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この星は、午後一で地雷が跳ねる。

── 13:05 営業一課 オフィスフロア


昼休みが終わり、デスクへと戻った風巻程時は、椅子に深く腰を落ち着けた。

ディスプレイに映るスケジュールは整然としていて、午後の予定も穏やかそのものだった。


「午後は資料整理だけですよね。やっと落ち着ける……」


小さく伸びをしながら、誰に言うでもなく呟く。

そのとき──通知音が、風巻の平穏を撃ち抜いた。


《14:00 フェルナンド・インダストリー社 緊急プレゼン対応/草薙(課長代理)》


「……うそ、でしょ……?」


一瞬、画面を凝視したまま凍りつく。

午前の朝会で「今日は撃たない」と言っていたはずだった。

午後の予定は、社内の事務稟議とレビューだけだったはずだ。


「なんで……今日、“撃たない日”って言ったじゃないですか……」


呟く声は消え入りそうだった。だがその横で、椅子を回す音が響く。


「もう時間ないよ。分担して仕上げよう。私がフォーマット整える」


芹沢珠希が立ち上がる。袖口の端末をタップしながら、すでに“戦闘前準備”の段取りを始めていた。

プレゼンルームでの装着に備え、資料の照合と送信キューを組む──それは彼女にとって、呼吸のような動きだった。


「やれやれ、また突貫戦かいな。しゃーない、やるか」


矢口慎吾が隣の席から立ち上がる。肩を軽く回しながら、モニターに目を走らせる。

表情には疲れが滲むが、その目は冴えていた。


「フォーマットは既に最適化済みです。データは前回分を流用します」


二ノ宮梓の声が響く。

彼女はすでに端末を叩き、対応フェーズを自動で切り替えていた。

その手際に迷いはない。


そして──風巻が、ようやく自分の席を離れた。


「わかりました……資料、準備します。ちゃんと“撃てる弾”になるように」


先ほどまでの脱力した声は、そこにはなかった。

オフィスの空気が、緊張に染まり始める。


午後の戦場が、静かに立ち上がる。

この星では、“撃たずに済む午後”がどれほど貴重かを、彼らは痛感していた。





── 13:15 営業一課 オフィス


昼のざわめきが静まったオフィスで、風巻程時は社内ストレージに没頭していた。

フェルナンド・インダストリー──予想外すぎる社名を画面に見つけたとき、彼の動きは一瞬だけ止まった。


「……どのフォーマットが最新版……?」


自分でもわかるほど、声に焦りが滲んでいた。

最終提出版のタグは複数。どれが本採用か、絞り込みの糸口が見えない。

それを見かねたように、二ノ宮梓が淡々と口を開く。


「バージョン13です。今期仕様書に合わせて再構築済み。比較用に、簡易チャートを生成しています」


指先ひとつ。二ノ宮は魔法みたいに資料の山を片付けていく。

その流れるような動作を横目に、風巻はわずかに息を飲んだ。


── 13:22


ホワイトボードの前には、矢口慎吾。

マーカー片手に、独り言のような言葉が落とされていく。


「フェルナンドって、前回“コストと安全性の両立”に食いついてたやろ…… あそこを芯に据えれば、軸はブレへんはずや」


彼が動き出すと、全体が連動するようにリズムを刻み始める。


デスクで芹沢珠希が立ち上がり、背中越しに声を飛ばした。


「資料の表現、硬すぎたら通らないよ。今回の相手は経理じゃなくて、現場の導入担当。“伝わる”構成に切り替えて」


すると即座に──


「提案フォーマットBへ移行。文調を調整します」


返したのは、やっぱり二ノ宮だった。

“感情のない”その声が、なぜか安心をくれる。


── 13:35


風巻は、ようやく一次素材をそろえ、仮提出用のファイルをアップロードした。

掌がじんわりと汗ばんでいる。


「これで、準備は……あとは、誰が“撃つ”か、ですね」


その問いに答えたのは、他でもない芹沢だった。


「私が出る。全体の構成、把握してるから」


短い一言。だが、その声には“託せる強さ”がある。

風巻は、それだけで気持ちが落ち着いていくのを感じた。


矢口が苦笑まじりに呟いた。


「そりゃそやな……芹沢がいる限り、プレゼンは崩れへんわ」


── 13:47


端末に、社装ユニット接続の通知が走る。

プレゼンルームでの出撃準備が始まった合図だった。


風巻は、そっと椅子から立ち上がった。


「じゃあ……お願いします」


見送る背中を見つめながら、風巻は胸の内でひとつ、決意を固めていた。

──いつか、自分の手で、誰かの背を押せるように。

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