異世界の「にほん」という国への駐在任務時に与えられる名前は「山田太郎」と決まっている。
異世界の「にほん」という国への駐在任務時に与えられる名前は「山田太郎」と決まっている。
新・山田太郎候補生の二人。
厳しい試験を勝ち抜いて、異世界「にほん」へ行くのはどっち?
コメディの、ゆるゆる設定です。
よろしくお願いします。
『【完結】「お前を愛する事はない」と言われたので「おう上等」と言い返してやった。が…言った事を取り消すまで早かった。…と思う。』
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の続編になります。
★ざっくりネタバレ★
母親の治療費を稼ぐためにクラブホステスで働いていた来夢。店のマネージャーをしていたハリオドールにより、ある日突然異世界に拉致られ、異世界で国を守護する存在「黒髪の乙女」ネロリとして生きる事になった。
しかし初日から旦那様であるベリルに「お前を愛することはない」と言われてしまう。
誤解を解きながら少しずつ距離を縮めた二人は。。。
あれから1年。幸せに暮らすネロリに舞い込んだ「お仕事」とは?
「山田君」
「山田主任」
「山田先輩」
「山田マネージャー」
「山田さん…
「山田…
ヤマダ…
。。。
大きな窓から燦々と日差しが差し込む部屋。ずらりと並べられたテーブルと充満するスープの香り。カチャカチャとカトラリーの擦れる金属音が鳴り響く、ここは魔法庁の3階にある食堂。
正午より少し遅れて食堂に来た僕は、トレーにスープとパンを2つ乗せ空いた席を探していた。
「ブルート!」
呼ばれた方へ顔を向けると同僚のスファレライトが、こっちこっちとばかりに手をっている。
付き合いは浅いが、同じ目標に向かう仲間として付き合いのあるスファレライト。僕は彼の向かいの席に座る。
そして最近あった魔法トラブルなど、たわいもない話を少しするとスファレライトは本題を切り出してきた。
「…もうすぐ新山田太郎の最終試験があるな」
新山田太郎。
「…そうだね」
僕とスファレライトは、新山田太郎の候補生。
さまざまな条件や試験をクリアし、勝ち残った二人である。
「俺、子どもの頃から異世界に行く事が夢だったんだ。だから…今度の試験、お前に負ける訳にはいかないから」
スファレライトはそう言うと、スープからほろほろに煮込まれた鶏肉と豆をすくい、はふはふと口に頬張った。
この一言を言いたかったのだろう。
夢を追いかけてきたというスファレライト。魔力や優秀さにおいては群を抜いているのは確かである。けれど。
「僕も手を抜く気はないよ」
スファレライトの熱気に押されながらも、僕はそう答えた。
ここイスピリットサント王国には、異世界駐在任務がある。
異世界に駐在する時に与えられる名前は全員が「山田太郎」である。
これは一つの名前に統一した方が入れ替わりやすいという理由から。
「山田太郎」の名を引き継ぐ為の絶対条件は、異世界へ行って戻ってこれる強い魔力。「にほん」という国へ転移し、任務完了時にはそこから戻ってこれる魔力の持ち主でなければならない。
これは僕もスファレライトもクリアした。
それと婚約者がいる者、もしくは妻帯者のみというのも大きな条件である。これは人質のようなもので、愛する者の事を思えば異世界の誘惑にも屈することなくこちらに戻って来るだろうというもの。
異世界で家族を作ってしまわないようにとの配慮であり、あちらでのトラブル防止のための条件である。
「婚約者がいる者」この条件も僕とスファレライトはクリアしている。
僕の婚約者のシャーロット。しっかり者であるが、そのせいで無理をしやすい。
シャーロットを残して異世界に行くなんて…と、少し迷いのある僕と違って、スファレライトは「ビオラには何年でも待っていてもらうつもりだ」と、婚約者を待たせる事に迷いはないらしい。
他にも異世界の言葉や風習、歴史、一般常識などのテストをクリアした僕たち。
あとは最終試験を待つばかりである。
「新山田太郎候補の二人で何の相談だ?」
不意に声をかけられ見れば前任の山田太郎、ハリオドール先輩がコーヒーを片手に立っていた。
「お疲れ様です!」尊敬するリオ先輩の登場に立ち上がり挨拶をするスファレライト。そんな彼に苦笑いしながら僕も挨拶をする。
「今度最終試験だろ?」
「はいっ!俺はどうしても異世界に行きたいと思っています!一度リオ先輩からアドバイスをいただきたいと思っていました!」
