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6.わたくしの新居は魔王城

 ヴァランタンが大きく跳躍すると、巨大な鷲が飛んできて、ヴァランタンとわたくしを背に乗せて、城へと運んでいってくれた。

 この鷲は、おそらくガルーダだろう。とてもおとなしくてお利口さんだ。


「ありがとでしゅね」

 わたくしは魔王城のバルコニーに到着すると、ガルーダに赤ちゃん言葉でお礼を言った。

 あちらこちらを撫でてあげると、ガルーダはうっとりとした顔になった。


 こうなってみると、わたくし、靴の勇者で良かったわ!

 王都で侯爵令嬢として暮らしていた頃は、こんなにかわいいもふもふたちが身近にいなかったんですもの。

 屋敷では猫すら飼わせてもらえず、馬車を引いてくれるお馬さんたちをたまに見る程度。

 思えば、転生してきてからずっと、わたくしはもふもふ切れだったのだわ……。


「この子も人型になれるの?」

「普通のガルーダだからなれない」

 ヴァランタンはわたくしをガルーダから引き離した。わたくしの腕をつかんだまま、魔王城の石造りの床を奥へ奥へと歩いていった。


 もしかして怒ってる? ガルーダに嫉妬しちゃった!?

 ……かわいいわね。

 大丈夫よ、これから、わたくしがどれだけケルベロスが好きか、ゆっくり教えてさしあげてよ。


 廊下の先に、禍々しい円型の魔法陣が描かれた、両開きの扉が見えてきた。

 ヴァランタンはまっすぐに扉の前まで歩いていき、立ち止まると魔法陣に触れた。


 扉が自動的に開き、わたくしとヴァランタンが室内に入ると、自動的に閉じた。

 部屋には、大勢の人間と、弱そうな魔物たちがいた。


「魔王様、その魔物はなんだ? サキュバスか?」

 赤いジュストコールを着た、白髪で青い瞳の高齢な貴族が進み出てきた。


「ご領主、魔物ではなく人間だ。この小娘が靴の勇者だった」

 どうやらこのおじいちゃんが、辺境領カエの領主のユーベル・キャスタ辺境伯のようだった。


「女勇者か……。私が辺境伯のユーベル・キャスタだ」

「わたくしはシャンタル・チェスナでございます。未覚醒の靴の勇者であり、侯爵令嬢でございます」

 わたくしはドレスのスカートをつまんで、優雅にお辞儀をした。


「侯爵令嬢とは。これは失礼いたしました」

 ご領主がひざまずいたので、わたくしはすぐに立ってもらった。


「私に嫁いできたと言うので、娶ることにしたのだが、いろいろ不安があってな」

 大丈夫、そんな不安はわたくしが吹き飛ばしてさしあげてよ。

 わたくしのスキルは『愛』ではないけれど、持てるすべての愛で、ケルベロスを包み込める自信がりますもの。


「人間ってケルベロスの赤ちゃんは産めるのですか? たくさんのケルベロスの子や孫やひ孫に囲まれて、余生をすごしたいですわ」

 わたくしはヴァランタンにほほ笑みかけた。

 不安がることなんてなくてよ?

 わたくしにはこんなにも、夢にあふれた未来が見えておりますもの。


「ヴァランタン……、さすがに手が早すぎやしないか?」

 ご領主が砕けた口調で問いかけた。


「私はまだ求婚の返事ももらっていないはずなのだが……。どうやらケルベロスのことしか頭にない女性なのだ。シャンタル嬢は私の子が欲しいのではなく、たくさんのケルベロスに囲まれたがっているのだ」

