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夏祭り裏 黒鱗

 キアの手から闇が溢れる。その闇は急所を守る防具の形となって彼女の身体に纏わりつき、彼女の姿をあっという間に黒い騎士へと変えた。手から溢れる闇はさらに彼女の前で線となりやがて一本の長い槍となって、彼女の前に形となった。

 キアが闇を纏い完全に武装しても、彼女が生み出したその闇の放出は止まらず、むしろ、完全武装した状態になった直後、より彼女の全身から瘴気のような闇が放出され続け、彼女の周りを黒い雲となって漂う。


 最後に、キアの顔の周りにその闇が集まっては、彼女に闇の兜を被せた。


 キアは、敵へとゆっくりと接近を続けた。その際、周囲に振りまかれる殺意のこもった気に、圧倒されているのか、後方にいた手練れであろう青い竜人の男も、キアという異質な存在に釘付けになり動けずにいた。


 キアが真っ黒い槍を片手で敵の方向に向ける形で構えた。


 戦闘が始まろうとしていた。


 そこでようやく、敵も状況を飲み込んだのか、青い槍を構え、戦闘態勢に入った。


「貴様、何者だ?」


 青い竜人がキアへと尋ねた。それはまるでキアを人間であるか確認しているような、怯えから来る声色にも感じ、その声はわずかに震えているようだった。


 キアは返事をする間もなく、相手に悟られないように、自身の体内にあらゆる加速系の魔法を時間差で仕掛けた。これにより、キアは魔法発動した瞬間急発進を可能にした。


「本当に人間か?」


 殺し合いでしか分かり合えない相手との会話は不要。キアは魔法を発動した。


「!?」


 青い竜人は槍を構えていたが、キアの急発進に動揺し、不意を突かれる形となった。


 敵の懐に飛び込んだキアは、狙いを相手の胴体を貫く位置からとっさに、相手の足元に変え、そのまま、黒い槍を突き出した。

 胴体への攻撃は敵の槍で防御されると分かっていた。不意を突いたとはいえ敵もそこまで軟弱ではなく、構え方や佇まいからも一流の槍使いであることは見て取れ、対応される雰囲気があった。だからこそ、急所は外し、命の危機に瀕した際、真っ先に意識外となりやすい足を狙った。


 キアの読み通りだった。


 青い竜人は、咄嗟に胴の部分を中心に防御していたが、足はがら空きだった。そのため、奇襲は成功。相手の足をキアの黒い槍が捉え貫く。


「グッ、だがなぁ!!」


 その竜人は、痛みで顔を歪めるが、すぐに反撃の一手を仕掛けて来た。


 キアの槍は、敵の足を貫き地面に深々と突き刺さっているため、即座に抜くことはできない。


「もらったぁああああ!!!」


 青い竜人が体勢を後ろにいっぱいにのけ反らせ、キアめがけて槍を突き立てた。不利な体勢だったキアがその攻撃を防ぐ術は無いように思われた。


 しかし。


 彼の青い槍が、キアに届くことはなかった。キアの周りを漂っていた黒い雲のような闇が、彼の突き出した槍を防いでいた。


「な、なんだ、それ…」


 そして、その黒い雲がまるで意思を持った蛇のように、彼の右腕めがけて勢いよく通過していく。彼は何が起きたのか分からなかった。しかし、彼が自分の右腕を見ると、そこには、ズタズタに切り裂かれた血だらけの右腕があった。


「こいつ」


 憎々しい声を上げる。竜人族特有の固い鱗も貫通し、すでに彼の右腕は使い物にならなくなっていた。


 キアは最後の仕上げに入ろうとしていた。気が付けば、キアはすでに大量の闇で獣のかぎ爪のようなものを形作っており、あとはそれを青い竜人めがけて振り上げるだけで、竜人のバラバラ死体の完成だった。