積極的に話すスファレライトと違って、僕は…
そんな僕の事をちらりと見たリオ先輩。
「ブルートは何が不安なんだ?シャーロットさんの事か?」
「っ!……はい…」
どれくらい長くなるかわからない異世界任務。一度異世界に行くと手紙のやり取りしか出来ないのだ。
「仕事なんだから婚約者なんて待たせておけばいいだろう。異世界任務が嫌なら試験を辞退すればいい。異世界任務は俺に譲ってくれ」スファレライトは笑いながら言っているが…本音だろう。
僕だって任務が決まれば仕事を優先するけれど、シャーロットを思う気持ちを上手く伝えられない。どう答えようかと、上手い答えを探してるうちにスファレライトはリオ先輩に質問する。
「あちらの女性はこちらの女性より魅力的だと聞きます!本当でしょうか?」
「まあなぁ…。異世界の女性たちはこの国に比べたら露出度の高い服を着ているし、積極的でぐいぐい来る。でも、婚約者がいるんだから向こうの女性がどうであろうと問題ないだろう?それに大切な人を待たせていると思えば、なるべく早く仕事を終わらせようと思うしな」
リオ先輩も結婚してすぐに異世界に行っていた。その間の奥さんの様子はどうだったのだろう。もっと詳しく話を聞きたい。そんな思いが顔に出ていたらしい。
「… お前たち、詳しい話を聞きたいなら、今度ウチの別荘に遊びに来るか?」
そんな提案をしてくれた。
そしてその提案を断る理由もなく、僕とスファレライトは来週末にリオ先輩の別荘へ行く事になった。
婚約者と一緒に。という条件つきで。
。。。
僕はシャーロットとスファレライト、ビオラ嬢と一緒に街から離れた場所にある別荘へ馬車で向かう。
久しぶりに見たビオラ嬢は…前のような明るさがなくなっていた。
シャーロットが話し掛けてもビオラ嬢は俯き小さな返事をするだけだった。
「シャーロット嬢は華がありますね!それに比べてビオラは辛気臭くて…」
スファレライトの言葉に体を小さくするビオラ嬢。
自分の婚約者に対してそんな事を言うなんて…僕にはスファレライトの気持ちが全くわからなかった。
「そんな事ないですよ。今日のドレスも似合っています」
そう言うとビオラ嬢は一瞬顔を上げたが…すぐに下を向いてしまった。
スファレライトはほらねと言いたげな顔をし、肩をすくめた。
僕とシャーロットは、その様子に眉をひそめる。
幼い頃から婚約者同士である僕たちと違い、数年前に婚約した二人。
二人にしかわからない何かがあるのかもしれないが、それにしてもスファレライトの態度はいただけない。
シャーロットも思うところがあるようで、スファレライトからビオラ嬢の距離をとるようにしていた。
指定された場所は静かな森の中、ひっそりと佇む小さな城。
そばには澄んだ小さな池がある。
「素敵なところね」とシャーロットが言えば、笑顔で頷くビオラ嬢。
「簡単な山田太郎任務でも終わればこれくらいは手に入れられるだろう」
スファレライトの言葉にビオラ嬢は俯き、僕とシャーロットは驚く。
「お前…異世界任務が簡単なんて」
「さ、中に入ろう」
僕の言葉を遮ると、スファレライトは一人中へ進んだ。
チャイムを鳴らすとリオ先輩と、奥様のメリッサ夫人が迎えてくれた。
「いらっしゃい!シャーロットとビオラね!今日は楽しくお話しましょうね」明るか話すメリッサ夫人に圧されながら、シャーロットもビオラ嬢も緊張がほぐれたようだった。
「全く使っていなかったから少し埃っぽくて悪い」
「色々間に合わなくてごめんなさいね」
確かに長く使っていなかった様子は感じるが、ところどころに花が飾ってあるなど、もてなしの気持ちが嬉しかった。
少しひんやりとした廊下を歩き、客間に通されると一人の女性がすでにソファに座っていた。
銀髪か金髪しか生まれないこの国で、唯一無二の黒髪と黒い瞳。
「くっ!黒髪の乙女!」
スファレライトが驚きの声をあげ、僕も同じくらい驚く。
「紹介しよう。こちら「黒髪の乙女」であるネロリだ。異世界の知りたい事をなんでも聞くといい」
「ご紹介いただいたネロリです。今日はよろしくお願いしますね」
この国のものではない特徴的な白いドレスに、艶やかな黒髪に乗る白い三角形のティアラ。女神のような圧倒的存在感に言葉が出なかった。
そんな僕たちを見て、乙女は優しく微笑む。
「ここからはお仕事のお話しになりますので、シャーロットさんとビオラさんはメリッサ夫人とティールームへどうぞ」
