9.靴の勇者は質屋で質草になりました
ジフィルの町の大通りから少し入ったところにある裏通り。
エドガー質店は、その人通りの少ない道に面して、ひっそりと佇んでいた。
わたくしは『噛みつき宝箱』という木と鉄でできた小ぶりな宝箱にしか見えない魔物の内側に入り、執事服を着たヴァランタンに抱えられて、その店に入っていった。
「いらっしゃいませ」
若い男の声が聞こえた。
「辺境領カエの領主、キャスタ辺境伯家から来た。領民のため、家宝の『豪華な靴』を質入れさせていただきたい」
「左様でございますか。わたくしめは店主のエドガーでございます。店の奥へどうぞ」
また扉が開く音。
噛みつき宝箱がテーブルかどこかに置かれた。
「拝見しましょう」
噛みつき宝箱が開かれた。
わたくしの正面に見える噛みつき宝箱の顔は、しっかり目と口が閉じられていた。一見すると普通の宝箱の内側にしか見えない。
その調子よ!
わたくしは心の内で噛みつき宝箱を励ました。
ヴァランタンがわたくしを持ち上げて、テーブルの上に置かれたクッションの上に置いた。
今のわたくしは、『靴』のスキルを使って靴になっていた。
わたくしはこの靴になるために、『靴』スキルを使った時のことを思い出した――。
わたくしはステータス画面から『婦人靴』を選択し、黒いローヒールのパンプスに変身した。
わたくしの脳内と思われる場所には、まだステータス画面が表示されており、わたくしは続けて『デザイン変更』を選択した。
わたくしは脳内のステータス画面いっぱいに表示されてきた、たくさんの婦人靴を眺めた。
そこには、わたくしが転生前に見たことのある靴が並んでいた。
わたくしは銀色のラインストーンに覆われたハイヒールを選択した。
甲の部分には、ビジューと呼ばれている大きな宝石風の飾りがいくつも付いていた。そのビジューの下には、オーガンジーという半透明な白い布でできたリボン。
若い女の子向けのパーティー用の靴として、こういう靴が売られているのを、通りすがりにどこかの店で見たことがあった。
わたくしの身体が光りに包まれて、選択した靴に変身した。
わたくしはさらに『サイズ変更』を選択し、この婦人靴がなれる最大の大きさになった。
「これが『豪華な靴』というアイテムですか! いやー、初めてみましたよ!」
エドガーは平民らしい茶色の髪と瞳を持つ、なかなか素敵な男性だった。
わたくしの載せられているクッションが、エドガーの手で回された。
わたくしはエドガーの前で何度もくるくると回転させられた。
エドガーは立ってわたくしを真上から見てみたり、しゃがんで横や斜め下からも見た。
「貴族の家の家宝と呼ぶにふさわしい、美しいアイテムです。これならば金貨二十枚でどうでしょう?」
わたくしはここで初めて気づいた。金貨二十枚ってどの程度の価値なの? ヴァランタンはそれでどのくらい領民を養っていけるか、ちゃんとわかっているの?
