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戦闘開始

出撃後、草薙・風巻・石動の三機は、警戒地域へと滑るように進んでいた。

脚部の駆動音と、内部コクピットに響く同期信号の音だけが静かに空間を満たしていく。


先頭を行くのは、重装の石動機。

風巻はそのすぐ後方、中央のライン。

草薙は少し距離を取って、後衛を守る形。


動きながら、草薙がインカム越しに指示を飛ばす。


「二ノ宮君、敵は何体だ?」


「確認された反応は……十機」


その数字を聞いた瞬間、オペレーター室で二ノ宮の後ろにいた芹沢と矢口が目を見開いた。


「十機やと?!」


「昨日、私の機体が破損したからだわ。相手の狙いは、社装ユニットの破壊。こちらの力を削ぐことが目的ね……」


芹沢は悔しそうに唇を噛んだ。

あの時、もう少し冷静に動けていれば──。


「無理やで草薙さん!三機で相手する数ちゃう!しかも緊急出撃で稟議も通ってない!まともな弾も持ってないやろ!」


矢口の声がオペ室に響いた。


草薙は少しだけ目を伏せ、短く答える。


「昨日撃たなかった分しかないな」


冷静。だが容赦はない。


その返答に被せるように、別の通信が割り込む。


「がーっはっはっは!ワガハイは弾など必要ない!」


石動の豪快な笑いが、コクピットに鳴り響いた。

思わずインカムを外したくなるほどの音量。だが、不思議と気が緩む。


「風巻くん!あなたはどのくらいあるの?」


芹沢が焦ったように風巻へ問う。


「弾は……」


答えかけたところで、草薙が割って入る。


「稟議を通すにも時間がなかったのだ。わざわざ確認することもない。今の手持ちで戦う。これは君たちが出ていても同じ判断を君も下すだろう?」


芹沢は息を飲み、言い返せなかった。


「君たちは見ていなさい」


草薙の声は、次の瞬間から風巻と石動に向けられる。


「石動君と風巻君は前線に。私は後方から支援する。石動君は前線維持のスペシャリストだ。風巻君は指示に従って動きなさい」


「は、はい!」


風巻の声が跳ねる。


「ワガハイに任せておけ!坊主!ガーッハッハッハ!!」


突き破るような笑い声。

なのに、不思議と不安は消えていった。


やがて三機が近づいたのは、アステリア・リンクス社の東端。

今日から新たに設定された防衛ラインの内側――建物が少なく、意図的に“被害想定エリア”に設定された区画だった。


「隠れる場所が少なすぎるわ」


芹沢は送られてくる偵察ドローンの俯瞰映像を見ながら、親指の爪を噛んだ。

誰に向けるわけでもない小さなつぶやき。


横で見ていた矢口も、同じ思いを抱いていた。

けれど草薙の表情には、余裕さえ見えた。


その余裕こそが、逆に気になる。


「風巻、私はここで待機する」


草薙のユニットが、ゆっくりと建物の影へと姿を消す。

次の瞬間、通信が入った。


「敵機、索敵可能距離まで接近してます!二時方向!」


二ノ宮の声が緊張を含んで響く。

風巻は、わずかにユニットを右に傾け、視線を移す。


「視認できるだけで六機……あとの四機は……」


「ガッハッハ!そんなもの気にするな!」


「き、気にするなって言っても!」


「ワガハイ達の役目は前線の維持拡大だ!一歩も引かん!愚直に前へだ!!」


石動のユニットが、背中から鉄アレイのような装備を取り出し、前方にかざす。

次の瞬間、半透明の長方形型シールドが展開された。

三機分を包み込むサイズの防御壁が、戦場の前線に突き立った。


「小娘!警告はすんでいるのだな?」


石動の問いに、芹沢が顔を上げる。


「……はい。全ての回線で警告済み。認識できてない場合、違法侵入として制圧可能です」


「よーし!草彅!暴れていいんだな?」


「……無論だよ。ここはアステリア・リンクス社の敷地。警告を無視した場合は君も知っての通りだ」


「ハハっ!!ならばいくぞ!!」


石動の機体が前進する。

その後を、慌てて風巻が追う。


直後、敵機の火線が飛んできた。

だが、石動の展開したシールドが、すべてを弾く。


「撃て!坊主!」


「は、はい!」


風巻はすぐに標準を合わせる。

敵機の足部へ――ロックオン。


「足を狙うんだぞ!坊主!」


「了解!」


引き金を引く。


弾丸が放たれ、敵機の右脚を正確に貫いた。

その体勢が崩れる。


「や、やった!」


風巻の声が上がった直後、通信室を震わせるように芹沢の声が響いた。


「風巻くん!9時方向!!」


二ノ宮の反応よりも早かった。

芹沢は、画面端に映り込んだ影を即座に視認していた。


だが、それよりも速かったのは――草薙。


「そうはさせんよ」


静かに放たれた声の直後。

草薙のユニットが放ったスナイパーモードの一撃が、

敵機の腕、そして頭部を的確に破壊する。


爆発音が一度だけ響く。





石動の機体が前に出る。

背中から引き抜いた盾、結合セル・バリアが展開され、半透明の壁が三機を包んだ。


「ガッハッハ!坊主!ワガハイの盾で守ってやるぞ!」


敵弾が一斉に叩きつけられる。

火花が連続で弾けるが、バリアは揺るがない。


「撃て、坊主!」


「はいっ!」


