10.靴の勇者は盗まれた?(前編)
その日の夜、エドガー質店の宝物庫には、大魔王となったヴァランタンの密命を受けた『ぬすっとキャット』が、その名の通り盗人として入りこんだ。
当初の予定通り、わたくしは噛みつき宝箱から出て、ぬすっとキャットの背負っている革袋に入れられて、大魔王城のわたくしの部屋に戻ってきた。
「わたくし、とても心苦しいです。人をだますのは、やはり良くありません。宝もなにもなくては、食糧を買うお金が得られないと思ったのが間違いでした。わたくしも宝に意識を持って行かれていましたわ」
わたくしが長椅子に座ってうつむくと、ヴァランタンは落ち込むわたくしの肩をそっと抱いた。
「シャンタル嬢が宝になって質入れされてくれたからこそ、あのご店主があのような方だとわかったのではないか。なにもしないでいたら、ご店主のお人柄を知る機会もなかっただろう」
わたくしは隣に座っているヴァランタンを見上げた。ヴァランタンは少しためらってから、わたくしを抱きしめた。
「実は私も非常に心苦しいのだ……。あなたを噛みつき宝箱に閉じ込めたままにおくわけにはいかないと思って、ぬすっとキャットに迎えに行かせたが、あのご店主が宝があると信じているのに、店には宝箱のみだなど……」
ヴァランタンは大魔王とは思えないほど、善良な方だった。人間にだって、人をだましたり、陥れたりして、平然としている者もいるのに。
「明日にでも、二人で行って謝りましょう。あのようなご店主ならば、正直にお話ししたら、食糧の調達に協力していただけるかもしれないわ。お怒りになって断られたならば、その時には、別な方法を考えましょう」
「そうだな。謝るならば早い方が良いだろう。我らは勇者パーティーだ。共に正しい道を行こう」
ヴァランタンはわたくしを励ますように、背中をなでてくれた。
「ヴァランタン様、ありがとうございます」
「今日は疲れただろう。もう休まれよ」
ヴァランタンはわたくしを放すと、足早に部屋から出て行った。
わたくしにはヴァランタンの顔や耳が、なんだか赤かったように思えた。
きっとわたくしの見間違いだわ……。ヴァランタンは永遠とも思える時を生きてきた方。わたくしなんて小娘にしか見えていませんもの……。
彼が愛でている人間たちの一人としか思われていないはず。
ヴァランタンはたしかにわたくしを娶ると言ってくださったわ。勇者であるわたくしの仲間にもなってくださった。だからといって、彼の心まで自分にあると思うなんて……。
それはさすがに勘違いしすぎですわよね……。
翌朝、わたくしは絹のドレスを着て、ささやかな朝食をとり、自室の寝台に寝転んで休憩していた。ジフィルの町に出発するまでに、なるべく疲れをとっておきたかった。
ヴァランタンがやって来る足音がしたので、わたくしは寝台から起き上がり、ドレスのスカートの広がりを直した。
「シャンタル嬢、質屋のご店主が、噛みつき宝箱と冒険者ギルドのマスターとジフィルの町の自警団の団長と一緒に、城門の前に来ている」
わたくしは慌ててヴァランタンと一緒に城門の前に行った。
エドガーは噛みつき宝箱に頭を食べられそうになりながら、城門の前に立っていた。
「ご店主、大丈夫か!? どうしたのだ!?」
ヴァランタンが噛みつき宝箱に手を伸ばすと、エドガーはなぜかその手をかわした。
「俺たちは勇者様にお礼とお詫びを言いに来たのです」
エドガーは噛みつき宝箱を抱っこした。噛みつき宝箱は蓋を開けて、かわいい笑顔でエドガーを見上げていた。
「いったい、なにがあったのだ!?」
エドガーと冒険者ギルドのマスターとジフィルの町の自警団の団長は、わたくしとヴァランタンに向かってひざまずいた。
ヴァランタンとわたくしは、三人に立って話すようお願いし、渋る三人になんとかまた立ってもらった。
「実は昨晩、店に強盗団が押し入って来たのです」
「強盗団? 盗人が入ったのではなくか?」
ヴァランタンは横目でちらりとわたくしを見た。こんなに早くバレてしまうなんて、いくらなんでも早すぎではなくて!?
「強盗団ですよ。最近、このあたりの町を荒らしまわってる連中でさ。あいつら、俺が眠っているところに大勢で入ってきやがりましてね。俺はあいつらに脅されて、宝物庫の鍵を開けさせられたんでさ」
エドガーは噛みつき宝箱に笑いかけた。噛みつき宝箱は、甘えるように蓋をエドガーにこすりつけた。
「俺は宝物庫の床に突き飛ばされました。強盗は剣を振り上げて俺に斬りかかってきやがった。その時、このダミアンが強盗の腹に体当たりして、俺を守ってくれたんです」
「ダミアン……?」
わたくしは噛みつき宝箱を見た。名前まで付けてもらえたの?
「ダミアンはこの小さな木の宝箱の身体で、強盗団の前に立って、俺を守ってくれました。ものすごい攻撃力と素早さで、すべての強盗をのしてくれました」
エドガーはダミアンに頬ずりをした。ダミアンもお返しとばかりに、エドガーの頭をはむはむと挟んだ。
「そうだったのか。噛みつき宝箱は攻撃力と素早さが高く、痛恨攻撃が入りやすいという特徴を備えている。並の人間ならば、剣など持っていても噛みつき宝箱の敵ではないだろう」
ヴァランタンがみんなに解説してくれた。
わたくしが宝として質屋で質草をすることが決まった時、わたくしの護衛として選ばれたのが、この噛みつき宝箱だった。
ただの宝箱に見えるからという理由で選ばれたのだと思っていたけれど、それだけではなかったのね。
「そうだったんですか……。なんだ、お前、すごかったんだな!」
エドガーはダミアンを高い高いした。わたくしの位置からはダミアンの顔は見えなかったけれど、きっと喜んでいるはずだ。
「俺はジフィルの町の冒険者ギルドのマスター、ガストンだ。エドガーが魔王城にお礼を言いに行くと言い張るので、こうして護衛してきた」
ガストンは癖のある赤毛を一つに束ねた、筋骨隆々たる男だった。鉄製の鎧を身に着け、戦斧を背負っていた。
「ジフィルの町で自警団の団長をしているバティストだ。俺たち三人は幼馴染で、エドガー一人を死なせられないと思って、こうしてついてきた」
バティストはガストンよりもさらに鍛え抜かれた身体を、擦り切れたシャツとパンツで覆っており、スキンヘッドの頭と鋭い灰色の瞳のせいで、自警団の団長よりも荒くれ者のように見えた。
二人はダミアンと戯れているエドガーを心配そうに見ていた。
「実は、強盗団に襲われた時、預かった靴をなくしちまったんです。申し訳ありません」
エドガーはうつむいて、辛そうにダミアンを抱きしめた。ダミアンは心配しているようで、蓋でエドガーをなでていた。