食堂
日が暮れる。寮の傍にある食堂に、リリャ、ルコ、アガットの三人は訪れていた。食堂に入ってすぐに今日のメニューが看板に書いてあった。朝と昼と夜のそれぞれのメニューで今はおそらく夜の時間帯の料理が手ごろな価格で提供されていた。
食堂内は広々とした空間にたくさんのテーブル席が並んでいた。
リリャたちは、キッチンの前に積んであったトレイを取って、キッチンの前のカウンターに並んでいる料理を眺めて自分たちが食べる料理を吟味していた。
リリャは、赤パスタと、星空スープを、ルコは、星空のスープとモクモクパンをトレイに乗せた。アガットは、シカ肉入りのカレーの大盛りを頼んでいた。
三人は、食堂でも中央あたりの席を取った。食堂内はそれなりに人がいた。自分たちと同じ新入生もいれば、食堂を使い慣れた先輩たちが隅の席でたむろしているのもうかがえた。端の窓際に近い場所ほど個性的な生徒たちが集まりそしてどこか治安が悪いのはなぜなのかだろうかとリリャは、ふと思う。だが、そんなどうでもいい食堂内の観察も、昼から何も食べていなかったリリャのお腹が空腹だぞとお腹を鳴らすと、すぐに目の前の料理にとびついていた。
「いただきます!!!」
空腹だった三人は、それなりに最初は食事に集中していた。赤パスタはトマトベースのソースを絡ませた肉や野菜などもふんだんに入った具沢山の食べ応えのあるパスタだった。リリャはその赤パスタを、星空スープというこれまた空腹の身体に染みる野菜スープで流し込んでいく。
それなりに空腹が癒えると、リリャは、アガットに目をやった。彼女は目の前でおとなしく上品に少しずつシカ肉がふんだんに入ったカレーを食べていた。見た目の切れのある粗暴さとは反対に礼儀はリリャたちよりもわきまえているようだった。
「アガットは…」
リリャはそこで彼女を何と呼べばいいか改めて考えた。
「そういえば、アガットって呼び方でいい?アガちゃんとか、なんか、ニックネームあった?」
「アガットでいい、私も聞き忘れていたが、リリャと、それとルコでいいか?」
「私はそれでいいよ、ルコは?」
急に自分の番が回って来て、スプーンで口に運ぼうとしていた具をスープの中に落としながらも、「私もそれでいいよ」とルコは照れくさそうにしていた。
「ねえねえ、アガット、さっそく聞きたいんだけどいいかな?」
「私に答えられることがあれば、なんでも」
「じゃあ、聞くんだけど、アガットは、どうしてライラ騎士団に入りたいの?」
「たいして面白い理由じゃないがいいか?」
「別に面白くなくていいよ、なんでかな?私が勝手に興味もっただけだからさ」
レイド王国最強の騎士団である、ライラ騎士団に入るということは、それ相応の理由があるとリリャは勝手に想像していた。それにそんな目標を持つ女性は、リリャの周りにはいなかった。だから、リリャにはアガットが珍しく面白い人に映っていることは間違いなかった。
「父にライラに入れと言われたからだ」
「お父さんに?」
「ああ、それが理由だ」
リリャは、その答えを聞いてとくに何かがっかりした気持ちになることはなかった。むしろ、よりいっそう彼女に興味が湧いていた。引っかかるのは、気が強そうで、意志も強そうな彼女の将来が、父に言われたからという理由で、ライラ騎士団という過酷な道に進むと決めた、というところに何かあるに違いないと、そう考えることでしか、彼女のいった言葉を受け入れられないではいた。
「アガットのお父さんは怖かったりするの?」
「父は聡明で優しい人だ。むやみに獲物だって狩らずに常に森の秩序を考えているような人で、私の尊敬する人だ」
「そっか、アガットはお父さんが大好きなんだね」
リリャがそう呟くと、アガットはその言葉のニュアンスが気に喰わないかあるいは幼く感じたのか、眉をひそめながら訂正する。
「大好きというよりかは、尊敬だ。師匠といった方がいいかもしれない」
アガットから伝わる父への絶対的な信頼から、確かにこれなら、父親に言われた通り、ライラ騎士団を目指すのも納得がいった。