風巻はスライド砲を構える。

狙いは脚部。

プレゼン弾が膝を撃ち抜き、敵機が派手に転倒した。


「よし!」


石動が前へ。

盾を片腕に寄せ、もう片方の腕で重関数式ハンマーを振り下ろす。

叩き潰された頭部が火花と共に吹き飛んだ。


後方では、草薙が冷静にロジカルキャノンを構える。

スコープ越しに動きを追う。


「……二時方向、伏兵」


次の瞬間、ルート数値弾が一直線に走り、物陰の敵機を撃ち抜いた。


「一機、排除」


短い報告。それだけで十分だった。


敵の肩から黒い装置が展開される。

空気が歪み、通信が乱れる。


「ノイズブレイク弾!」

二ノ宮の声が震えた。


前線で結合セル・バリアが震動し、強制解除。

光の壁がほどけて消える。


「ちっ……クールに入ったか!」


敵弾が集中する。

風巻は歯を食いしばり、スライド砲を撃ち続けた。

膝、膝、膝。

次々と脚が砕け、二機がよろめく。


「まだだ、坊主!」


石動が吼える。

ハンマーの一撃で胴体を叩き潰し、爆炎が正面を覆った。


その隙に、一機が風巻へ突進してくる。


「くっ!」


引き金を引く。

――弾切れ。

警告音が耳を刺す。


「風巻くん!」

芹沢の声。


胸が熱くなる。

ここで退けば、守れない。


風巻はすぐに切り替え、最後の一発を圧縮装填。

プレゼン弾が一点に凝縮される。


「……負けない……!」


震える声で呟き、引き金を絞った。


光が敵機の首を貫き、爆発が視界を白く塗りつぶす。

巨体が崩れ、地を揺らした。


「や、やった……!」


荒い息がマイクに混じる。

汗が背中を伝う。


後方で、草薙が銃を下ろした。


「……見事だ」


冷静な声。

ほんのわずかに、柔らかかった。




爆炎の残骸を踏み越え、なお五機が残っていた。

前線に三体、側面の影に二体。

まるで獣が獲物を取り囲むように、鋭いセンサーが三機を狙う。


「……残り五機」

草薙が冷静に告げる。


風巻は汗ばむ手で操縦桿を握り直す。

もう弾は残り少ない。だが、退けば仲間を危険に晒す。

胸の奥で、恐怖と責任がせめぎ合った。


石動の笑い声が戦場に轟く。

「ガッハッハ!まだ五機もいるじゃないか!上等だ!」


巨体のユニットが前に出る。

盾が火花を散らし、正面から浴びせられる砲火を弾き返した。

轟音。鉄の雨。だが、その背は揺るがない。


「坊主!ワガハイが道を作る!拳で叩き潰せ!」


「は、はい!」


風巻は叫び、廃棄したスライド砲の代わりに格闘ブレードを展開する。

鋭い光刃が瞬き、突進してきた敵機の頭部を横に断ち割った。

爆炎が上がる――撃破6。


同時に、物陰から飛び出した影。

草薙はわずかに息を整え、照準を合わせる。

「……見えている」

狙撃一発。敵機の頭部がはじけ、煙の塊となった。

――撃破7。


その直後、正面から二機が同時に突っ込んできた。

石動は雄叫びを上げる。

「ガァッハッハ!まとめてかかってこい!」

盾を押し出し、敵弾を押し返す。

火花が連続で弾ける中、巨腕のハンマーが振り下ろされ、胴を粉砕する。

爆炎が立ち昇る――撃破8。


しかし、もう一体が石動の死角から風巻に飛びかかった。

「くっ!」

間一髪、風巻は機体を横転させ、ブレードを突き立てる。

至近距離での一撃。敵機の胸を貫いた瞬間、爆発が白光となって視界を覆った。

――撃破9。


残る一体が、炎の向こうから躍り出る。

巨影が跳躍し、鋭い砲口をこちらへ向けた。


だが、草薙は既に構えていた。

冷ややかな声が、短く響く。

「……終わりだ」


ロジカルキャノンが光の矢を放つ。

直線に走るエネルギーが敵機を串刺しにし、その巨体を爆炎へと変えた。

――撃破10。


戦場に、静寂が訪れる。

残骸が崩れ落ちる音だけが、耳に残った。



爆炎の余韻が漂っていた。

黒煙が立ち上り、鉄の匂いが風に混ざる。


草薙の機体は静かに銃口を下ろし、モニター越しに戦場を見渡す。

もう、動く敵影はなかった。


「……終了した。帰投する。」


低く告げた声が、インカムを通じてオペ室に届く。


一瞬、張り詰めた空気が緩んだ。

モニターの前で、二ノ宮が震える声を上げる。


「敵反応……全て消失!十機、撃破確認!」


「ま、マジか……」

矢口が椅子にもたれかかり、天を仰いだ。

信じられないものを見た、そんな顔だった。


芹沢は固く握った両手を胸に寄せ、涙をこらえるように呟く。

「……勝った……」


その声は、戦場の三人にも届いていた。


石動が豪快に笑う。

「ガッハッハ!見たか小娘ども!三機で十機、敵じゃなかったな!」


風巻はまだ息が荒く、汗に濡れた手で操縦桿を握りしめていた。

けれど、その胸は確かに熱かった。


――守れた。

――勝てた。


震える唇が、言葉を零す。

「……本当に……やったんだ」


その横で、草薙の声が響く。

「……よくやった」


冷静な響き。だが、その奥に、わずかな温かさが宿っていた。


風巻は小さく頷く。

もう一度深く息を吐き、ようやく戦場の終わりを実感した。


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