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幕間 素直に伝えて

 夏祭りが終わり、連休が終わり登校した際、私は朱雀組ではなく、真っ先に青龍組の教室の扉を開けて、お目当ての生徒がいないか探した。その生徒は一番後ろの窓際の席でひとりジッとして背筋を伸ばしていた。


「キア」


 私は、見つけるやいなや、夏祭り以来の彼女の名を呼んだ。彼女はどこかぎこちなく身体を向ける。感情の起伏の乏しい顔を見て、それでも今の私には彼女の気持ちが手に取るように分かった。


 私が迷いなく彼女に真っすぐ近づいていくと、彼女の顔からは激しい動揺の為か視線が私から逃げるように右左に避けていた。

 そんな彼女を私はまっすぐ見つめながら、彼女の前まで来た。まずしたことは彼女の全身をくまなく見ることだった。もちろん、そんな変な気を起しているわけではない。彼女に異常がないか、怪我をしていないか確認を兼ねており、そんな嫌らしい目で見ていたわけじゃない。そんな気は少ししかない。


 私がなめまわすようにキアを見ていると、彼女は席から立ち上がった。彼女はいつも通り夏だというのにも関わらず限界まで露出の少ない格好をしていた。長袖にロングスカートとだが、そこが逆に私の性的指向をくすぐるのだが、ただ、いまはそんなことよりもこうして、彼女が無事であることが何よりも喜ばしいことだった。


「あの、リリャ、私………」


 とても申し訳なさそうな顔をしていた。夏祭りのことなのだろう。それ以外に彼女がこんな困った顔をしているところを見たことがない。ただ、そんな困って弱弱しい姿の彼女も、なかなかにそそられるものがあった。


 私は、そんな不安がるキアのことを抱きしめた。辛抱たまらなくなったからじゃない。ただ、友人が無事だった安堵感をより実感したいから抱きしめた。だから、私はキアに言った。


「心配したよ」


「ごめん、私…」


 キアの声には元気がなかった。そんな彼女に私は優しく言った。


「いいよ、何も話さなくて、お家のことで何かあったんでしょ?」


 キアは軍人の家系であり、私たちのような庶民に話せないことがあることはしっていた。それはオルキナがよく言う貴族の秘密のことで、『庶民のあなた達が聞いたら、その命いくらあっても足りませんことよ?』などときっと同じ理由なのだと勝手に思うことにしていた。誰にだって秘密はある。とくに貴族となると、そういうことは多いということは最近知った。


「私はキアが無事だったそれだけで良かったって思ってるからさ」


 私はキアの胸に自分の顔をうずめるようにして、強く抱きしめた。女性の身体を前にして興奮したわけではない。ただ、キアが安心することをしてあげたかった。私などは女友達にいくら待たされたところで、特に同性に対してすこぶる甘い私がその程度怒るはずがなかった。それよりも、待っていた間、キアの身に何かあったのか、そっちの心配の方がずっと精神的には苦痛だった。


「マグリカ先輩に聞いて無事だったとは聞いてたけど、やっぱり、この目で確認しないとさ、本当に無事かどうかわからないでしょ、だから、今日は一番にキアの顔が見たかったんだ」


「リリャは、私のこと嫌いじゃない?」


 私はそこで少し抱きしめる力を解いて、キアの顔を見た。彼女は私の顔を直視できずにいた。いまだ彼女の心は自責の念に押しつぶされようとしていた。こっちはもう何とも思っていないのに、彼女は自分自身を許せていないようだった。


「キア、ほら、私のこと見て」


 私がキアの両頬を持ち上げて、私のことがしっかりと見えるようにした。私の赤い瞳とキアの赤い瞳がその視線が交差する。いま、この瞬間には私とキアしかいないんじゃないかと錯覚するかのように、周りの時間が止まったんじゃないかと思うほど、私はキアに集中した。


「私は、どんなことがあっても、キアのこと嫌いにならない」


 他のこと全部忘れるぐらい、彼女に伝わって欲しかった。


「ずっと大好きだから」


 友達として、なんてきっと言わなくてよかった。これはきっとルコにも当てはまることなのだろけれど、私はやっぱり、私の傍に一緒にいてくれる人たちが好きだった。そこに何か、枠組みされた関係で括られているからと壁を作って、自分の心からの気持ちを相手に伝えないこと、それは、きっと、自分という人間を歪めてしまうような気がして嫌だった。


 だから、思ったことは素直に言って伝えたい。


 私が心からの笑顔と共に愛を伝えると、またキアの新しい顔を拝めることができた。


 キアが顔を真っ赤にして、固まっていた。

 けれど、そこにはもう戸惑いも、不安も、疑いもない。ただ、人が幸福の真っ只中にいるときに浮かべる顔があった。


 私はそんなキアの顔を見れて、ようやく、一安心できた。


 ただ、あまりにもびっくりしていたのか、キアはずっと顔を赤くしたまま固まっていたので、そんな彼女の顔があんまりにも可愛かったので、ついつい私はこのままキスのひとつやふたつかましますかと、やはり、欲に足を引っ張られているところを、横からルコが顔を出す。


「リリャちゃん」


 完全にキスの体制に入っていた私を、凄まじいプレッシャーでルコが私を睨みつけていた。


「あ、アハハハハハ…ルコさん、これは違いますよ?」


「違うって?」


「ほら、えっと…」


 私自身もなぜかルコに対してこんな動揺しているのか分からなかった。

 ただ、とっさに出て来た言葉はこうだった。


「私、ルコのこともちゃんと愛してるぜ!」


 私がルコにウィンクをすると、彼女はしばらく沈黙した後、まっすぐこちらを見つめて「ありがとう」と言った。その『ありがとう』がどんな類の感情だったのか私には、親友の気持ちがその時まったく読み取れず冷や汗をかく羽目になった。

 ルコが私の両脇に腕を通して羽交い締めにすると、そのまま、キアから引きはがした。


「もう、朝のホームルームが始まるから、私たち行くね」


 ルコが私を引きずりながら、強制的に教室から連れ出していく。


「またね、キア!」


 引きずられていく、私が手を振りながら、そう挨拶をすると。


 キアは恥ずかしそうに小さく頷いていた。

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