「だけど、アガットは、どうして魔法学園に?ライラ騎士団を目指すならスタルシアにある士官学校を受ければ良かったのに」
そう言うと、アガットは、首を横に振った。
「私の家は裕福ではない。父は私に魔法を学ばせたがっていたが、父は魔法が得意ではなかった。だから、この学園に来た。試験を突破すれば、無償で魔法を学べるこの学園に」
リリャも彼女の考えがよく理解できた。この学園に入れた者たちはそのありがたさを痛感している者も多いはずであった。
「なるほどね、確かに、いいよねこの学園のそういうところ」
この魔法学園アジュガは、試験と面接のどちらかを突破すれば、学費のことは一切考えなくていいお財布に優しい学園でもあった。ただ、どうやら、そこにはいろいろと国家間の込み入ったわけがあるようなのだが、とにかく、この学園は日々の生活費だけあれば、無くても借りることもでき、卒業までお金のことは一切考えなくて良かった。
「騎士団には入団試験がある。士官学校にいった方が有利なことは確かだが、この魔法学園アジュガには、卒業した生徒を騎士団へと推薦する推薦状を出せる機関でもある」
魔法学園が騎士団に優秀な生徒を推薦することはよくあることだった。それはどの国でもやっていることだった。国家防衛の観点からみても、優秀な魔法使いが増えることにこしたことはない。
「私は、魔法使いの枠だとしても、ライラ騎士団に入りたいんだ。父の言った通り立派なライラ騎士になるために」
アガットのライラ騎士団への熱意がたとえ父親から言われたことであっても、彼女自身それを熱望しているのならば、リリャも彼女のことを応援してあげたいという気持ちがあった。
「いい夢だね」
「ありがとう」
アガットが少し照れたようにも見えた。彼女の暗い闇のような黒い瞳に、攻撃的な鮮やかな赤い髪、相手を威圧するためだけに備えられたような彼女のひとつひとつの顔のパーツも、やはり、少し笑顔を添えただけで、どこにでもいる普通の女の子に様変わりしていた。
それから、リリャ、ルコ、アガットは食事を終えた後も、三人でお互いのことを知り合う為に、自分たちのことを語った。
リリャは、空を飛ぶ魔法使いになりたい理由は、楽をしたいからという理由もあったが、飛行魔法使いが社会では重宝されていることを誰もが知っていた。だから、食い扶持にありつける意味でも、自由に空飛ぶことへの憧れを満たす意味でも、リリャにとって飛行魔法は絶対に習得したい魔法のひとつだった。
「飛行魔法の飛行能力は人によって、個人差があるんだけど、才能がなかったら、別の手段を取るしかないのって、ひどすぎない?最初から空を飛べる人が決まってるってなんだかこの世界って不公平じゃない?」
「リリャちゃんなら、大丈夫だよ、私はリリャちゃんなら、絶対に飛行魔法を使える魔法使いになれると思うよ」
ルコはまだモクモクパンを半分残しながらも、不安がるリリャを勇気づけていた。というより、信じて疑っていないようだった。
リリャにとってルコのそういった言葉は自分に根拠のない自信をくれるため、ありがたかった。
「うん、まあ、ルコがそう言うなら、なれるかぁ!!」
「その調子だよ、リリャちゃんなら、何にだってなれるよ!!」
「ああ、そんな気がしてきたなぁ!!」
アガットは、そうやってルコに持ち上げられるリリャをそっと静かに見守っていた。
「リリャとルコは、仲がいいんだな」
「そうだよ、私とルコは超絶仲いいよ!」
リリャが隣にいたルコの肩を組んで、ピースサインを決める。ルコも嬉しそうに微笑んでいた。
「羨ましいと思う、私はサバイバル生活でずっと友達がいなかったから、そう言う友達みたいな関係には憧れる」
「何言ってんのよ」
そういうとリリャが反対側の席にいたアガットの隣に来ると、彼女とも肩を組んだ。リリャは遠慮というものがない。
「私たちだって、もう、友達でしょ?」
リリャがルコにピースをすると、ルコもリリャにピースを返していた。
「ああ、よろしく頼む」
アガットそこで生まれて初めて笑ったかのような微笑み浮かべていた。