自己紹介
クラスの仲間たちが次々と自己紹介していく。これから二年間同じクラスで一緒に過ごす仲間たち、リリャは一生懸命一人一人の名前を覚えようとしていたが、頭の中に黄金という言葉が邪魔をしていた。そのせいで、結局リリャの番が回ってくるまでの前の生徒で名前を憶えられたのは、【テレーズ】という女子生徒と、【ダキエス】という男子生徒だけだった。
この二人はなんとなくこのクラスを引っ張っていきそうな、隠しきれない優秀さが群を抜いて漂っていた。
そして、リリャの番が回って来た。
「初めまして、【リリャ・アルカンジュ】です。スタルシアから来ました。将来は空を飛ぶ魔法使いになりたいと思ってます!」
なんてことない挨拶に、皆が拍手を送る。
だが、リリャは少しだけ普通の子とは違う感性を持っている女の子でもあった。
「あと…」
拍手の音を遮る声でリリャは教室中を満たす声で言った。
「黄金は絶対に私が見つけます!!!」
リリャの声が教室にいた生徒たちを釘付けにする。
「以上です」
リリャは自分がよく目立ったことに気を良くすると席についた。
「あはは、リリャさんはずいぶんと自信があるみたいだね、それじゃあ、次は」
そこでリリャの後ろの席の女子生徒が立ち上がった。リリャも後ろを向いてその女子生徒の挨拶を聞こうとした。
後ろの女子生徒が勢いよく席から立つと、リリャを見下ろした。
「あなたが黄金を?本気でいっているんですの?」
お?なんだかおもしろそうなやつが後ろにいたもんだと、リリャは内心ワクワクしながらそれでも顔は、死んだ魚のように真顔だった。
「それは無理な話ですわ!」
「なんで?」
「庶民のあなたが黄金を見たことがあるんですの?」
そう言われてみればリリャは黄金などというものを実際に見たことがなかった。庶民にはお目にかかれない代物でもあることは間違いなかった。しかし、どうして自分が庶民の出だということが分かったのかそっちに疑問が移る。
「確かにないけど、それより、なんで私が庶民のでだってわかったの?」
「あら、だって顔にそう書いてありますわ、私は庶民の出ですって」
ルコが私の顔に落書きでもしたのだろうか?同居人であるルコ以外そんなことはありえない。隣にいたルコを見るが彼女も首をかしげていた。そして、リリャも分からず自分の顔をペタペタと触る。
「おほほほッ、あなた、おバカですわね。本当に書いてあるわけないじゃない」
「なんだ、よかった…」
ほっと胸をなでおろすリリャ、バカにされたのかと分かったが、その手のやり口はリリャには全くと言って響かなかった。
「あなた程度の知能で黄金にたどり着けるはずがないですわ、それに見たこともないんじゃね、やはり、貴族であるワタクシのような人間が手にするのが相応しいのです」
見事な庶民の出に対する見下しに、リリャは内心これが貴族かと、新しい動物を見るような目で観察しながら、感心していた。
「あんた名前なんていうの?」
「あら、庶民に名乗る名などありませんわ」
そこで二人のやり取りを見かねたハンナ先生が口を挟んだ。
「ちょっと、オルキナさん、自己紹介はしてもらわなくちゃダメよ、それと、この学園ではあなたの地位は何も関係ありませんから、そのことをよく頭に入れておいて」
だが、オルキナはハンナ先生の言葉にも不機嫌を持って答えた。
「先生、この世には生まれ持っての地位や才能というものがあるのをご存知ではないので?みんながみんな平等というわけにはいかないのですけれど?」
「あのね、オルキナさん…」
ハンナ先生がオルキナの傲慢な態度を諭すように説教を始めようとしたが、そこでリリャが手を上げた。
「ハンナ先生!!!」
「ど、どうしたの?リリャさん」
「あの、もう、オルキナの名前と顔は覚えたので次の人にいって欲しいです」
リリャは、オルキナのことを覚えられたことで満足だった。
「あなたね、このわたくしに対してどうしてそう無礼な態度を取れるのかしら?」
「あんたが偉いことはわかったよ、だから、はやく他の人の顔と名前を覚えたいんだ」
「わたくしのことよりも他の人のことを優先するつもりなのかしら?」
「うるさいなぁ、みんなだって早く自分の自己紹介がしたくてたまらないって顔してるよ?」
「そんな人いるわけないわよ、あなたって本当にお馬鹿なのね!」
オルキナの言う通り、そんな生徒はいなかった。こんないざこざの険悪な空気の後、自己紹介など誰が望んでするのか?
