夏祭り いざ、お祭りへ
学園は三日間の休みに入った。それは夏のテストを乗り越えたご褒美みたいなもので、学園が休みということは、当然、補習もなく、そして、この三日間どこの部活動も休部状態であり、学生たちは完全に自由の身だった。
私は、ルコと一緒に、いつも着ていた制服ではなく、私服に着替えて、寮の外へと向かった。
寮の出口の前には、寮母の部屋があり、そこにはルボラさんがいた。
「ルボラさん、おはようございます!」
私が元気に挨拶するのに続いて、ルコも恥ずかし気に「おはようございます」と挨拶をする。
「あらリリャちゃん、それにルコちゃんも、二人ともおはよう、今日はあれかい?下町である夏祭りにいくのかい?」
「そうです!だから、ルボラさん、今日は遅くなってもいいですか?」
「そうだね、だけど日付が変わる前にはちゃんと戻って来るんだよ。それと危ない場所には近寄らないこと、人目の多いところでみんなで固まって行動すること、いいね?」
「はーい、わかりました!」
「よし、それじゃあ、楽しんできな」
「ありがとうございます、ルボラさん!」
私はルコの手をとって寮の外へと駆けて行く、後ろから念押しの「気を付けるんだよ!」という声に私とルコは手を振って、外へと出た。
天気は良好。青い空に燦燦と輝く太陽を反射した白い雲が流れていく。気温もそれほど暑くなく、涼しい風が定期的に頬を撫でていく。
私とルコは、休学でガラリとした学園を正門まで走っていく。正門までいくと、そこには待ち合わせをしていたキア・グランドの姿がすでにあった。
「お待たせ、キア」
「おはよう、リリャ、それにルコも」
私が一番乗りで、ルコはまだ、キアの前には到着していなかった。そして、ルコが息を切らしながら到着すると、「おはよう、キアさん」とすでに息が上がっていた。
「他の子たちは?」
「あ、それがね、アガットもオルキナも、まあ、ブルトとジョアはもちろんなんだけど、みんな、それぞれ、予定があるみたいでさ、今日は私とルコ以外にはいないんだよね」
ここで、キアに私の友人たちを紹介しておくつもりだったのだが、アガットは先約がいたようで取られてしまい、オルキナもなにやらルノワール家としてパースの夏祭りで顔を出さなければならない箇所がいくつもあるようで、誘えたのはルコだけだった。
「そう、残念ね」
「まあ、今日は三人でこの夏祭りを遊び倒そうぜ!!」
私は、まだ息が整わないルコと、まだ表情が硬いキアの二人の手を無理やり取って、バンザイさせた。
「うん、それじゃあ、行こう」
マイペースな返事をするキア。
「おー」
まだまだ息が整わないルコが力なく返事をして、三人は、学園から街へと繰り出した。
パースの夏祭りは、三日間行われるのが通例なのだそうで、祭りにはかかせない屋台などのお店が街中の至るところに出店されていた。
広場では、アスラ帝国からの音楽隊、イゼキア王国からの劇団員、シフィアム王国からの大道芸人など、各国から様々な人々が祭りを盛り上げるために演出をしているようで、これは、パースの街が交易の街として常日頃から、異国の人たちと交流がある特別な場だからできることでもあった。ただ、そういった芸術家や演出家たちも自分たちのパフォーマンスを異国の大勢の人に示せる場所はきわめて貴重でもあった。
現在、大国同士では、いまだに五百年続いた長い大戦後の小競り合いが、国境沿いや属国の代理戦争など、まだまだ至る所で小さな戦火が燻っている状況だったが、このパースの街で、事を起そうという国はまずなかった。
まさにそれはかつて存在したセウス王国が示した中立的立場としての感覚が根強く残っている証拠でもあり、このパースの街での交易が止まると、どの国に対してもそれなりの被害が出ることは誰もが承知していた。
まさにこのパースの街は人の交流と物流の要であり、重要な中立の交易街としての機能を十分に担っていた。主にアスラ帝国と、その他西部の各大国を結ぶ、場所としての役割もあり、それは旧セウス王国時代から変わってはいなかった。
私たちは、城壁内の街をぶらぶらと歩いて城門の方へと抜けて行く。夏祭りは、城壁の外の下町で行われているからだ。城壁内の街も、その夏祭りに合わせて、盛り上がりを見せてることは間違いなく、いくつか出店もでており、学生たちの姿も見て取れた。
