ナイトクルーズ行かないと人生クローズ
俺は今から彼女にプロポーズをするぞ!
しかも、レストラン付き、ディナー付きのナイトクルーズだ! 小さな船じゃないぞ。乗船人数最大500人の超巨大クルーズ船だ。頑張れば世界一周できるやつ!
平日だから、俺はバイトがあった。17時にそれが終わって、彼女の職場に向かう。そこで彼女と合流して19時からナイトクルーズだ!
ナイトクルーズの費用は1人3万円。フルコース付きだし、プラス5000円して花火付きケーキと店員5人によるお祝いソングも予約した。プロポーズOKの折に店員5人が弾けている花火が3本刺さったケーキを持ってサンバで俺達のテーブルの周りを踊りまくる予定だ。
俺は今日、人生で最高のハッピーな瞬間を迎えるんだ!
□ 俺達のこと
……おっとすまん、俺のことを書かないと全然状況が分からんよな。俺は安土山一平、32歳。福岡市内でバイトをしている。年収で言ったら250万円くらい。
彼女は蓮実薗カレン28歳の会社事務。多分、年収300万円くらい。これが、めちゃくちゃかわいい! うっすらギャルが入ってる感じだけど、身体は細いのに胸はめちゃくちゃデカい! 身体の相性もかなり良くて俺は身体の相性ってものがあるんだと初めて思った程だ。……まあ、ここ6か月はレスだけど。ちょっと抜けてるけど、そこがまたかわいい!
俺達が知り合ったのは友達、坂本の紹介……という体の合コン。俺はバイトと勉強が忙しいから中々そういうのには参加しないんだけど、大学のときの同期の坂本から電話かかってきて、「頼む! 急に欠員できたから参加してくれ! 2対2の合コンで相手がおらんとか、俺殺される!」って悲痛な叫びを聞いたので参加したのがきっかけ。まあ、参加費の半額は坂本が出してくれるって言うから食事目的で行ったってのは秘密だ。
坂本と俺は先に店に着いてお店の人とコースとか簡単な打ち合わせをした。そして、遅れてきた坂本の友達とその友達(現彼女)が登場したとき、俺の身体には電撃というか、雷が走ったみたいになった。
かっ、かっ、かわいい! ちょっとギャルっぽい感じ。髪色はちょっと明るめのブラウン。俺はこのとき人生で初めて「一目ぼれ」ってやつの存在を知った。
間に合わないかと思ったって、彼女はチェック柄の制服らしいベスト+スカートで登場!_俺はその合コンに誘ってくれた坂本にその場で感謝した。それが彼女とその友達にウケて俺達はアドレス交換をしたんだ。
ちなみに、その友達は会社の同期らしくて更科川琉衣といった。どっちも会社の事務をしている、と。更科川さんは割と地味な恰好をしていたかな。カレンの会社の制服が目立ちすぎていて、俺にとっては彼女の方が好印象だったのを覚えてる。後日、更科川さんからもメッセージはもらったけど、俺は現彼女のカレンを選んだ。フラフラしたら二人ともに失礼だからな。
あれから1年半。彼女とは付き合えるようになったし、なんとか付き合いを継続させていた。
俺は資格の試験に落ちたし、また勉強漬けの日々だった。もちろん、バイトは続けた。職場では割と重宝されてんだぜ? そして、前回の試験で見事合格! 昨日発表だったんだ。だから、これを機に彼女にプロポーズしようってわけ!
□ 現在
彼女にはサプライズと思ってるけど、あまりにサプライズすぎると逆に迷惑になると思って、先にチケットを渡したんだ。そりゃあ、金額が1人3万円だったら、どういうことか予想がつくだろう!