「死ね」


 キアは躊躇する間もなくその巨大なかぎ爪を彼めがけて振り上げた。


「………」


 だが、切刻んだ感触がなく、かぎ爪が空を切ったように思われた。


 キアが前を見ると、そこには、さきほど突き立てた自分の黒い槍と、その槍に突き刺さっていた、相手の足首だけが残っていた。だが、その足首には鋭利な切り口で斬られた跡が残っており、そこから推測できることは、敵の離脱だった。おそらく、トカゲの尻尾切りのように、地面に縫い止めされた足を切って致命傷を回避したのだろう。


「〈水礫(ツブテ)〉よ!」


 頭上から声がした。上を確認する間もなく、頭上から魔力を宿した水の弾丸が降り注いだ。


 キアはとっさに周囲に漂っていた自身の黒い雲でガードし、傷を負うことはなかった。


 弾丸の雨が止んだのを確認してから、頭上を見上げると、そこには水の球体の中にいる青い竜人の姿があった。


「〈大水槍(ダイスイソウ)〉!!!」


 その水球から、今度は弾丸ではなく、太い水の槍がキアめがけ放たれる。

 それをキアは、闇で作り出したかぎ爪で、払い落した。


『血が止まってる、あの水球がそうなのか…』


 水球の中の青い竜人は確かに右腕を負傷し、左足を失っていたが、出血はしていなかった。


『あの中にいる間、傷は塞がる、それなら、あの自ら引きずり出すしかない…』


 そして、キアが次の一手をどうしようか考えている間に、水球に動きがあった。


「お前は俺よりも強い、それは認めよう。だが、強いだけじゃ、戦争には勝てないぜ?」


 青い竜人がそう息まいて言ったあと、その水球がまるで蛇龍のような形になって、ホールの中を高速で移動し始めた。

 そして、彼の標的はすでに、キアではなく、遠くで戦っているガラナドの部隊たちだと気づいた時には、キアも駆け出していた。


 ***


 ガラナドたちの部隊は防戦一方だった。敵、主力の水魔法の〈水線(スイセン)〉が、止まない横殴りの雨となって、襲い掛かっていた。

 〈守護(シュゴ)〉の魔法で対抗してはいるが、水魔法と特殊魔法の魔力消費量を比べて考えるとどう考えても、先に魔力が尽きるのはガラナドたちの方が先だった。


 水魔法の費用対効果はどの魔法の中でも群を抜いている。水魔法は扱いやすく応用も幅広いので、こうして戦闘に使われると、極めたものほどその威力を発揮する。そういった意味では、敵は、水魔法を主体に戦闘を構築している時点で、水魔法のプロ集団なのであろう。こちらが一方的に防御に回らなければならない状況に追い込まれている時点で、戦況が劣勢であることは明らかだった。


「隊長、このままでは、壁が持ちません」


 モーリスも〈守護〉を張る一員として、ガラナドに向かって叫ぶ。


「隊長、このままではこちらが先に瓦解します。ご指示を」


 イザイがガラナドに指示を仰ぐ。


 ガラナドは守護の先にいる敵を注意深く観察していた。以前、敵の親玉は青い布に包まれ、その正体を隠していたが、敵の戦力はせいぜい二十名ほど。そのひとりひとりがおそらくは水魔法を極めた精鋭、対してこちらは三十はいる。精鋭が少ないにしても数では有利だ。


