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この星は、夕方に背中を押される。

──16:00 第1課・管制ブース(戦術プレゼン対応)


フィードバックは、芹沢の社装ユニットの片付けが終わってから行われた。


室内に、紙とキーボードの音だけが響いていた。

芹沢珠希は、先ほどのプレゼン資料を手にし、内容を静かになぞっている。

彼女の声が、硬質な沈黙を溶かすように滑り出た。


「13分で終わらせたのは、“詰めすぎない”ためよ。あの相手は、決め打ちに弱いから」


その言葉に、矢口が小さくうなずく。画面越しのログを確認しながら、口元をゆるめた。


「フェルナンドの担当、途中から“聞くモード”切ってた。あれ以上続けたら、逆に冷めてたな」


二ノ宮がブースの端からディスプレイを操作し、映像をリプレイする。

プレゼン中の相手方の表情が、時間軸に沿って変化していくのが見て取れた。


「ログ解析では、7分目から表情が緩み始めています。8分を過ぎたあたりで、明確な意思決定の反応」


芹沢は、それを確認してから軽く目を伏せた。


「最後の5分は、“確認”と“退路を潰す”だけに使った。それで、動かせる」


言葉は淡々としていたが、その背景には鋭利な判断と経験が通っていた。


風巻は、資料の端に視線を落としながら、小さく感嘆する。


「……なるほど。引き際まで計算してたんですね」


矢口が椅子の背にもたれながら、ニヤリと笑った。


「それが“プレゼンは戦闘”ってやつや。撃った後に殴るのは、下策やからな」


対面で聞いていた草薙が、資料を指で押さえながらぽつりと漏らす。


「でも……あの距離感で、よく押し切れましたよね。相手、結構ドライな感じだったのに」


その言葉に、芹沢は迷いなく応じる。


「“自分が思ったより動かされた”って時、人って案外、従うのよ。予想を超えた納得感は、もう服従に近いわ」


言い切るような口調だったが、威圧感はなかった。

ただ、彼女がこれまでの戦場で培ってきた「勝ち方」の一端が、垣間見えただけだった。


風巻は拳を膝の上でゆっくり握りしめた。

ああ、今日のこれは──


──憧れるしかない。





──17:05 第1課・フロア


定時のチャイムが鳴ってから、すでに5分が過ぎていた。

帰り支度をする社員の足音が断続的に響く中、芹沢珠希は自席のロッカーで小さなバッグを肩にかけていた。


その背中に、風巻が近づく。


「……今日のプレゼン、本当にすごかったです」

「見てて、なんか……憧れました。自分も、あんなふうに前に立てたらって」


言い終わってから、ほんの少しだけ恥ずかしくなった。

だけど、それでも伝えたかった。


芹沢は笑った。振り返らず、少しだけ肩越しに声を返す。


「ありがと。でも、風巻くん」


呼ばれて、自然と背筋が伸びる。


「その“いつか”って言葉、そろそろ外してみてもいい頃かもよ」

「次、私が出られないとき。そういう時、必ず来るから」


芹沢の声は、どこか穏やかで、でも深く響いた。

風巻は目を見開き、やがて真剣に頷く。


「……はい。来たら、ちゃんと出ます。震えてても、立ちます」


その返事に、芹沢はようやくこちらを向き、小さな微笑みを浮かべる。


「じゃあ、安心して帰るね。……おつかれさま」


それだけを残し、彼女はエレベーターへと歩き出した。


風巻はその背中を、黙って見送った。

胸の内で、小さな灯が静かに燃えていた。

不安もある。迷いもある。けれど、今日──


自分の中の“立ちたい”という気持ちが、確かにひとつ、形になった気がしていた。

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