白魔導士
リリャがルコを連れて、ステージ裏まで走って行くと、そこには、次の出番を待っていた人たちが少しばかり緊張していた。
彼等の横を通り抜けて、中庭から校庭へと階段を下って行く、医療部の部長にリリャは声を掛けていた。
「あの、すみません、そこの医療部の部長さん」
階段を下りる途中、リリャは彼女に追いつくことができた。
「あら、新入生の子?かしら?」
ステージで漂わせていたオーラは依然として漂わせていたが、どこか先ほどまでとは違う親しみやすい声色に変わっていた。
「ルコが言ってたんですけど、その首飾りって…」
「ルコ?」
「この子です」
リリャの後ろに隠れていたルコを前に出す。ルコはどうすればいいか口をパクパクと言葉にもならないようだったが、それでも、首飾りが気になって、ただ、彼女の胸元の白い光を模した首飾りをルコの目が凝視していた。
「ああ、あなたたち、もしかして、医療部の入部希望の子?それなら、後で西館の医療部の部室にいらしてね、私はこれからまだ午後授業が残っているので、これで失礼しますね」
それだけいうと、部長は取り巻きを連れて階段を下りていこうとした。
「あの、その首飾りは本物ですか?」
ルコが思い切って聞いていた。
「え?ああ、この首飾り?」
医療部の部長が自分の胸にぶら下げていた首飾りを取り出す。それはルコの言っていた通り、光を模したようなデザインの首飾りだった。
「そうよ、これは本物よ」
「なら、あなたは白魔法を使えるんですか…」
「ええ、私は白魔導協会に所属している白魔導士ですから、白魔法は使えます」
その時部長の顔は少しだけ、険しい顔でルコを見た。だが、ルコは彼女のその表情に怯むことはなかった。きっと、好奇心の方が恐怖よりも勝っているのだろう。リリャにもそういうところがあるため、理解できた。ただ、なぜ、そんなに怖い顔をしているのかさっぱりわからなかった。
「ただ、なぜ、そんなことを?」
「わ、私も白魔導士を目指しているんです」
そこで部長の顔があからさまに鋭くなるのを第三者として見ていたリリャははっきりと確認していた。
『なんで、この人さっきから怖い顔してるんだろう?』
リリャは二人の会話がどの方向に向かうのか見届けることにした。何やら雲行きが良くないと感じていた。
「そう、白魔導士ね」
「そ、その先輩は何か、白魔導士になるために努力をしたのですか?」
ルコのその問いに答えず彼女は名前を聞いた。それは何かルコの質問を避けたようにも見えた。
「あなた、何という名前だったかしら?」
「ルコ・アムールです」
厳しい目つきだったが、それでもルコは憧れの人を前に、目をキラキラさせていた。そんな二人の空間で蚊帳の外にされたリリャは顔には出さなかったものの、酷く気がめいっていた。
「ルコさんね、覚えておく。私は【ビクトリア・エッテンシー】、もしよかったら、また私に会いに来て、今はもう行かなくちゃ」
医療部の部長ビクトリアは、結局、取り巻きを連れて行ってしまった。
「なんか、感じ悪い」
「リリャちゃん、私、医療部に入るよ」
リリャは隣で目を輝かせながら去って行くビクトリア部長を見つめるルコを横目にひとつため息をついた。
「そう、まあ、私も応援してるよ」
リリャはルコを連れて中庭に戻った。ステージの上ではまだ部活動の紹介が続いていた。魔法を使用しない部活動も存在していたが、やはり、魔法学園だけあって、人気は魔法に関する部活に劣っていた。逆に魔法がつく部活には今まで聞いたことない部活動にも部員が集まってステージの上に上がって来る部員たちも多かった。そして、部活動の紹介がひと通り終わると、同好会の紹介が始まった。
同好会は、部活動とは違い学園からは非公認の活動であった。学生たち主導のもと行われ、専門の先生や外部のコーチが付かない分、部活動よりは、規則などが緩く自由があった。
リリャも入る部活が決まったため、後の紹介は中庭の端のベンチでルコと座っていた。それでも、リリャはステージの紹介は余すことなく見ながら、その同好会の内容に耳を傾けていた。可能性として考えられることに、自分が飛行部に入部できなかった場合、どこかの同好会にでも入ろうと思っていた。なにか、空を飛ぶ系のものがあれば受け皿になるとも考えていた。