「イザイ、モーリスお前たちが部隊を半分にして左右に展開しろ、敵の攻撃を分散して詰める」


 敵は密集し、こちらに一方的な水魔法の〈水線〉で集中砲火していた。この威力を分散し詰め切るというシンプルだが、一番効果的な作戦だった。


「私はここに残る」


 イザイと、モーリスは、ガラナドの判断を疑うことなく、とっさに、部隊を半分に分けて、左右に壁を張りながら展開した。


 中央で、たったひとり残ったガラナドの前から〈守護〉を入っていた隊員が離脱すると、〈水線〉から守っていた防御壁が消える。


 ガラナドの前には大量の水の線が彼女の身体を貫く。


 その間、イザイとモーリスの部隊も囲う様に敵の左右に展開。すると中央へと注がれていた敵の〈水線〉の威力も弱まりを見せた。


 ガラナドの身体に〈水線〉による穴が開いて行く。大量の血を流しながらも、彼女は、足元に溜めていた加速系の魔法で一気にその〈水線〉を放つ魔法使いの集団に接近した。すでに死んでもおかしくない致死量のダメージにも関わらず、彼女は倒れることなく剣を抜き、敵の集団に斬りかかる。彼女の身体からは煙のようなものが上がっており、無数の傷口が一瞬にして再生していた。


 血しぶきが舞う。

 三人の首を一気に刎ね飛ばしたことで、敵の間に動揺が広がった。


「これは、いけませんね」


 敵のボスを覆っていた青い布がするりと脱げていく。すると、そこには青い鱗に覆われた女の竜人の姿があった。竜人の外見の基本的な見た目は人族の人間とあまり変わらないが、竜人族の特徴は、鱗に覆われた身体にあった。彼女の長い髪まで青く、彼女の全体からは巨大な滝を想像させた。そんな壮大なイメージを抱いてしまうのには、彼女の放つオーラのようなものが、周りの泡のようなすぐに消えてしまいそうな竜人たちとは圧倒的に格が違ったからだった。


「アクア」


 彼女の手から水が溢れてやがて、その水は一振りの剣を創造した。水でできた透明感と潤いのある艶のある剣。

 彼女は、その剣を持って、部隊を切り崩したガラナドへと斬りかかる。


 まさか、敵のボスが、近接戦闘を仕掛けてくるとは思わず、ガラナドの動きは一手おくれて後手に回る。ガラナドが敵の剣に合わせて防御を取る。


『接近戦もできるのか…てっきり、生粋の魔法使いだと思ってたな』


 ガラナドが相手の系統を見誤ったことを反省している間にも敵の水の剣は迫る。


 しかし、彼女の水の剣は、ガラナドの剣に接触すると簡単にはじけて水しぶきとなって粉々になった。

 目の前で飛沫をあげて消滅した剣に、ガラナドが呆気に取られている間、青い竜人の彼女は、ガラナドの死角に入ると、手元ですでに再生していた水の剣を振りあげていた。


『とった』そう思った彼女の剣。しかし、振るった時にはすでに、ガラナドはその場にいなかった。


「あんまり、舐めてもらっちゃこまるなぁ…」


 ガラナドは、青い竜人から距離をとっていた。


「あら、まさか、このアクアをご存じで」


「そいつは、だまし討ちの剣だ。前の戦場で見たことがある」


「そうでしたか、それは残念です」


 青い竜人の女が、それでも、余裕な表情を崩すことはなかった。


 ガラナドの突撃によって、敵部隊が中央から崩れたことで、左右から展開していた、イザイとモーリスたちも近接戦闘に持ち込むことができ、場は乱戦状態へと突入した。


 場が乱れる中、敵のボスとガラナドの間に割って入って来る者はいなかった。

 二人の間合いはすでに達人の域に達して、誰も邪魔しようとするものはいなかった。それは、自ら処刑台に首をさらすような行為に等しかった。


「ですが、アクアは本来、変幻自在の剣として英雄マリードが振るった宝剣です。けして、だまし討ちの剣というわけではないのです」


 それも知っていた。『アクア』という剣が偉大なところは、水状の剣という比較的簡単に魔法で作れて、それでいて極めて厄介な剣技で相手を翻弄するところにあった。水状剣の剣身の実体のある、なしは、使用者本人によって選ぶことができた。