俺はカレンの会社の前に先に着いて彼女を待っていた。
(ルルルルル、ピッ)「あ、カレン? もう出られる? 俺は会社前に着いたよ」
俺の声に彼女から信じられない返事が返ってきた。
『あ、マジごめん。会社出たら悟先輩と会った。マジレアなんで遅れそう』
待て待て。ヤツのいう「悟先輩」とは彼女の高校時代の先輩だと聞いた。
「ちょ、待てよ。悟先輩って半年くらい前に同窓会で会ったって言ってたろ!?」
そう、「悟先輩」とは彼女の高校のときの部活の先輩。男性で、どっちかって言ったらオラオラ系。俺も一度見たことがある。ショッピングモールで偶然会ったから。
俺がどっちかって言ったら勉強勉強なので、「悟先輩」は真逆な存在。住宅会社勤務で新築マンションの営業をしているとかで、ちょっと調子がいい感じの。軽そうに見えるのは俺の色眼鏡だろうか。軽薄っぽく見えるんだけど……。
□ 6か月前のショッピングモール(回想)
「イッペー、お腹減った」
俺達はショッピングモールのフードコート近くにいた。
「昼ご飯フードコートで食べるか」
「うん、なんにする?」
席は十分あるみたいだ。それよりも、今は何を食べるか、だ。
「うどん……かな」
「うーどーんー! ステーキじゃないの!?」
デートでは俺がほとんど全部食事代を出していたので、ここでステーキを食べられるのは正直、痛かった。うどんが安い訳じゃないけど、二人で2000円くらいに収めたかった。そうじゃないと、俺のバイト代ではデート代が持たなかったのだ。「カネが無いからデートできない」とかカッコ悪すぎるし。
「お! カレンじゃね?」
そこに居合わせたのが「悟先輩」だった。
「悟先輩!? 悟先輩じゃんーーー! ひさびさっスー!」
多分、バスケとか体育会系の乗りだったと思う。でも、俺の彼女を平気で呼び捨てにするこの男の第一印象は最悪だった。スーツの下に柄のシャツ。シャツの裾はズボンから出てるし。フォーマルなのか、カジュアルなのか訳が分からん!
「俺、今、仕事の昼休みなんだよ。カレンってこの辺ーーー?」
「いや、違うっス! 今日はたまたまお買い物ーーー」
口調がいつもと違う彼女にも腹が立った。
「何だよ、カレンーーー。エロくなったなー」
「そんな褒めないでくださいーーー」
おい、「エロい」は誉め言葉なのか!? 他人の彼女に「エロい」とか言って、俺がジャイアンやヒロアカ爆豪だったらお前は今頃床を舐めてた頃だぞ!?
「お!? 誰これ? カレンのツレ?」
「あー、そっス。カレシっス」
だから、普段のしゃべり方と全然違うだろ、彼女よ!
「あっ、カレシさんでしたか、さーせん!」
めちゃくちゃニヤニヤしてる。こいつ心の底から嫌なヤツだなぁ。
「あ、カレンっていい女でしょ? 料理美味いんすよ? あと、キスも」
この「悟先輩」は俺の肩に腕を載せるように肩を組んできて、俺の顔を覗き込むように言ってきた。
カレンはみそ汁作ったらダシを入れ忘れる。ハンバーグ焼かせたら表面は焦げてて、中は生とか器用な失敗もする。それを知って言ってるのか!? 俺の方が料理は美味い! いつも料理してるのは俺だしな! それより、なぜ、お前がキスのことを知ってる!?
「あ、先輩。カレそういうんじゃないんで」
「なんだ、そうか」
待て。「そういうの」とはなんだ。「そういうの」とは!
その後、3人で席に座って食事をすることになったんだが、俺が三人分食事代を出すことになった上に、カレンは「悟先輩」の隣に座りやがった。
俺としてはトラウマレベルで嫌な思い出だった。その後、しばらくもやし料理生活が続いたので、その嫌さは後を引く嫌さだった。
□□□ 現在
おっと、いかん。ちょっと嫌な思い出がよみがえってきた。ここで折れたら男が廃る。
「今日はクルーズだって言ったろ? チケット渡したろ?」
『クルーズはちょい前にも乗ったよね? また今度で良くない? 悟先輩マジ忙しいから、今日ご飯行かないと次会えないかも!』
二度と会わなくていいだろ! ……そうは言えなかった。
たしかに、彼女が言うみたいにクルーズ自体は3回目だ。1回は単なるクルーズ。彼女が船酔いしないか確認する意味で。2回目はランチクルーズ。ご飯を食べられるほどに船酔いに強いかの確認のため。
そして、今回は夜だし! ディナーだし! ドレスコードありだし! だから、先にチケット渡したろ! 金額も印字されてたろ! 3万円だぞ!? 3万円! 一人3万だからな!?
しかも、事前にレストランスタッフと打ち合わせをして、タイミング良く指輪と花束を持ってきてくれるように打ち合わせ済みだし、俺が跪いてプロポーズしてOKだったら、スタッフさんが花火付きのケーキを持ってきてくれて、ダンサー5人がサンバで席の周りを踊り狂う予定なんだぞ!?