「ルコ、気になる同好会はあった?医療部は掛け持ちいいって言ってたよね、他に同好会でも入るの?」
「え、私は、医療部にさえ入部できたら、それで…」
「そっか、私はもしも飛行部に入れなかった場合のことを考えて、いい同好会がないか考えてるんだけどさ…」
「そ、そっか、飛行部にはテストがあるっていってたよね、それと親御さんの許可も必要だって…」
「パパとママには手紙を送るけど、いいって言ってくれるとは思う。だって、魔法学園を受験した時、空飛ぶ魔法使いになるって、ちゃんと言ってあるから」
「リリャちゃんのお母さんとお父さん、とっても優しいもんね」
「それをいうなら、ルコの両親のほうが優しいでしょ?私がルコの家に行くといっつもお姫様になった気分になるんだもん」
ルコの両親はリリャに酷く優しく、特別扱いをしてくれるほど、なんというか、そこまでするかというくらいとても優しく親切で、たまに自分が何をしてしまったのか怖くなるくらいだった。
「うん、私の両親、リリャちゃんのこと相当気に入ってるから、しょうがないと思う」
「嬉しいけど度が過ぎるとはあると思うよ」
「フフッ、私の家でリリャちゃんは、ヒーローだからね」
「でた、それ、でもさ、私、別にルコたちの命なんて救った覚えないよ?」
「それでもリリャちゃんは、私のヒーローだよ」
ルコのまっすぐな目に、リリャは目を丸くして固まった。青い瞳。リリャは時々その瞳に見つめられると、何も言えなくなり、自分の真っ赤な瞳で見つめ返すことしかできなかった。
「うん…」
リリャは、時折、何か自分の中にあるこの得体の知れない感情が鬱陶しくそれでいて、捨てきれないものとして身体の中に募って行くのが怖くもあり心地よくもあり、よくわからなかった。
部活動とサークル紹介が終わるとすでに日が暮れようとしていた。
リリャはルコを連れて教室に戻っていた。席はもとの一番前に座り、夕飯をどこの食堂で食べるか考えていた。
そこに、教室の扉が開くとひとりの生徒が入って来た。
アガット。赤い髪をなびかせて、人の少なくなった朱雀の教室に入って来る。彼女が入って来ると、彼女の威圧的な鋭い目を怖がったのか、そそくさと教室から出て行った。
ただ、そんなことお構いなしに、リリャはルコと、晩飯の話しを続けていた。
「どこの食堂いく?とりあえず、寮の傍の食堂でいいかな?他の食堂もあるみたいだけど、寮の門限には遅れられないし」
「うん、そこでいいよ、何があるんだろう?」
「パスタとかあればいいな、ハンバーグとかも」
そこで夕食のことを話し合っていると、ひとつ開けた後ろの席にいたアガットが立ち上がった。しかし、そんなことを気にせず、リリャは、食堂のメニューを考えることに集中していた。
「あれだ、魔法学園ならではのメニューとかないかな、たとえば、魔獣のステーキとか」
「魔獣の肉は食えない」
リリャの隣には、アガットが立っていた。相変わらず目つきが悪くすらりと高い背に腰まである長く赤い髪がなんだか血を吸ったようにも見え、その不気味さをいっそう際立たせていた。
「魔獣の肉って食べれないの…」
「人間には毒だ」
「アガットは料理に詳しいの?」
「狩りをしていたから、肉に関してならそれなりにだ。ある程度の動物なら解体もできる」
「へえ、すごい、動物解体できるんだ…アガットは肉料理が得意なんだね」
「得意ではない、肉は焼くだけだ」
「それでも、すごいよ、私なんて包丁だってもったことないし、ねえ、今度私にも動物解体しているところ見せてよ!」
リリャも立ち上がって、アガットのことをまっすぐした赤い瞳で見つめていた。
「ああ、かまわないが…」
アガットはリリャのその興味への真っすぐさに気圧されていた。
「そうだ、アガット、私たちこれから食堂に夕食を食べに行くんだけど、一緒に食べに行かない?ルコもいいよね?」
「うん、私も、アガットさんのこともっと知りたいな」
「よし、じゃあ決まりだね」
アガットの返事を待たずリリャはアガットの手を握った。
「一緒にご飯にしよう!!」