 剣を合わせようとしてもすり抜け、剣を合わせないとよんだところで、剣を合わせて押し負ける。この戦闘中の思考を混乱させる剣技が、水状剣の強み。

 水という適度に実態を伴っている物質だからこそできるこの剣技は、純粋に鉄の剣を学んで来たものにとっては厄介な相手だった。


「それにしてもあなたさっきの攻撃を受けても無傷なのはどうしてですか?」


 相手は、ガラナドが無数の〈水線〉を受けたのにも関わらず、すでに無傷な状態にまで回復していることに、違和感を覚えているようだった。


「白魔法………いいえ、違いますね…それでしたら、すでに副作用で立っていられないはず」


 敵がガラナドの異常な回復力に思考を巡らせる。

 しかし、そんなことを考えている間にガラナドが先に動いた。


「戦場では迷った奴から死ぬって、教わらなかったか?」


 ガラナドが目にも止まらぬ速さで、その青い竜人の女の懐に飛び込んで、彼女の胴体を袈裟切りにした。


「ッ!!」


 斬られた敵が後退する。


 斬り込んだガラナドだったが、相手に咄嗟に反応されたこともあって、剣の入りは浅かった。


「そうでした、敵を侮っていました」


 常に余裕の笑みを浮かべていた竜人の女がようやくそこで焦りを見せた。彼女は自分の斬られた部分に手からなにか治癒魔法系の液体のようなものを出して止血していた。


「あなた達はレイド王国でも三本の指に入るエリザ騎士団なんですものね、こちらも最初から全力で行くべきでした」


 竜人の女が、水状の剣アクアを消し、懐から短杖を取り出す。ガラナドの予想は間違ってはいなかった。彼女の本命はやはり魔法系だった。そして、それは、お互いの腹の探り合いが終わったことを示していた。


「〈多重水球…〉」


 敵が詠唱をはじめ、ガラナドが構え、二人がぶつかろうとしたその時だった。


「ぎゃあああ!!!」


 乱戦の奥から悲鳴が聞こえた。


「ぎゃああああああああああああ!!!」


 その悲鳴がどんどん近づいて来て、やがて、ガラナドと竜人の女の近くで多くの悲鳴が溢れた時、二人の前はお互いの決闘よりも、横から高速で接近してくる闇に対処する必要があった。


「ッ…!?」


 ガラナドとその竜人の女は、それぞれ反対側に超反応で後退した。勢いよく突っ込んで来た闇を回避し一命をとりとめる。


「なんだ…」


 闇が柱に激突する。その衝撃で地下ホールを支えていた四つの柱の内の一つが崩壊した。崩壊した柱の下ではまだ闇の塊が色濃くその場にとどまっていた。しかし、その蠢く闇の塊をよく見ると、無数の黒い鱗であった。その黒い鱗の集合体がゆっくりとほどけて開くと、その中から出て来たのは、鱗の三メートルはある化け物だった。

 その身体には黒い鱗がびっしりと生えており、もはや人間の形を保っていなかった。顔も黒い鱗で埋め尽くされ、背中からは無数の黒い鱗状の触手が垂れ下がり、尻尾も逆立った棘のような鱗で覆われている。

 黒い鱗の手に紅い肉。

 人間の、それもおそらく人間のそれも竜人族の男性の死体が掴まれていた。ただ、ほとんど原型をとどめていない損壊の激しい死体だったので判断が付かなかった。パッと見て赤い肉の塊を持っているような感じだ。


