すべてはここから
目覚めるまでの間、長いようにも感じたし、一瞬のようにも感じた。
夢の中、真っ白い空間で、ずっと背後から迫りくる炎に追いかけられていた。どれだけ出口を必死に探して彷徨っていても、最後には、結局、炎に身を焼かれ、また初めから同じ悪夢を、目覚めるまで繰り返し見ていた。何度も同じ夢を見るものだから、次第に、出口は無いのだと、諦めるようになり、そうやって、逃げることなく、迫る炎に朽ちる存在に成り果てようとした時、目を開けて最初に見た親友のルコの、顔を見た時の安心感は、筆舌に尽くしがたいものだった。
ルコが、自らの手を焼いてまで私のことを救ってくれたことは、後からベトアラ先生から聞いた。彼女は、誰よりも早く私を助けるために、一切臆することなく、私の炎に手を伸ばしてくれた。彼女自身、自分の手の火傷よりも、私の命を優先して手当てをして、医師の鏡と、ベトアラ先生も褒めていた。
私は、自分で自分の顔を焼いたという当日の記憶はないが、どうやら、先生やルコの話しを聞いていれば、炎魔法の授業で、自分で自分の顔を焼いたことは、間違いないようだった。それはルコが火傷をしたということからも何となく察せた。きっとルコならたとえ自分がどうなろうと、私を助けるために、炎にだって考え無しに、素手を突っ込むことは想像に難くなかった。
私は、ルコの火傷の話を聞いた時、感謝もしたが、そんな無茶をルコにさせてしまったという罪悪感の方が大きかった。幸い、ベトアラ先生の白魔法でどちらも後遺症なく、傷跡も残らず、完治したとのことで、ことはまるく治まったようだが、私がルコのことを傷つけたことに変わりはないのだ。
それでも、ルコに謝った時、彼女はこんなことを言った。
私は、まだ静養のためベットの上から出れなかったため、ベットの隣の丸椅子に座っていたルコに言った。
「ごめんなさい、私のせいで、ルコも火傷をしたって聞いて、それで、私、ルコに謝りたくて…、本当にごめんなさい……」
私は、ルコから視線を逸らす、けれど、その時、ルコがベット横にあった丸椅子から立ち上がって、私の手を取った。
「いいよ、そんなこと、当たり前だし、私がリリャちゃんのこと助けたかったから、助けただけだし、それに、私、リリャちゃんのためなら何だってするよ!」
ルコはとても嬉しそうに言った。手を握る強さもいつもよりも力強く頼りがいがあった。ベットの上で彼女に火傷を負わせてしまい落ち込む私とは、今のルコは対極にいるような気がした。
その後も、アガットや、オルキナとその付き添いのブルトとジョアたちとも顔を合わせた。そこで聞いた話だが、どうやら、私が眠っていた数日の間で、顔を焼いた女子生徒がいると噂になっているようだった。
一年生の間で、その話題が持ちきりで、それでいてみんな、私のことを怖がっていると言っていた。どうやら、自ら自分の顔を炎魔法で焼くという行為は、まだ十二歳前後ほどの小等部の学生たちには、刺激が強すぎたようだった。
それから、彼女たちから朱雀組のクラスのことを聞いて行くと、正直な話、本当にみんな私のことを怖がっているようで、なんだか、皆にどんな顔して会いに行けばいいのか分からなくなってしまった。
ただ、お見舞いに来てくれた。アガットと、オルキナ、そして、まあ、ブルトとジョアに関していえば、信頼を寄せられそうだった。
もちろん、担任のハンナ先生も来てくれた。先生からはあれこれ聞かれた。怪我や気分はとか、特に、これから授業を受けられるか、魔法に対して抵抗はあるかなど、主に、これからまた授業をしていくうえでの、精神面の部分をケアしようとしてくれていた。ここは魔法学校、魔法を習う場所なのである。そこで魔法が恐いとなると、ここにはいられない。その点に関していえば、少しばかり炎魔法に対しては、消極的な気持ちにはなっていた。ルコを傷つけた私の初めての魔法である炎魔法とは、少しばかり距離を置きたかった。けれども、水魔法や、飛行魔法など、他の人を傷つけるような心配をしなくていい魔法は、これからだって、使っていきたかった。魔法の制御の仕方を学ぶのだって、魔法学園にいる理由にだってなるはずなのだ。ゆくゆくは、炎魔法も、自由に扱えるようになりたかった。