少し不安気な二人は、こちらを伺いながらも大人しくメリッサ夫人についていく。
「さて。お二人ともお疲れでしょう?どうぞこちらへ」
乙女に案内され僕とスファレライトは席につく。すぐに数本のワインをリオ先輩が運び乙女が勧めてくれる。
「お二人ともワインでいいかしら。こちらを用意したのですが、どれにします?」
見慣れないドレスに身を包む、乙女以外にありえない黒髪に潤んだ黒い瞳。
ワインを選ぶよりつい彼女に見惚れてしまう。
「俺はコレをお願いします」
スファレライトが乙女にお願いしたものと同じものを僕も頼む。
するとリオ先輩が流れるような手つきでワインをグラスに注いでくれた。
「次期山田太郎候補のお二人とお話出来ると思うと緊張して喉が渇いてしまいました…私も同じものをいただいていいかしら?」
「もちろんどうぞ」スファレライトは身を乗り出し、黒髪の乙女に酒をすすめる。
「ありがとうございます」
そう言ってリオ先輩からワインを受け取る乙女。
「黒髪の乙女の美しさに乾杯!」
スファレライトも乙女に会えてテンションが上がっているのか、いつになく積極的にみえる。
「スファレライト少し落ち着けよ」僕がスファレライトを諌めると乙女は「ありがとうございます。でも嬉しいですわ。お近づきのしるしに乙女ではなくネロリと呼んでください」と言ってくれた。
それから乙女が語る異世界の様子に興味津々で耳を傾けた。
乙女が熱心に語る、お湯を入れるだけで出来る「カップラーメン」や、一度入ったら出る事が出来ないダンジョンのようなテーブル「こたつ」の存在。
「携帯のアラーム機能での目覚ましは二度寝防止の為細かく設定…」「前任の山田太郎はアマゾネス達の攻撃をものともしなかった」「…ズボラのための生活ハック」「…ポテチ」など。
ところどころ異世界講義では聞いたことのない言葉が出てきた。
その度にリオ先輩が乙女に注意し、僕たちがわかるように説明してくれた。
特に「アマゾネス」のところでは乙女はリオ先輩に怒られていた。
二人のやり取りはまるで仲の良い兄妹のようだった。
乙女に勧められるがままワインを飲み続けるスファレライトと違って、僕はシャーロットとビオラ嬢が気になって二杯目をあけるのがやっとだった。
それに気づいた乙女が僕を気に掛けてくれたが、スファレライトが「そんなやつはほっといて俺と飲みましょう!」と言って乙女の手を取る。
「はいはい」とにこやかな乙女だったが、こっそりと僕の耳元で「彼女達は大丈夫よ」と囁いた。
ハッとし顔を上げると目が合った乙女は優しく頷き、あとは何もなかったようにスファレライトの相手をしていた。
開けたワインがもう何杯目かわからないスファレライト。
「スファレライト様はお強いですね」
「あい…おれはつよいおとこれす!」
「ではもう一本…ワインを開けましょう」
「あい!わいんをあけましょう」
強いのは乙女である。
スファレライトと同じくらい、いや、それ以上飲んでいるのに顔色一つ変わらない。
「スファレライト、もうやめておけよ」
制する僕の手を払いスファレライトはよろよろと立ち上がる。
「うるさい!いせかいにいくのはおれだからな!そのじょうけんのためにびおらとこんやくしたんだ。でなけりゃだれがあんなおんな!…おれはいせかいでたくさんのじょせいとなかよくなるんだ」
「お前!そんな理由でビオラ嬢と婚約したのか!」
思いもよらぬ告白に、僕は思わず怒りの声をあげた。
「そうさ。わるいかよ。でもあのおんなとはいますぐにこんやくはきしてやる!そしてこのねろりさんとけっこんする!!」
スファレライトはそう言って乙女の細い腰に手を回す。
「きゃっ」
乙女が小さな悲鳴をあげた瞬間、隣の部屋からビリビリとした膨大な魔力が膨れ上がるのを感じ、僕は咄嗟にシールドを張った。
そしてリオ先輩もシールドをかけたその瞬間…隣の部屋がぶっ飛び、瓦礫の中からシールドに守られたベリル先輩が現れた。
そしてその腕の中には乙女がすっぽりと収まっていた。
「あの…旦那様?」
「…」
「旦那様、これはお仕事ですよ?」
「…」
「もうっ!あと少しでシャンパンタワーも入れてもらえそうだったのに」
少し拗ねるように乙女が言う。
酔ってシールドを張れなかったスファレライトは吹っ飛び床に転がっていた。
「部屋一つしか吹っ飛ばさないとは。ずいぶん抑えたな」
一つの部屋が無くなったというのに、落ち着いているリオ先輩。