 ヴァランタンの言葉は、一つも間違っていなかった。

 ご領主はわたくしの表情から、ヴァランタンの言葉が正しいことを察したようで、苦笑いのような、呆れたような、微妙な表情になった。


「わたくし、ヴァランタン様の妻になりますわ!」

「まあ……、あなたにはそれしか道がないだろうな」

 それは、もはや戻る国のない、靴の勇者に対する言葉なのか……。わたくしのケルベロス愛に対する言葉なのか……。


「ご領主、シャンタル嬢に世話をする者をつけてやってほしい。シャンタル嬢のために、もう一つ封印の部屋を用意する」

「世話係か、わかった。なるべく年齢が近い方が良いだろう。ナタリー、ルイーズ、魔王様の婚約者のお世話を頼む」

 茶色の髪に茶色の瞳の二人のメイドが進み出てきて、わたくしにお辞儀をしてくれた。


「よろしくお願いするわ」

 わたくしもナタリーとルイーズにお辞儀をした。二人がわたくしに、もう一度丁寧にお辞儀をしてくれた。

 二人のメイドの平凡な茶色の色彩は、わたくしにクリスティーヌを思い出させた。

 わたくしは暗くなる気持ちをふり払うように、二人に笑いかけた。


「ナタリーとルイーズはこんなに大きくなっていたのか。二人とも、ついこの前まで赤ん坊だったというのに……」

 ヴァランタンが感慨深げに言い、ナタリーとルイーズが恥ずかしそうに笑った。

 このやり取りを見ているだけで、ヴァランタンが辺境領カエの人々とずっと仲良く暮らしていたことが伝わってきた。


 ヴァランタンがこういう魔王だったからこそ、わたくしはただの侯爵令嬢でいる間、『どうやら辺境領カエの向こうには、魔王城が建っているらしい』程度の認識で暮らしてこられたのだ。


 ふと気づくと、わたくしたちのまわりに、立ち耳の白いうさぎが寄ってきていた。額に金色の角があるから、この子たちも魔物なのだろう。

「この子たちは、なんという魔物なのですか?」

「ユニコーンラビットだ。逃げ足が早い代わりに、経験値が高い。狩りたいのか?」

「狩りたいわけがありませんわ! 抱っこしてもよろしくて?」

 わたくしが屈んで手を伸ばすと、ユニコーンラビットたちはすごい勢いで逃げていってしまった。うさぎらしくてとても良い。


 ふと見上げると、ものすごくぽっちゃりしたスズメが飛び回っている姿があった。

 わたくしの視線をたどったのだろう、ヴァランタンが「あれはふっくらスズメだ」と教えてくれた。


 あたりを見まわしてみると、魔法の杖みたいな物を持ったコアラや、竹槍を持った小さなパンダ、なぜか苺を両脇に抱えている二足歩行のキンクマハムスター、小さな鎌を持った真っ白なオコジョなどが、人間の足の間からこちらの様子を伺っていた。


 もふもふした魔物たちだけではなく、洋梨にかわいい目と口がついた魔物や、小ぶりな岩に目だけがついた魔物、水たまりに目と口のついた魔物などもいた。


 あの子たちもデジレの配下の襲撃から逃れて、ここに避難してきたのだろう。


「みんな災難でしたわね。ヴァランタン様、わたくしはここで、もふもふたちに囲まれていたら大丈夫です。ヴァランタン様はどうかすぐにでも、ドラスの町を助けに行ってさしあげてください」

 わたくしはヴァランタンに頼んだ。

 ヴァランタンはわたくしだけのケルベロスではないのですもの。


 本当は勇者として、わたくしも町を襲っている魔物の討伐に行きたいところだけれど、今はまだ侯爵令嬢でその力はなかった。

 ここは休んで体力を回復し、まず勇者として覚醒することを考えよう。

 できることから一つ一つやっていって、いつかはデジレを討伐するのだ。


「では、街に戻る。シャンタル嬢、安心して待っていてくれ。ご領主、ここを頼む」

 ヴァランタンが部屋から出て行くと、わたくしはまたその場に座り込んだ。

 とにかく疲れていた。


 ナタリーとルイーズがわたくしを支えて、部屋の隅にある長椅子に連れて行ってくれた。

 わたくしは二人の手を借りて、長椅子に横たわった。


「ごめんなさい、わたくし……」

 わたくしは心配そうにしている人々に謝った。


「休まれよ、チェスナ侯爵令嬢」

 辺境伯に言われて、わたくしは目を閉じた。


 ゆるやかに眠りへと落ちていくまでの間、この城に避難してきている人々について考えた。

 彼らは元から食糧難で、家もドラスの町ごと燃えてしまっていた。だからといって、このままずっとこの魔王城で暮らしていく、というわけにもいかないだろう。

 ドラスの町を復興させて、彼らが自分たちで生きていけるよう、なんとかしなければ……。

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