やして……人じゃないからいくらでも投入できる。」


草薙がさらに重ねる。


「相手が本当にAIなら、学習もする。つまり今回の戦闘データはすでに認識済みだ。同じ手段を使えば、今度やられるのはこちらかもしれん」


二ノ宮が画面を確認しながら言葉を続けた。


「現在社装ユニットを整備班で解析中、途中報告ではところどころにGF社製と思われるパーツがあり、GF社の関与は否めないとのこと。ただ、どの会社のものかは未だ不明」


矢口が天井を見ながらぼそっとつぶやく。


「こちらから疑い向けて、おたくですか?なんて聞けんしなぁ」


草薙が話を戻すように切り替えた。


「できることは少ないが、まず緊急出撃用の稟議を通す事。フローを作成する事、これが我々のアクションアイテムだ」


芹沢が頷く。


「そうね。敵機も想定でいいのかしら?」


「法務部より、備えることが大切。対応でなく予防の観点でとコメントがあったことを付け加えます」


「よっしゃ! 予防なら過剰対応でも法務部のお墨付きならできるわね!風巻くん。頼んだわよ!」


「はい!」


「風巻くん、稟議書作成にアサインします」


「二ノ宮さん。私も付け加えておいて、風巻くんのバックアップするから」


「了解。稟議作成は風巻くんと芹沢さんにアサインします」


「ならワイはフローを作るか」


「おっと若造!ワガハイの知識も役に立つぞ!」


「私もだ。二ノ宮君、フローは私と石動と矢口で作る。他部署への交渉もふくめるから。私がバックアップだ」


「了解。緊急出撃フローの作成は、矢口、石動、バックアップ草薙でアサインします。私は全体の工程管理を。報告は天道部長に行います」


「――ああ、それでいい」


「了解しました。私からの報告は以上です」


草薙が一同を見回すように問いかける。


「他に何かあるか?」


そのとき、芹沢がゆっくりと手を上げて立ち上がった。

彼女の顔からは、いつもの強気な空気が消えていた。

察した矢口も、静かに立ち上がる。


「今日は……本当に申し訳ありませんでした」


その一言に、誰もが何に対しての謝罪かを理解した。

防音されている会議室の外の声が聞こえそうなほどに静まり返った。


「……セーフティ解除、そして責任の重さに耐えられず、お酒に逃げてしまった事を後悔しています。ですが、三人の立ち向かう姿勢を見て、考えを改めました。チームとして動けばどんな困難も立ち向かい、打破できる。そう確信しました」


「ワイも……同じやな、言い訳はせえへん。結果で見せる」


草薙は、少しだけ口元を緩めた。


「気にするな。心情は察する。次は君たちに任せるから、体調管理はしっかりとしておくようにな?」


「はいっ!」


芹沢の返事は、張りのある声だった。そして表情も曇りが取れて、もう迷いはなかった。



「ガッハッハ!草薙も言うようになったな!ワガハイと天道がチームの時は、戦闘前にすぐ腹痛を起こしていたもんだが!」


「――お、おい!石動!」


「立場は人を変えるものだな!ガーッハッハッハ!!」


草薙はその声に押されるように肩を竦め、目を逸らす。

けれど、それを見ていた芹沢は、わずかに微笑んだ。

まるで、戻ってきたものを見届けるように。

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