僕はすぐにシャーロットとビオラ嬢のところに向かう。
「シャーロット!」
「ブルート?どうしたの?」キョトンとするシャーロット。
彼女達がいたティールームはメリッサ夫人が張ったシールドに守られていた。
しっかり防音までされている。
「終わった?壊したのは一部屋?」
メリッサ夫人にそう何でもないように聞かれ、驚く僕。
「だって絶対こうなるとわかっていたもの」と笑うメリッサ夫人。
。。。
実はこれが最終試験だったと知る。
酒に飲まれて前後不覚になったスファレライトは、当然不合格。
ビオラ嬢との婚約も異世界任務のための擬装だったとバレて、スファレライト有責での婚約解消。ビオラ嬢に精神的苦痛を与えた事も加味されて、多額の慰謝料を払う事になった。
そして、別荘と言われ案内された城は「たぶんベリルが壊すだろう」と、リオ先輩が「解体」を引き受けていた長年持ち主不在で、老朽化の進んだ廃墟であった。
それと…スファレライトが請求されたあの日飲んだ酒の代金。
最初の一本以外は全部スファレライトに請求された。あの数時間だけで給料一カ月分が飛んでいった。
「ベリルが用意したワインが高いやつばかりだったからな。シャンパンタワーを入れていたらこんな金額では済まない」とサラリと言うリオ先輩。
ベリル先輩の腕の中で乙女が呟いていた「あと少しで…」という言葉を思い出し、乙女の恐ろしさを知る。
スファレライトはベリル先輩のおかげで地獄に行かずに済んだのかもしれない。
。。。
「ブルート・パーズ……本日をもって君を山田太郎に任命する」
「ありがとうございます。歴代の山田太郎の名に恥じないよう、精一杯務めさせていただきます!」
壇上で「山田太郎」と書かれた分厚いファイルを両手で受け取り、脇に抱える。
その場から一歩下がり、両足を揃えて魔法庁長官に敬礼をすれば「全員!新山田太郎に敬礼!」の声。
ファンファーレが鳴り響くと同時に、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
会場の中央に敷かれたレッドカーペット。その先に待つのは…胸の前で祈るように手を合わせ、目に涙を浮かべたシャーロット。
「ブルート…おめでとう…」
そこまで言うと、シャーロットのグリーンの瞳から涙が溢れた。
僕は慌てて手袋を外し、シャーロットの頬に手を当て涙を拭う。
「シャーロット。ごめん、しばらく待たせることになるけれど…なるべく早く帰れるよう、頑張るから」
「そばにいれないのは寂しいけれど、心はいつもあなたのそばにいることを忘れないで…」
「シャーロット…」
僕はシャーロットを引き寄せるとキスをした。
。。。
今回の異世界任務は「第三王子お気に入りのうさぎのぬいぐるみが異世界に落ちたので捕まえてくる事」であった。
異世界に落ちたぬいぐるみのうさぎは、異世界で生きるうさぎと区別がつかなくなる。
。。。
ここは瀬戸内海、大久野島。
別名「うさぎの島」
海に囲まれた小さな島のホテル。
夏休みを利用してバイトに入った大学生の山田太郎は、島に生息するたくさんのうさぎに囲まれながら、今日も胸に王家の紋章が刻まれたうさぎを探している。
最後までお読みくださりありがとうございました。
★登場人物の名前のお話★
登場人物の名前は宝石と植物からきています。
ベリルとハリオドール(ヘリオドール)は従兄弟です。
どちらも緑柱石の一種です。
ベリルの名は古代ギリシャ語で海水の高貴な青緑色を意味する「ベリロス」
そして作中ベリルの瞳の色はエメラルドで、エメラルドもベリル、緑柱石です。
作中のハリオドールは髪の色は金髪。ヘリオドールの色で「太陽の贈り物」と呼ばれ古くから重宝されてきました。
ネロリの名は、オレンジの花の香り。17世紀イタリアのネロラ王国の王女がこの香りを愛した事が由来です。
来夢は果物のライム。同じ柑橘系から繋げています。
イスピリットサント王国の名は、ブラジルにあるエスピリットサント州をもじっています。
エスピリットサントには「精霊降臨」の意味があるそうです。
ブルート・パーズはブルートパーズ。石言葉は「友情繁栄」「知性」「希望」です。
スファレライトは閃亜鉛鉱です。スレファライトの石言葉は「幻惑」「うそつき」「裏切り者」です。
シャーロットは、薔薇のレディオブシャーロットです。「絆」「信頼」などの花言葉があります。
ビオラ。「私のことを想って」「忠実」「誠実」などの花言葉があります。