 化け物がガラナドの前で立ち止まると、膝を着いて、顔を覆っていた鱗がサッと左右に分かれた。

 そこにはキア・グランドの姿があった。


「キア、お前…」


「後ろの敵はこの通り片付けた」


 キアが見せる手のひらには、やはり、人間の肉塊だった。青い鱗がこびりついた肉塊。それは背後にいた手練れと思われた青い竜人の男のもので間違いなかった。


「私も手を貸す」


 キアが、次の標的に見定めたのは、ガラナドがさっきまで戦っていた竜人族の女だった。


「彼女が頭?」


「ああ、おそらくは…」


「私がやる」


「まて、彼女は殺すな、情報を抜きたい」


「わかった」


 キアはすぐに素顔を黒い鱗が覆う。全身真っ黒な鱗に包まれた彼女は、異形そのものだった。


「ジャゼル…」


 そこで声を上げたのは、敵のボスである青い竜人の女だった。彼女が今まで一番動揺を隠せない表情で、キアの足元に転がる肉塊を見つめていた。


「それは、ジャゼルなの…ジャゼル!!お前たち、ジャゼルはどこにいる!!!」


 狂ったように叫び始めたその竜人族の女は、先ほどまでの余裕など一切ない様子で、周りの彼女の兵士たちに呼び掛けていたが、乱戦となった現状、誰も彼女の問いに答えてくれるものはいなかった。


「ジャゼルは私が殺した。こいつは私より弱かった。だから負けた」


 黒い鱗の化け物が現実を突きつける。ジャゼルとはキアが戦っていた竜人の男の名前だった。キアは、二人の戦いが終わりに近づいた時に、互いに名乗り合っていた。そこで彼の名前を知った。


「嘘よ、今も彼はこの地下を泳いでるはず…」


 彼女がまるで幻覚を見ているかのように辺りを見渡す。しかし、そこに地下ホールを泳ぐ流水の姿はなかった。


「だから、こいつがジャゼルだ、私が殺した」


「嘘…」


「そして、お前は生け捕りにする」


「嘘よ!!!」


 嘘。だが、その言葉自体が何よりも嘘だということを、彼女は分かっていた。鱗を見ればわかった。誰よりもまじかで見て来た彼の鱗を、見間違うはずがないのだ。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 絶叫した彼女が短杖を真上に掲げて、そこから大量の水を放出した。下層へと流れるため地下ホールを満たすことは無いが、腰辺りまで一気に水量が増加する。


 そして、彼女は、狂ったように四方八方に敵味方問わず、無数の〈水線〉を放ち始めた。

 その攻撃で大勢の者たちが、彼女から逃げるように距離を取り始めた。


 そして、指揮官がいなくなった、敵側の部隊は逃げるように撤退を始めた。


 敵も味方の区別もなくなった竜人の女は、あたりに破壊だけをまき散らすだけの存在となっていた。


 だが、そこで真っ先に動いたのがガラナドだった。

 ガラナドが魔法で水面の上を走る。


「クズ野郎がぁ!!!」


 そして、彼女めがけて放った斬撃が、彼女を覆っていた流水ごと、彼女の頭を跳ね飛ばした。


 拭き上がる流水は止んだ。ホールに溢れていた水も下層へと流れて水位も下がっていく。


 竜人の女の死体を前にガラナドは立っていた。


「殺して良かったの?」


 キアが、ガラナドの隣に立って聞いた。


「いや、良くなかった、私の悪い癖が出た…」


「そう…」


 キアはすでに黒鱗の化け物から、人型の状態に戻っていた。そして、死体から何か情報はないか探った。

 そこで出て来たのは、ペアリングのついたペンダントだった。そして、その片割れはキアが殺した肉片の中から見つかった。


 その後、地下ホールへと逃げた残党たちの捕縛と掃討が始まり、キアたちも最後まで付き合うべくそれに参加した。すべての処理が終わり地上に上がる頃には外は夜となっていた。


「今日は本当に助かった。エリザ騎士団の隊長としてどうか礼を言わせてくれ」


 キアの活躍はまさに強敵であった竜人の男を単独で仕留めたことにあった。その分、ガラナドたちは自由に身動きを取ることができたという点が、今回の勝利の要でもあった。


 しかし、キアは小さくかぶりを振った。


「私たちは対等だった。こっちも、私の護衛を守ってくれた恩がある。だから礼はいらない。それよりも、今後あなたとは情報交換をしたい。そのためにも、あなたとの繋がりを確かなものにしておきたい」