それから、ラウル先輩、マリア先輩、ビクトリア先輩、クリス先輩、サバル先輩がみんな個別に顔を見に来てくれた。そこで分かったことが、どうやら、一年生に自ら顔を焼いたヤバイ女がいると噂になっているようで、ラウル先輩は、噂は気にしなくていいから、早く一緒に空を飛ぼうと言ってくれたし、マリア先輩は、優しい言葉で励ましてくれた。ビクトリア先輩は、あんまり無茶をし続けてはいけないとお叱りと同時に心配をされた。クリス先輩は、売店で売っている競争率の高い人気のスイーツをお見舞いに持ってきてくれた。そして、サバル先輩は、普通に剣闘部の勧誘しに来るという容赦の無さが伺えた。
そのようにして、お見舞い客にリリャが出会っていると、キアも来てくれた。彼女はいつものように、身体を覆うような長袖の制服に、下は、足元全体を覆い隠すほどの長いスカートを履いていた。
彼女が保健室に来て、丸椅子に座ると、まず最初に怪我の心配をしてくれた。
「顔、痛かったでしょ」
その質問に私は首を横に振った。
「私は、全然、その時の記憶がないから、それよりも、ルコを火傷させちゃって…そっちのほうが、痛いかな、心がね」
「そっか」
キアは、あまりお喋りな方ではない。必要なことを必要な分だけ話すような感じで、だから、彼女と会話するときは、よく、私の方が質問していた。質問をすれば、彼女はよく話すし、何でも答えてくれる。それでも、今、私の方がそこまで元気がないため、保健室の中はたびたび、静けさを満たしていた。
「ねえ、キア」
「なに?」
「キアは、私みたいに大切な誰かを傷つけてしまったこととかある?」
もしもあるなら、こういう時、どうやってキアなら乗り越えるのだろうと思って聞いていた。
「………」
珍しくなんでも答えてくれるキアが、黙り込んでいた。そして、何か彼女の頭の中で考えられて出された答えが返って来た。
「あるよ、私は、数えきれないほどある」
「えっと、そうなんだ…じゃあさ、そういうとき、キアは、どうやって、その自分の気持ちと折り合いをつけてるのかな?」
「………」
キアはそこで再び長い思考に入っていた。そして、彼女が再び口を開く時、まるで感情を失った人形のように無機質な言葉を吐いた。
「忘れる」
「忘れる……?」
私は意外な答えに同じ言葉をただ繰り返した。
「そうよ」
「そっか…」
なんだかその時のキアは、どうにも別人のようにも見えた。何かあるのだろうが、この時の私は、そんな彼女の抱えてる問題に気づく余裕もなかった。私が欲していた答えは、このぼんやりとした不安に包まれた状況を、打破してくれる何か、気分の変わるものだったが、キアの答えは、そうではなかった。
それから、どこか重苦しくなった空気を換えるため、キアに別の話題を振った。そこからは嘘のようにさっきまでの悪い空気はなくなり、話題は明るい方向へと進み、時間になるとキアは保健室を後にした。
保健室のベットにいる間、リリャは思ったよりも自分の周りには人がいたのだと改めて、皆に感謝をした。そして、やっぱり、最後にはルコのことを思うと、彼女のような親友を得て自分はなんて幸せ者なんだろうと思った。
そして、それは、保健室を退院する日の出来事だった。
私はふと、変な時間に目を覚ましていた。それは、とても朝の早い時間で、ベットから起きた私は、背伸びをひとつすると、ベットから下りて、軽い運動も兼ねて、校舎の中を軽く歩こうとした時だった。保健室の扉の前に人影があった。
少しだけゾッとした。「あなたは誰?」と声を掛けられるような気がしたからだ。しかし、その対処法を事前にベトアラ先生から聞いていた私は、勢いよく、その扉を開けた。
「わあ!!?」
すると勢いよく開いた扉に驚いたのは、その扉の向こう側にいた先生の方だった。
「レキ先生?」
「あれ、リリャちゃん!?」
扉の前で、大量の本やら資料を抱えて、倒れていたのはレキ先生だった。




