この星は、日常業務の中に地雷がある。
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── 09:00 営業一課 朝会
ディスプレイ右上に表示された「09:00」の数字が、静かに点滅を始めた。
営業一課の朝会は、その時刻とともに自動で起動する。モニターに映し出された進捗ボードを前に、メンバーたちが席に着いた。
芹沢珠希は腕を組んだまま、立ち上がる。社装スーツの袖口を軽く直しながら、きっぱりとした声で言った。
「今日の分、ざっと確認するね。午前中はサイバネ社向け資料の整理、午後は事務稟議と内部レビュー。今のところ、外向きのプレゼンは予定なし」
その一言に、風巻程時はホッとしたように息を吐いた。
「よかった……たまには“撃たない日”もないと、息が持ちません」
背もたれに軽く体を預けながら笑う風巻に、二ノ宮梓が冷静なトーンで返す。
「予備の対応計画は組んであります。想定外が来ても、30分以内に展開可能です」
「いやいや、それが一番怖いっちゅうねん……」
コーヒー片手に立ち上がった矢口慎吾が、ぼやくように言った。
「誰とは言わんけどな……“あの人”の気まぐれが一番こえぇねん」
その“誰か”を指さずとも、全員の脳裏に名前が浮かぶ。風巻が小声で呟いた。
「……天道部長ですね」
一瞬、空気が凍る。誰もがわずかに背筋を伸ばしたのを、芹沢は見逃さなかった。
「ま、だからこそ、ちゃんとやろうって話」
そう言って彼女が一度軽くうなずくと、朝会はきれいに締めくくられた。
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── 10:47
午前業務が始まり、二時間が過ぎようとした頃。
草薙の席から、呻くような声が漏れた。
「……送ったファイル、JPEGだった……。潰れてて……読めない。確認も入ってない……」
デュアルモニターに映し出されたプレビュー画面には、かろうじて原型を保ったチャートが一枚。だが、肝心の本文はすべて潰れていた。
風巻が隣から覗き込み、眉をひそめた。
「向こう、ファイルは開いた形跡はあるけど……無反応です」
「うわぁ……あかんて、それ……草彅さん……」
声の主は矢口だった。自席から身を乗り出し、モニター越しに覗き込む。
「……あれが本番のプレゼンやったら、アウトやな。撃てへん弾、持って壇上立つようなもんやし」
草薙は俯いたまま、声を絞り出す。
「……ほんと、ごめん……」
そのとき、静かに二ノ宮の声が届いた。
「PDFで再送済み。適正形式です。閲覧済。コメント待ちのステータスに入りました」
数秒の静寂。
風巻が、ふっと息を吐いた。
「よかった……今回は、撃たずに済んだから……」
芹沢が椅子を回し、ゆっくりと立ち上がる。その瞳には叱責の色はなかった。けれど──凛とした圧は、確かにそこにあった。
「でも、次は“撃つ場面”かもしれない。
そのときは――ちゃんと装填された資料を、信じて飛び出せるようにしてね」
その言葉に、草薙は顔を上げた。わずかに目を見開き、しっかりと頷いた。