『ごめんって、ちゃんと埋め合わせするからーーー』
それよりも、チケット見ろ!
「今日は、大事な話があるんだよ」
『ごめんってーーー! 明日! ちゃんと明日聞くから! 明日土曜日じゃん!』
なんでもないことみたいに思ってる彼女。たしかにサプライズだけど、男がディナークルーズに誘って「大事な話がある」って言ってんだぞ!? もしかしたらとか思えよ!
『悟先輩、マジすごくて今度、東京行くらしいの!』
だから、悟先輩はどうでもいいだろう!? 東京でも大阪でも好きなところに旅行でも何でも行けよ!
『年収500万円らしいの! ちょーかっこいいし!』
それとお前は関係ないだろう! 少し前に「私、30歳までに結婚したいんだけど……」って言ってたろ! 現在29歳7か月だろ! うまくいけば、式を挙げるのも30歳になるより前にできるだろ!
『マジごめん。私、悟先輩とクルーズ船乗るわ!』
「ちょっ! お前、今、どこに!?」
俺は彼女の会社の前に車を停めて待っていた。クルーズ船の出航まであと15分。結構ギリギリだ。
『今、もう船の前だから。悟先輩と乗って来るね。後で電話する(ブツッ)』
言いたい事だけ言って、彼女からの電話は切れた。俺はその場で膝の力が抜けた。「膝から崩れ落ちる」ってこういうことなんだな。俺はその場に崩れるようにへたり込んだ。
ああ……ダメだ。電話をしてもつながらない。海でも携帯はつながるのだが、クルーズ船はゆっくりしてもらうため、ということでディナークルーズの時間だけ携帯がつながらないようになっていた。
『おかけになった電話は電波の届かない所におられるか、電源が切れているためつながりません。おかけになった電話は……』
見事に俺の電話もつながらない。LINEのメッセージを送っても既読にならない。
俺は、急いで車に乗り、後部座席のシートから別のところに電話をかけた。手遅れにならないように……。
□□□ 蓮実薗カレン
私、蓮実薗カレンは色々に絶望していた。合コンで知り合った「イッペー」はイケメンだと思ってOKしたけど、30歳過ぎても勉強勉強言ってる勉強オタクだったし、年収250万とかゴミだった。下手したら200万くらいかも。しかも、その勉強は夏くらいまででペース落ちてるし……。ダメが服を着てるような男だった。
デートしたら食事とか全部出してくれるし、見た目も悪くないし、これと言って悪いとこが無いから付き合ってたけど、悟先輩とフードコートで偶然出会ったとき、「男のカク」みたいのの違いを見た。
イッペーはヨワヨワ。お金も持ってないし、今考えたら、どこがいいのか分からない。高校時代からの友だち更科川琉衣ちゃんが私に意地悪したのかも。私としては、親友だと思ってたのになぁ……。
でも、悟先輩は来月東京に引っ越すらしい。営業成績が良くて東京にエーテン(?)するらしい。しかも、給料がまた上がるらしい。私も東京に連れて行ってもらおう。そして、悟先輩の彼女になって、結婚して……30歳までに結婚したい!
ちょうどイッペーがナイトクルーズを予約してくれたから、悟先輩を誘いやすかった♪ こういうとこはちょっとだけ役に立ったぞ? イッペー。その他はダメダメだけど。30歳超えてバイトとか……。友達に笑われるわ!
イッペーが私の会社の前まで迎えに来るとか言ってたから、多分バスで移動ね。だから、私は先回りして悟先輩と一緒に港に着いた。そして、船に乗る。これでイッペーは絶対に追ってこれない!
「おい、めちゃめちゃ船がデカいぞ!?」
「そっスねー」
私にとっては船なんてどうでもいい。ここで悟先輩に告る!
「まあ、いいけどな。俺はおごってもらってるからー」
「全然おっけーっス」
私達は案内されるままに船の中に進んだ。クルーズ船って「船」って感じじゃなくて中は「高級ホテル」みたい。全然揺れないし。だから、イッペーは「ドレスで来い」って言ったのか。割と良い服できたけど、これなら本当にドレスで来てもよかった。今日はワンピースで来たし。
悟先輩はいつものスーツ。かっこいい。これならドレスコードもOKでしょ。女は大体何とかなるのよ。
私達はテーブル席に通された。広いレストランの一番中央の一番広い席。なに? 間違い?