その時、オルキナの後ろの席の生徒が急に立ち上がった。リリャとオルキナが振り向くとそこには、かなり、目つきの悪い女子がいた。燃えるような赤い長髪に、野性的な黒い眼差しが、オルキナのことを見下ろしていた。背丈はこのクラスで一番高く、上級生と見間違えそうなほどだった。目つきからも分かる通り、顔も女子にしてはおっかない顔をしており、その堂々たる態度から、男子たちの中でも彼女のことを怖いと思う者がいるのか、何人か、彼女を見て震えていた。身体には生傷も絶えないところも怖さを引き立てていた。まるで、子犬たちの群れに、狼が入れらたような感じだった。
オルキナも何とか、その後ろにいた狼のような彼女に対して、抗おうとしていたが、恐さが勝ったのか、悔しがりながら、着席していた。
オルキナが着席すると、彼女とリリャの目が必然的に合う。彼女の鋭い眼差しにもリリャは一切怯むどころか好奇心しかなかった。
「【アガット】だ。ダナフィルクのブライから来た。将来はライラの魔法使いになることだ」
リリャは内心で、『おおッ、すごい』と思いながら、小さな拍手をしていた。ライラといえば、レイド王国のライラ騎士団のことを指していた。レイド王国の王都スタルシアに住んでいたリリャも、ライラ騎士団のことは知っていた。なんでも、とんでもなく強い騎士たちが集められた、レイドの騎士団の中でも精鋭とのことだった。
アガットの自己紹介が終わると、その後はすんなりと続いた。後ろを向きながら聞いていたリリャは、後ろにいるアガットに怯えるオルキナが何だかすこし不憫に見えてならなかった。
そして、隣の席に座っていたルコの番が来た。
「あ、あの…私……」
緊張で言葉が出てこないようだった。体育館で大喜びしていたルコはどこにいったのかと思うが、人前に出るのが苦手な彼女がこうなってしまうのは、なんとなくリリャも分かっていた。
なんとかリリャもルコの為にこの場でフォローをいれてあげたかったが、そこはハンナ先生が上手くやってくれた。
「ルコさん、大丈夫よ、無理だったら名前だけでも大丈夫よ」
「あ、えっと、は、はい、【ルコ・アムール】です。よろしくお願いします」
ルコが恥ずかしそうに席に座る。こちらをちらりと見てきたので、リリャは拳を突き出し親指を立ててやった。ルコがちょっと笑ってくれた。
『ルコは立派な夢を持ってるんだから、堂々としてればいいのになぁ……』
クラスメイトの自己紹介が全員分終わる。リリャはみんなの顔と名前をだいたい一致させ把握することができた。リリャは、この時点で顔を見ただけで名前を言える生徒の数は、九割を超えていた。後は前半黄金にうつつを抜かして聞きそびれていた人たちの名前をもう一度聞けば完璧だった。
「それじゃあ、最初は簡単にこの学園の説明をしていくからみんなちゃんと聞いていてね」
ハンナ先生はそう言うと、黒板に文字を書き始めた。そこには、魔導、貢献、友愛と統一文字で書かれていた。
大陸には各国様々な文字があったが、それらはすべて大陸の統一文字という、どの国でも意味が通じる文字で書かれていた。どの国でも今では統一文字を使っている。それは単に文化の弾圧などがあったわけではなく、単純に他国との交流で文字が統一されている方が、近隣諸国との交流や交渉の際に、便利だからだった。それは言葉にも当てはまり、リリャたちのいた、レゾフロン大陸では統一言語と呼ばれる各国共通の言葉であるレゾフロン大陸共通の言語が使われていた。だから、この大陸にいる人であればある程度誰とでも言葉は通じた。ただ、大陸の東ではまだその統一言語が浸透していない部族なども数多くあった。学園も当然それらの統一文字や統一言語が使われていた。
「いいですか、これからみんなは自分の理想の魔法使いになるために、学園が掲げるこの三つの目標を達成してもらう必要があります」
ハンナ先生は魔導という言葉を指した。
「魔導。魔法学園である以上皆さんには魔法使いとしての知識をたくさん学んでもらいます。そして、次の貢献。これは、魔法使いとして自分が他の誰かに対してなにができるか?をみんなにはこれから先学んでいって答えを見つけて欲しいと思っています。協力し合うという意味でもこの学園は貢献という言葉を学園の生徒としてあるべきすがたの目標のひとつに掲げています。そして、最後の友愛。これは身近な人を大切にしましょうという意味が込められています。みんなには、これから、この三つの学園の想いを胸に、一歩一歩、少しずつ積み重ねて、あなた達の思い描いた魔法使いになっていってもらいたいそう思っています」
ハンナ先生は、この学園の教育理念を語っていた。リリャも何となくこの学園の考え方には賛同ができた。魔導は、魔法の学習に力をいれろということなのだろう。そして、貢献は、その魔法で人助けをしろという意味で、最後の友愛、これはそうやって人々を手助けして仲間を作っていけというなんとも、之の考え方に従って行動すれば、善い流れのループができそうだった。
そこまで理解したリリャは、先生の話半分に、また黄金のことを考え始めていた。
『とりあえず、学校生活も楽しみだけど、黄金を、後ろのオルキナよりも先に見つけないと…』
リリャは一番前の席で、自分の世界に入りこんでいた。