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神野晴乃は穏やかに眠りたい  作者: 平門 愛美
第一章 ぺトリコールは救わない
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アルフレッドは今日もまた

 連日続く雨の中、雨足がいっそう強まりだした昼時に予定外の来客は現れた。


 「――――いやはや、助かりましたよ。まさかこんなにも自分に合わない土地があるとは、思いもよらず。如何せん、生まれ育った土地から離れたことがなかったものですから。」


 シルクハットに黒い燕尾服を身にまとった、緑色(、、)の紳士は両生類らしい(、、、、、、)水掻きのついた足(、、、、、、、、)をローテーブルの縁に引っ掛け、その足をゆらゆらと揺らしながら、ため息を漏らした。


「……なぜ住処から出て来たんだ。」


 緑色の紳士こと蛙によく似たそれは、蛙にしては達者な日本語を口にし、更に言えば二足歩行で歩き、大きさも500mLのペットボトル程もある。


「それがですねぇ、私達一族はここから大体七つほど北側の区域にかれこれ数百年くらい住んでいたんですがねぇ……。

 こう見えても美食家の一族でして、食糧の問題で住める土地がかなり限られているんですよ。元々住んでいた山はねぇ、いい所でしたよ。昔はいくつかの小さな集落もありましたし、川もあれば井戸も引いてある。住むに事欠かない場所でして。しかしこの度、土地開発とやらで山そのものが無くなってしまいましてねぇ。一族総出で旅に出たはいいが、ここの土地に踏み入れた途端に全員が謎の体調不良に見舞われるじゃあありませんか。仲間がどんどん死に絶えていってしまいまして、このままじゃあいけないと思っていた所にお宅が現れたというわけですよ。」


「……なるほど、なら傘は数本必要か?」


 蛙の紳士は横に用意されたティーカップに顔を直接突っ込み、お茶を啜ってから首を振る。


「いえいえ。言ったでしょう?仲間はどんどん死に絶えた、と。生きているのはもう私のみです。まぁ、それでもあなたのような力の強い篝屋(かがりや)さんに出会えたのは幸運でしたよ!土地さえ体に合っていれば、このまま近くに住み着くんですがねぇ。流石に私まで死にたくはありませんから、別の土地へ向かうとしましょう。」


 篝屋と呼ばれた男はため息をついた。

 それもそのはずだ。読書の合間に紅茶を飲もうと手を伸ばしたところ、その手を粘着質な小さな手に掴まれ阻まれたのだから。悲鳴は上げずとも、驚きは隠せなかった。

 見たところニホンアマガエルを大きくしたような見た目であるが、その見た目については好みが分かれるところだろう。

 しかも、この蛙ときたらよく話す。

 既に小一時間も話した上、篝屋がやっとのことで用件を聞き出しさっさと用件を済ませたのだが、帰る素振りを見せない。このままこの辺りに住み着く勢いだと感じた篝屋は、それだけは回避したいため、それとなく蛙の事情を探るように会話を繋いでいた。


「そうするといい。隣接した区域で言えば、東側と北側にはまだ篝屋がいる。東側はお前たちのようなモノに厳しいから、行くなら北側だろう。あそこはかなり特殊な土地だ。お前のような屍肉を喰らう(食事を好む)モノも住みやすいだろう。」


 特になんの感情もなく話す篝屋に、蛙は嬉しそうににんまりと口角を上げて口を開く。


「いやはや、そんなことまでお見通しでしたか!なんて口惜しい……!昨今は篝屋自体が少なくなっているというのに、こんなにも力の強い篝屋の居る土地に住めないとは!」


 まるで舞台役者のように立ち上がり嘆く動作をした蛙に、篝屋は冷たい眼差しを向ける。


「俺の力が強いわけじゃない。そもそもこの力が借り物であることは、お前達が一番よく分かっているだろう。そんな小芝居をするくらいなら、使命は果たしたのだから旅に出るなり何なりしてくれ。」