「あの……私達……。この席、間違いじゃ……?」
「このお席で間違いありません。……誠に残念ですが……」
レストランのスタッフの人が申し訳なさそうな表情をしていた。なんか「シツジ」的なおじいさんみたいな人。背筋は真っすぐ。本職みたい。
いや、私のことを見たとき申し訳ない顔っていうか、残念そうな顔っていうか。少し可哀想な人を見るような目だったかも?
いや、そんな訳ない。私は幼稚園の頃からクラスで一番かわいかった! いつも周囲からちやほやされて生きてきた。こんなクルーズ船のレストラン店員ごときに可哀想とか思われるはずがない。
「あの……メニューを……」
「はい、こちらです」
私はとりあえず、メニューをもらうことにした。一番安いのを食べて帰ろう。あれ? このメニューって飲み物だけ……?
「今日のお食事は既にご予約いただいていますので、メニューはお飲み物だけになります」
私の表情を読み取ったかのようにシツジ的なレストランスタッフさんが言った。ちなみに、出て来るコースのメニューは別にあった。それを見たら、前菜、サラダ、冷製スープ、オマール海老のお料理……? 骨付き仔牛背肉のロティール、モリーユ茸のソース……!?
何このメニュー! ガチじゃない!?
「なんかすごいな。これおごってくれんの!? マジサンキュ」
悟先輩が嬉しそうにご飯を食べ始めた。しゃべりながら食べるからか、くちゃくちゃと耳につく。そして、なに!? そのフォークの持ち方!! そんな持ち方小学生でもしないっつーの! イッペーはお箸の持ち方もきれいだし、くちゃくちゃ音を立てることもない。
この料理……。私はハタと気づく。イッペーがここ数日言っていたことを。
『金曜日の夜にディナークルーズに行こう。軽いドレスコードがあるから着替える時間は十分とるから』
『会社の前まで迎えに行くから』
『ちょっと真剣な話があるんだ』
『カレンってあと半年くらいで誕生日だよね?』
『30歳までに友達に祝福されて結婚したいんだったよね?』
料理と、イッペーが言ってたことを総合して……これ「プロポーズ」だったーーーっっっ!
なになに!? どういうこと!? 年収250万円のアルバイトのイッペーにこんなことができる訳がない! どういうこと!? どういうこと!? 落ち着け私!
私は立ち上がって、船のデッキに向かって走り出していた。
「おい、カレン待てって。肉が来たぞ、肉が!」
先輩とか今はどうでもいい。私はとんでもないことをしてしまっていた!
電話はつながらない! なんで!? 廊下を走っていると、カンバンがあった。
『当船内ではお客様におくつろぎの時間を過ごしていただきたく、携帯電話の使用をお控えいただいています。急用の場合は、デッキでご利用くださいますようお願いいたします。ご理解のほど、お願い申し上げます』
なんで電話つながらないようにしてるのよーーーーー!
間違えて、スタッフさん用の扉を開けたら、そこは厨房だった。そこにはゴミ箱があり、大きな花束が捨ててあった。花束には「カレンへ」というカードが添えられていた。もしかして、これって私へのプレゼントだった!? キャンセルしたからゴミ箱に捨てられてるってこと!?
さっきのシツジが「誠に残念ですが」って言ってたのって私がプロポーズキャンセルされたってこと!?
とにかく、私はイッペーに連絡しないといけない。花束もカードもそのままにデッキに向かうことにした。でも、方向が分からない!
「すいません! デッキってどっちですか!?」
派手なブラジルのサンバみたいな服を着た人が5人くらい廊下にいた。その人たちに道を聞いてみた。
「あ、そっちですよ」
急いでいるけど、ブラジルのサンバ衣装がとんでもなく気になる!
「あの……その衣装……」
「ああ、今日はレストランでイベントがある予定だったんですけど、キャンセルらしくて……」
多分、イッペーだーーーっっ!!
ちょちょちょちょちょっと! 待って! OKだから! おーけーだーかーらーーーっ!!
私は案内された方向に走って、デッキに出た。この船ビルでいったら20階建てくらいあるんだもん! レストランは最上階! デッキは1階! 階段じゃいくら降りても辿り着かない! ヒールのカカトが折れたから、片方だけ脱いだ。そのまま走ろうと思ったら、走りにくい。結局両方脱いで裸足で走り始めた。とちゅうでエレベーターに乗り換えた!