「今のは聞かなかったことにしよう」
ヴァランタンが低く言い放った。
「金貨五十枚では……」
「これはマジックアイテムなのだが?」
たしかに間違ってはいないわ。勇者が変身した靴ですもの……。
「こちらも商売でしてね。キャスタ辺境伯の領主城は魔王ヴァランタンに攻められ焼け落ちて、キャスタ辺境伯は魔王城に囚われているというのは、このジフィルの町まで聞こえてきているんですわ」
この世界には、スマホもパソコンもテレビも新聞もないからなぁ……。情報の伝わり方が伝言ゲーム方式だと、こうなりますよね……。
「正直に言ったらどうです? あなたは誰の使いなんです?」
「……靴の勇者の使いの者だ」
間違ってはいないし、嘘も言っていない。使いの者どころか、ヴァランタンは靴の勇者パーティーのメンバーだわ。
「まっ、なにをするにも資金がいりますからねぇ……。わかりました。ドラスの町は壊滅したそうですね。勇者様ならば、目の前の飢えた民を放っておくことなどできませんよね」
エドガーは立ち上がって、わたくしを噛みつき宝箱に戻し、蓋を閉めた。
「どうしたのだ!? なぜ、ひざまずく!?」
ヴァランタンの驚いた声がした。
「グッズの勇者様、こちらの嫁入り道具はお預かりさせていただきます。金貨の代わりに、ドラスの町の民の腹を満たせるだけの食糧をご用意いたします。ジフィルの町で商人ギルドのマスターをしている、このエドガーの名にかけて、勇者様をお助けいたします」
「それはありがたいが……」
「男の身で男の魔王に嫁いでくるとは、勇者様というだけあって勇気がおありですね。実は、この男性用の大きな婚礼靴を見た時から、わかっておりました」
わたくしはとにかく大きい靴の方が、ビジューも大きいし、キラキラのラインストーンも多くて、値段が高そうに見えると思って最大値を選択した。
ちょっと大きすぎちゃったみたいね……。
「いや……、違うのだが……?」
「シャルル・キャスタ様でしたよね。国王陛下の養子になられた、護国王子様」
近い! かなり近い……! 伝言ゲームも伝言ゲームなりにがんばったのがわかるわ! 一歩及ばなかったのが惜しい……!
「最初に聞いた時には、魔王に勇者を嫁がせる王様のお考えがわからなかったが、その美形ぶりだ。魔王も落とせると思われたんでしょうなぁ。なんでも『グッズ』のスキルとかいうハズレ枠のスキルをお持ちだそうで。この靴もそのスキルで出された、嫁入り道具に似せたグッズなんでしょう?」
エドガーは興奮気味に語っていた。ヴァランタンがずっと黙っているのが不安でしょうがない。
勇者というと男のイメージがあるし、『靴』よりは『グッズ』のスキルの方がまだ理解できるよね。
まあ、ヴァランタンがヴァランタンに嫁いだと思われている分には、そう大きな問題も起きそうにないからいいよね。
「なんでもキャスタ辺境伯には孫娘がいるそうじゃないですか。魔王を倒してキャスタ辺境伯を助けたら、そちらと婚姻するんでしょう? 勇者はお姫様と結ばれるもんです! 俺も血が滾りますよ!」
キャスタ辺境伯には複数の孫娘がいるが、年頃の令嬢たちはすでにみんな嫁いでいた。
未婚の令嬢は、ペトラちゃん二歳だけ。ヴァランタンがケルベロスから人型に戻ったら、「わんわんー! ないー!」と叫んでおもらししながら泣いていた。
現況では、ヴァランタンもあの子を娶る気持ちにはなれないだろう。
「俺はこれでも顔が広いんですわ。隣のソノザの町や、ちょっと離れてるがルコの町、ザカヤの町にも声をかけて、食べる物を持っていってやりますよ! 勇者様ってのはさすがに強運だぜ! 正直者だからスキルで出したグッズなんて売れないと思って、質屋に持ち込んだんでしょう? それで商人ギルドのマスターの俺と会えたんだから、たいしたもんですぜ!」
わたくしは自分ではなくヴァランタンにラッキーチートが付いているのではないかと思った。ヴァランタンが出会った勇者はケルベロスが大好きで、その勇者の仲間として大魔王に上り詰め、今もこうして希望を叶えてくれる男と出会えていた。かなりの運の良さだ。
「いろいろと勘違いされているが、今は訂正している時間がないのだ。すまないが、食糧については頼む」
「魔王の監視の目を逃れてここまで来たってヤツですよね! わかってますぜ! 胸が熱くなりますよ! 男気には男気で応えさせてもらいます!」
ヴァランタンはどうやら帰っていったようだった。
一人になるとエドガーは、「勇者シャルル様の出したお宝たぁ、すごい物が質入れされてきたぜぇー!」と一人で叫び、噛みつき宝箱を激しくなでなでしているようだった。
わたくしは噛みつき宝箱の内側にしまわれていたので、正確なことはわからないけれど、抱っこや高い高いもされているような感じがした。
どうやら、すごくかわいがってもらえたらしい噛みつき宝箱が笑顔になっているのを、わたくしは間近で眺めていた。