 ガラナドは、キアの冷静な判断に思わず笑みを浮かべてしまう。


「そうだったな、今回の件、けっきょく、何も解決してないんだった…」


「そう、まだ敵はこの街にいるかもしれない。だから、私は、この夏祭り中、裏からこの街を見張るつもり」


「そうか、それなら、私の部下を使え、人手が足りないだろ?」


「それは助かる」


 ここでガラナドとキアとの間には協力関係が生まれた。それはグランド家とエリザ騎士団が手を組んだということと同等の意味だった。


「もしかすると、今回の件、赤龍が絡んでいたのかもな」


「そうかもしれない」


 赤龍それはキアが追っている人物でもあり、ガラナドとの因縁もある敵であった。


「それにしても、キア、お前さんも、竜人族だったんだな、はじめ見た時は驚いたよ」


 キアの身体には至る所に黒い鱗があり、後ろにも細い鱗状の黒い尻尾があった。


「私は、半竜人。純粋じゃない」


 キアは一度自分の腕の黒い鱗を見てまるで嫌悪するかのように、視線をガラナドに戻した。


「ガラナドさん」


「ガラナドでいいよ、私たちはすでに対等な立場だ」


「じゃあ、ガラナド」


「どうした?」


「私が半竜人であるということ、周りの人には黙っておいてください、私がこんな化け物であること、他の人に知られたくないんです」


 そのことを聞いたガラナドは優しい目をして言った。


「化け物なんかじゃない、お前が人のために戦っている以上、お前は立派な戦士だと私は思うよ」


 ガラナドはキアの肩に軽く手を置く。


「約束は守る。誰にも言いふらしたりはしない。秘匿というのは最大の武器でもあるからな」


「ありがとう、ガラナド」


 ***


 それから、キアは、ガラナドと今後のことをある程度打ち合わせをしたところで解散した。


 キアが自分の護衛隊たちに向き直る。


「マグリカ、今から、ひとつ頼みがあるんだけどいい?」


「なんでしょうか?」


 そこでキアが申し訳なさそうな言いづらそうな顔をしていた。マグリカもそんな主人のあまり見ない顔にちょっと困惑気味だった。


「もしも、まだ、あの喫茶店に二人が残っていたら、私の代わりに謝っていて欲しい…そのお願いします…」


 キアがそこで頭を下げると、マグリカが驚愕した。


「ちょっと待って下さい!キア様、頭を上げてください!大丈夫、大丈夫です。それなら私が行って確認して来ますから」


 マグリカがキアの頭を上げるようにいうと、彼女は頭を上げた。


「ですが、今日はなんといっても祭りの日ですから、キア様と分かれたあと、二人だけで祭りを楽しんで帰ってしまってると思いますよ」


「どうだろう、リリャとルコに限って、そんなことは無い気がする…」


 キアは二人と出会ってまだ日は浅いが、それでもリリャがとても友達思いなことは分かっていた。だから、もしかすると今も自分の言葉を信じて待ってくれているという可能性が捨てきれなかった。下手をすると、私が訪れるまで、店が閉まろうと、その場で待っているなんてこともリリャの性格からするとありえそうだった。そして、それにルコも付き合ってしまいそうな、そんな気がしてならなかった。


「私は、この姿で二人には会えないから、後日、学園で直接、謝ろうと思う…」


 キアの服はすでにところどころ鋭利な黒い鱗のせいで破れていた。彼女が竜人である証拠を包み隠すには難しかった。


「だから、今日のところは、マグリカにお願いしたい」


「承知しました。この任務必ず遂行させてみせます」


 マグリカは、主人を安心させるように微笑んだ。


 それから、二人に向けたお詫びの伝言を受けたマグリカが部隊から抜けた。


「私たちも行くよ」


 キアは気を抜くことなく、パースの街のパトロールの為、護衛隊を連れて、夜の闇に消えていくのだった。

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