急いでデッキに出てスマホを見たら、着信とLINEのメッセージが一斉に届き始めた。あまりにたくさん鳴るのでイッペーに電話できない!
「もう、なによ! こっちは急いでるのよ!」
着信は1か所からじゃない。イッペーだったら着信を取ればいいだけだと思ったけど、違った。私の高校のときの友だち、両親、お兄ちゃん……なに!? なんなの!?
とりあえず、メッセージを見た。そこで私は目を疑った。
■■■ 安土山一平
「すいません、今日のプロポーズは失敗です。みなさん、ご協力いただきましたが、力不足ですいません」
俺は港でみなさんに謝っていた。腰を90度折る最敬礼でのお詫びだった。
「いやいや、安土山さん。気を落とさないで!」
元気づけてくれている人もいる。
俺は、プロポーズをするためにカレンが喜ぶプロポーズを模索していた。そしたら、坂本と更科川さんが相談にのってくれたのだ。あ、更科川さんは初めてカレンと会った時に一緒にいたカレンの友だちな。
カレンは昔から、「友達に囲まれて祝福されてプロポーズされたい」とか、「夜景が見えるレストランで」とか、「彼氏は跪いて指輪の箱を開けて、私の方に向け指輪を見せながら」とか、いろいろ言っていたみたいだ。そこで、俺はそれらの希望を全部叶えることにした。
色々相談にのってもらっていたら、カレンの高校のときの友達もまとめて祝福をしたらいいんじゃないか、となった。プロポーズをして、クルーズ船を降りたところにカレンの元クラスメイト十数人が集まって来て祝福をする、と。
「それにしても、カレンは幸せ者です。こんなに盛大にプロポーズを盛り上げてもらって……」
更科川さんは彼氏とかいないそうな。それなのに、友だちのためにここまでするとか……。いい人だなぁ。
「それにしても、こんなに思ってくれている安土山さんのことを放置して、悟先輩とクルーズに行っちゃうなんて……あ、すいません。なんか……」
「いえ……、本当のことですから……」
見てみたら、みんなはカレンにメッセージを送っているみたいだ。集まってくれた人は男女数十人なので、多分カレンのスマホはメッセージでいっぱいだと思う。
俺も電話したんだけど……。最初のうちは呼び出ししてたから自分の意志で出なかったんだよな。そのうち電波がつながらなくなって……。なんか全部いやになった。全部終わった気がした。
「はーーー……。みなさん、せっかく来てくださったので、どこかの居酒屋でお酒でもご馳走します。何人かはこっちの車に乗れると思います。それ以外はタクシーでお願いします。居酒屋でレシートをください。その分も支払いますので」
わーっと歓声が上がった。
「もしかして、安土山さんの車ってこれですか!?」
更科川さんが興奮気味に車を指さす。
「そうです。まあ、レンタルですけど。何人乗りなんだろ? 運転手に訊いてみますね」
俺は今日の日のためにロールスロイスのリムジンを運転手付きで借りていた。あのながーい高級車ね。
「しゃ、写真撮ってもいいですか?」
更科川さん大興奮。
「いいですよ。好きなだけ。中でも外でも」
他のみんなも集まってきて、ちょっとした撮影会が始まった。
「みなさん、すいません。俺の友達ってわけじゃないのに労ってもらって……」
「俺がいるだろって! 更科川さんももう友達だろ! それだけじゃなくて、ここにいるヤツは全員お前のこと好きだって!」
坂本が俺の背中をバンバン叩きながら言った。わざとらしく騒いで俺を元気づけてくれているんだろう。本当に良いやつだ。
俺の心は完全に折れていた。これまでカレンからわがままを言われても何とか叶えてきた。
勉強も日曜日はカレンが休みだから、俺も勉強を休みにしてカレンと一緒に出かけたりもしたんだ。デート代は結構使ったから、生活するためにバイト時間を増やさなきゃいけなかったし、中々ヤバかった。
○●○
居酒屋ではみなさんが俺を元気づけてくれていた。
「いや、安土山! お前すごいよ! あの蓮実薗カレンと結婚しようとか」
「そうなん?」
友達の1人でもある坂本が俺のコップにビールを注ぎながら言った。あの合コンは高校時代のこの人脈からだったのか。
「あいつ昔からわがままで有名だし、彼氏も取っ替え引っ替え……おっと、すまん」
薄々は気づいてたんだ。
「更科川も仲が良いっていうか、一方的に絡んでるっていうか……。あいつ家が金持ちだからよくたかってるみたいな」
宴会みたいになってるけど、坂本が更科川さんを呼んでくれた。
「俺の友達、安土山! そうですか!? 更科川さん!」
何が「どうですか」だ。更科川さん困ってるんじゃ……呼ばれてきた更科川さんは顔が真っ赤だった。
満更でもないんかーい!