私たちは、夏祭りで賑わう城壁内を通り抜け、いよいよ城門までやって来た。相変わらず城壁の門は巨大で、途端に私たちが小人になったかのような感覚に陥るほど、古城アイビーの城壁はスケールが大きかった。
そして、その先に伸びている唯一の城壁内の街への入り口でもある橋もこれまた大きかった。橋の真ん中には馬車専用の道があり、その両脇に歩行者専用の道があり交通整備もされていた。
城壁内への出入りは自由で、城門といってもそれは過去の話しであった。もうセウス王国は存在せず、城門も常に解放されており、王族を守るために機能しているわけではなかった。戦後修繕されたものをそのまま使っているに過ぎないため、誰でも出入りは自由ではあった。言ってしまえば、古城アイビーは、城跡を街に下に過ぎない。魔法学園アジュガも、その施設の一つに過ぎないというわけなのだ。
私たちが三人で、城門をくぐり抜け、橋を渡り始めると、その橋の反対側の歩道に、ひとり見覚えのある人物が立っていた。
「ねえ、あれって、クロリッド先生じゃない?」
私が声を抑えて二人に言うと、彼女たちも視線を反対側の歩道にやった。
「ほんとだ」
キアは何でもないといった方に、遠くのクロリッド先生を見つめる。ルコは、あまり人を見るのも得意じゃないので、凝視しないように彼に目だけを向けていた。
クロリッド先生は、白衣ならぬ黒衣を常に身に纏っているため、学園でもよく目立って、その周りには人があまり近寄らなかった。いわゆる悪目立ちってやつだ。彼の長い黒髪は無駄に手入れをされておりツヤツヤなのは不気味だった。暗闇に人間の皮を被せたような、暗い雰囲気があり、覇気のないその顔には、陰鬱さと冷淡さを足し合わせたような、負のオーラのようなものが常に宿っていた。
「何してるのかな?」
私は、煙草に火を付けて、橋の壁に背中を預けているクロリッド先生に疑問しかいだかなかった。なぜここにいるのか?何の目的で橋にいるのか?まさかデートの約束でもあるまい。それなら、少なからず、黒衣ではないはずなのだ。
「見回りじゃない」
ただ、キアのその的確な指摘に、私はすぐに納得した。
「なるほど、確かに、夏祭りに先生たちも見回りするって言ってたもんね」
夏祭りには先生たちも、学生たちが問題を起さないか、問題に巻き込まれないか目を光らせているとは、言っていた。そのため、クロリッド先生も、まあ、橋の上でいちおう、見回りをしているのだろう。さぼりのようにしか見えないが。
私がクロリッド先生と見つめていると、ふと、彼と目が合い、彼が私たちの存在に気付く。するとクロリッド先生が、こちらに来るために馬車の車道を馬車が走っているにも関わらず、まっすぐ横切ってやって来た。
私は、苦手な先生の接近に息を呑んだ。ルコは自分が何かをしてしまったのかと慌てていた。ただ、キアだけは、常に冷静さを崩さず平然としていた。
「アジュガの生徒か?」
「そ、そうです。あ、えっと、朱雀組一年のリリャ・アルカンジュです!そして、こっちは同じクラスのルコと…」
「キア・グランドか?」
クロリッド先生の冷たい眼差しがキアに注がれるが、キアはまったく動じず毅然とした態度で沈黙する。
「………」
クロリッド先生とキアとの間に、重たい空気が立ち込める。
『なんか、すごく重たい雰囲気だよぉ…』
せっかく祭りで浮かれていたのに、出だしからこれでは、この後の気分にも響きそうだったので、私は、ルコとキアの手をとって逃げるようにその場を去ろうとした。
「私たち、これから夏祭りにいくのに急いでるので、それじゃあ、ここらへんで失礼しますね!」
私がダッシュで逃げようとすると。
「待て」
「はい!?」
「リリャ・アルカンジュ」
名前を呼ばれ、クロリッド先生の冷たい眼差しが今度は私に注がれる。振り返った私は、そんな先生に、愛想笑いをかますしかなかった。
「な、なんでしょうかぁ?」
「お前は問題児だと聞いている。くれぐれもこの祭事に、問題を起さないようにしろよ」
「あ……は、はい!!」
私は一礼したあと、ルコとキアを連れて、逃げるようにその場を後にした。
ちらっと後ろを振り返ると、クロリッド先生は、再び、その場で、橋の壁にもたれかかり、煙草の煙をくゆらせながら、橋を行きかう人々と馬車をぼんやりと眺めているようだった。
私たちは城門前の大橋を後にした。