 そう言って篝屋は立ち上がると、蛙の横に置いてあったまだ中身の入っているティーカップを手にして窓へと向う。

 外は横殴りの雨が降り注ぎ、本来ならば美しい庭が、見るも無惨な姿になっていた。

 そして篝屋は雨のことなど気にも止めず窓を開けると、なんの躊躇いもなく手に持っていたティーカップを庭に投げ捨て、口を開く。


「もう一度言う。使命は果たした。出ていけ。」


 強い雨がリビングに入り込み、床を濡らしていく。

 窓越しではなく、直で聞こえるようになった強い雨音にも負けない凛としたその声に、蛙は従うようにローテブルから飛び降りた。

 そしてその手に持った蛇の目傘を開いて、ぺたぺたと水気のある足音を立てながら窓辺へと向かう。そしてあと一歩で外に出る、というすんでの所で足を止めると口を開いた。


「本当に口惜しいですねぇ。まさに貴方様は篝屋の見本のような方だ。本当に、住めなくなってしまったことが口惜しい。

 ……さて、駄目にしてしまったカップのお詫びに一つ、お役に立つ情報でもお伝えしておきましょう。この辺りですが、やけに強いモノが彷徨(うろつ)いているようですよ。私の最後の仲間はそれにあてられて死んだのです。」


 それだけ言い残すと、和傘を差し燕尾服を着たあべこべな姿の蛙は雨の中へと溶け込むように消えていった。


「気味の悪い奴め……。」


 一人残った篝屋は、窓を閉めるとすぐ近くの戸棚に置いてある掃除用のアルコール除菌スプレーを手にし、蛙がいた場所を片っ端から消毒していく。

 あの蛙が主に屍肉を喰らっていることは、用件を聞くまでの無駄話の中から悟ることが出来た。

 しかし不思議だったのは、どれ程の数で移動していたかは定かではないが、この家に来るまでの間の食糧問題だ。屍肉を喰らうと言えど、その保存には限度があるだろう。そして、道中にそんな都合よく屍肉があるのか。

 

 篝屋が話を聞いた限り、蛙は美食家(、、、)を名乗っていた。そしてそんな美食家の蛙が飲んでいたのは、篝屋が一度口をつけた後の、言わば人間の唾液が混ざった紅茶。そこから察するに蛙の言う美食とは人間の屍肉(、、、、、)だろうことは容易に想像できる。

 昔は貧しい集落などで、身体や知的に障害のある子供を間引く(ころす)ことも多かった。貧しくなくても様々な理由で女子供は殺されやすく、未だに物語でも生贄などにされがちだ。元々、あの蛙の一族が住んでいた山にはそういう集落があったのだろう。しかし、時代の流れにより人がいなくなり、今度は自殺の名所や殺人の隠蔽場所になっていたのかもしれない。そして、その対策を講じて山自体を無くす方向になった、と推測できなくもない。

 要するに、人間の死体を食べるに事欠かない山があったがそれが無くなってしまった。そのため蛙とその一族は、似たような住処を探すことを余儀なくされた。

 蛙が勝手に話した情報から、この家に辿り着くまでに少なからず六つは区域を通過する。食糧難に陥るのは想像に容易い。では、自称美食家達の次の獲物は何か。考えただけでも(おぞ)ましい。


「……そういえば、蛙は環境変化などで共食いをする生き物だったか。」


 まさに見た目通りの行いに、反吐がでる。

 何が「この土地は合わない」だ。

 この土地が合わずに死んだ仲間を喰らったがために、自身もその影響を受けた、の間違いだろう。


「馬鹿馬鹿しい……。」


 まるで賛辞のように述べられた言葉の羅列も要するに、お前の近くにいれば死人が出やすそうだ、と遠回しに貶していただけだ。

 いや、もしかしたら、蛙からしてみれば心からの賛辞だったのかもしれない。食糧に困らないで暮らせる安息の地を約束してくれるというのは、間違いなく絶賛に値するものなのだから。


「無駄な時間を使ったな。」


 一通り掃除を終えた篝屋は一人呟きながら、ローテーブル横のソファーに座り、手を伸ばした。

 そこでティーカップごと紅茶が駄目になったことを思い出し、重い腰を上げて渋々キッチンへと向う。

 再び紅茶を淹れるか悩んだあと、まだ鮮明にこびりついている緑色の姿が脳裏を過ぎり、かぶりを振る。そうして、篝屋は冷蔵庫から貰い物のオレンジジュースを取り出し、グラスへと注いだ。


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