でも、珍しい。坂本が女の子を紹介してくれるなんて。こいつは我先にってタイプだ。
「あ、俺は既に更科川にアタックして撃沈した」
俺は何にも言ってないのに表情から読み取ったのか、坂本が答えてくれた。
「あと、家が厳しいんだよな?」
「もう、やめてください!」
更科川さんはバツが悪そうに話してくれた。
「うちは女きょうだいしかいないから家業があって……。それを継げる人しか父が許してくれなくて……」
「へー、家の仕事って何なんですか?」
「その……」
すごく話しにくそうに続けた。
「……弁護士です」
「「弁護士!」」
俺と坂本の声がハモった。向き合って視線も合った。やっぱこいつとは波長が合う。
「安土山……お前、ちょうどいいんじゃ……」
「どういうことですか?」
更科川さんが首を傾げた。
「実は……」
つい先日まで俺が勉強していたのは「司法試験」だった。試験は7月だったけど、合格発表は11月でその間どうしても勉強は疎かになりがちだった。でも、落ちてたら来年また勉強しないといけない。勉強をやめることも許されない、難しい時期だったんだよ。
「ずっと弁護士事務所で働いてたんだけど、資格がないから補助っていうか、要するにバイトだったんだけど、この間の試験で受かったから晴れて弁護士になったんだよ」
「そ、そうなんですか!? カレンからはニートの勉強オタクって……」
確かに資格はなかったけど、判例の調査とか、資料作成とか結構やってたからな!? カレンは俺のことニートだと思ってたのか……。
勉強とか別に好きなわけじゃない。何度も落ちたから必死だっただけだ。
「これで年収爆上がりだな!」
坂本が肩をがっしり掴んできた。
「これまで奢ってもらったし、返していくよ」
「バカ、気にすんな。友達だろ! これからは気にせず飲みにいけるなってこと!」
「それっ! 私も参加して良いですか!?」
そこからは残念会で盛り上がった。そう言えば、と思い出したけど例の合コンのときは更科川さんともアカウント交換したし、食事にも誘われていた。
□□□ 蓮実薗カレンの結末
もう! 何なのよ! 結局、あのディナークルーズの日からイッペーとは連絡が取れない。週明けにはイッペーの家に行ってももぬけの殻だった。
その後、更科川瑠衣ちゃんも急に会社を辞めて、私には遊んでくれる人がいなくなった。
今でも高校のときの友達からたくさんのメッセージが届く。
非難とか嘲笑とか見てて気持ちがいいもんじゃない。高校のときの同級生たちは全員敵みたいだった。
そのメッセージからなぜかその後のイッペーの様子が伝えられてきて、嫌でも知ってしまう。
イッペーが弁護士になったのだとか。年収がすごく上がったらしい。弁護士になるとか聞いてない! シホーとかいう試験を受けるって言ってたのに! 騙された!
今までも「バイトしてる」とか言ってたのに、弁護士事務所で働いていたらしい!
しかも、何かの雑誌で取り上げられてた。確かタイトルは「若手弁護士の資格取得までの苦悩とそれを支える奥様」だったっけ。
なぜか、彼の隣には更科川瑠衣ちゃんが写ってた。はーーー!? 奥さんは私じゃないの!?
だから、何でイッペーが弁護士なの!?
何で更科川が奥さんなの!?
悟先輩は既婚者だったし、春には奥さんの間に赤ちゃんが生まれるって……。私のことは浮気だった。しかも、2番目! 別に本命の(?)浮気相手がいた!
浮気なのに本命って何!?
私は悟先輩の奥さんから慰謝料を請求されていた。ホーリツでは相手が既婚者だと知らなかったら慰謝料は必要ないとかなってるらしい。そもそも不倫とかしてないし。
でも、「不倫はしていない」「悟先輩が既婚者だと知らなかった」ってことをショーメーしないといけないらしい。
会社には悟先輩の奥さんから訴えられるかもって噂が流れて居づらくなって結局辞めた。
景気が良いって聞いたけど、その後中々仕事が決まらなくて、イッペーに助けてもらおうと思って電話したり、LINEしたりしたけど、全然反応なし。
届いてないのかなって思ったけど、イッペーの家とか知らないし、実家も知らないし、私の実家は昔離婚したから行くとこない。
……私詰んだ!?
■■■ 安土山一平の結末
俺はカレンとは別れた。あのクルーザーのとき以来カレンから電話もLINEもめちゃくちゃ来るけど完全にスルー。メッセージにいたっては既読すら付けてない。
俺は法律事務所に所属している、いわゆる「イソ弁」だった。資格がないときも雇ってくれたし、仕事を覚えたり、スキルアップにもすごく力を貸してくれた。
更科川さんの家は弁護士家系で更科川さんは経理を勉強するために今の会社で働いているのだという。
親は独立開業している弁護士、つまり「ボス弁」だ。俺はその更科川さんちの弁護士事務所に誘われている。かなり熱烈に。
だから、数年現在の弁護士事務所に恩を返したらその後は移籍も検討中だ。それというのも、その後更科川さん……瑠衣とは付き合うようになった。もちろん、弁護士であるという条件もクリアしているのだけど、俺がフリーターだかニートだかだと思われていたときから連絡先交換はしていたのだから。
付き合うようになったらすぐに家に招かれてお義父さんに挨拶をすることになった。「家が厳しい」なんて聞いてたからビビり上がって行ったけど、お義父さんって温和そうで良い人だった。
俺のことをめちゃくちゃ気に入ってくれて「瑠衣! 彼を絶対に逃すなよ!」とか俺の前で言ってくれた。多分、半分は冗談だったんだろうけど、半分は本気だった気がする。
瑠衣も「はい! 絶対に逃しません!」とか悪乗りしてたし……。
瑠衣の高校のときの友達経由でカレンと悟先輩は別れたって聞いた。悟先輩は当時から女癖が悪くて評判だったらしい。浮気が見つかって奥さんとも別れたって話もあった。どうでもいいけど。
俺と坂本は大学の同期だったし、瑠衣は坂本と同じ高校の同級生だったからまだ分かるけど、それ以外の友達からも俺にバンバン報告が来る。
瑠衣の友達なのに、坂本以外ともなぜこんなに仲が良いかというと、あれ以来みんなとは仲良くさせてもらっているからなのだ。新年会とか俺も参加させてもらったし、春には花見にも参加した。
そのうちの一人が、悟先輩の勤める住宅会社と取引があり、そこの社長に悟先輩のしたことを知らせたらしい。その後、社長に呼び出され事実確認を取った上で悟先輩は懲戒解雇になったらしい。
カレンのことだけじゃなく色々あったんだろうって言ってた。
俺は今、幸せだ。瑠衣は親から言われた「結婚するなら弁護士とな!」って言われたのが、必要以上にトラウマになっていたみたいで、自分は誰とも付き合えないと思い込んでいたらしい。
だから、おしゃれもしないし、自分磨きもしてこなかったのだとか。俺と付き合い始めてから みるみるかわいくなった。きっと素材が良かったんだろうな。
そして、付き合い始めてから約1年経つ頃、俺達は結婚したんだ。
夜景が見えるレストランで……彼女に跪いて指輪の箱を持って、箱を開けて指輪を見せながらのプロポーズ。もちろん、OKをもらった。彼女が涙ぐんでたから俺も泣きそうになった。
その様子を見た坂本達、友達10人以上が隠れていた物陰から飛び出してきて、全員が一斉にクラッカーを鳴らしたから俺と瑠衣は呆気に取られてポカーンってなったんだ。その後、友だちが俺達を囲んで踊っていた。
しかも、その一部始終を「撮影係」が撮影していて、結婚式の余興として上映。みんなの笑いを取っていた。俺と瑠衣はめちゃくちゃ恥ずかしかった。
結婚式場の高砂で俺の隣の席に座っている瑠衣。俺は彼女の方を見た。
彼女はにこりとして自分のお腹に手を当て頷いた。
これだけのサプライズをされてしまったのだから、俺達もサプライズ返しで吉報をみんなに知らせることにしたんだ。
「みんな! 聞いてくれ!」
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