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努力の果てに

 才能というものがあるのなら、きっとそれは、生まれながらに持っていて、そして、その才能を持って得る成功は、努力の果てにたどり着けるものであって、それ以前に、挑戦がなければ、それらはありもしないものなのだと、幼いながらにリリャは母に言われた。


『いいかい、リリャ、やらない前から決めちゃだめだ。決めるなら全部やってから決める。そうじゃないと、いつまでたっても自分のことを分かってあげられないからな』


 その言葉はリリャをひたすら前向きにし、物事への深い関心と好奇心を与え、そして、リリャを前へ前へと押し進めて来た。


 だから、見上げていただけの空にだって、こうして今、飛んでいられる。


 それは目指し立ち止まらなかったからであって、リリャが自分の足で、いや、魔法でたどり着いた景色でもあった。


 雲を突き抜けて、リリャの背中の二つの自転する光のリングが赤い光を出して、身体を上へ上へと押し上げる。


「リリャ、あんまり高く飛ぶなよ」


 雲をかき分けて真下からついて来るラウル先輩。先輩の後ろにはリリャと同じ数の二つのリングが車輪のように自転しては、赤い光を放出していた。


 ラウル先輩の忠告も聞かずに、リリャは上へ上へと舞い上がる。


 いくつも雲を抜けて、やがて、雲の絨毯が広がる大空へと飛び抜けた。


 絶景が広がっていた。青空の下、雲の絨毯がどこまでも広がっては太陽の光を反射して白く輝いていた。青い空に太陽だけが輝いて、辺りはとても静かで、それがこの世界のすべてのような、そんな光景。


『まだ、いける、もっと上に…』


 そこからさらに、先へと進もうとした時だった。リリャは腕を強く掴まれた。


「リリャ、そこから先はお前には無理だ」


 ラウル先輩の静止で、リリャはそれ以上先へ行くことはなかった。


 ゆっくりとふたりで降下している最中、リリャはラウル先輩に尋ねた。


「ラウル先輩、聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「魔法ってどうやったら上達しますか?」


 その質問は、ラウル先輩をしばらく静かにさせた。


「リリャの飛行魔法の上達は遥かに早いよ、正直、俺よりもセンスはいい」


「いえ、別に私のことじゃなくて、私の友達に上手く魔法が使えない子がいるんです」


「なるほど、そういうことか」


 ラウル先輩はリリャの質問の意図を汲み取ってくれたようだった。


「魔法は、才能に大きく偏ってる部分があるから、上達も個人差がある。突然才能が開花する奴もいれば、どれだけやってもできない奴もいる」


「どれだけやってもできない人なんていないですよ」


 そう言ってみた。きっとこれは間違ってるとそう思った。だけど、そう言いたかった。


「そうだな、諦めないことは大事だな」


 ラウル先輩がさとすように、柔らかく微笑む。


「だけど、続けること以上に、諦めることには、もっと勇気と覚悟がいることだと俺は思ってる」


 リリャが隣にいたラウル先輩を見る。彼はなんとも言えない顔をしていた、どこか大人ぶったそんな子供のようなけれど、そこには確かに、重みのある雰囲気が漂っていた。


「諦めることは簡単ですよ。誰にでもできます…」


 リリャはその方が自分の中では正しいと思っていた。それは母の言葉にも繋がるものだった。


「それは、どうかな…」


 けれど、ラウル先輩の考え方は違ったようだ。


「諦めようとして、諦められない奴は少なくないと俺は思う。どこかで諦めても、また続けようとする奴だっている。そうなったら、そいつは諦めてないことになる。本気で追うことも無く、ただ、惰性で続けてしまう。そうなって来ると、この世の中には諦められない奴の方が多いんじゃないかな…」


 リリャはそこで黙り込んでそのラウル先輩の言った言葉の意味を一つ一つ考えていた。


「話しがそれたけど、魔法の上達は、結局、諦めないことが一番だと俺も思うよ、だけど、魔法に関していえば、諦めることが何よりも大事な事だったりする。なぜなら、魔法には生まれながら得意不得意があるからだ」


「………」


「魔法ひとつ使えないと分かっただけで、自分の生き方を変えちまう奴だっている。それくらい、魔法は、本人の意志通り、思い通りになるものでもないってことだ。これはまあ、学習していけばそのうち分かるよ」


「そうですか…」


 リリャが足元に迫る雲を見つめる。


「だけど、リリャ」


 リリャがラウル先輩の方を見ると、彼は太陽のように優しい笑顔で笑っていた。


「諦めなければ、いつかたどり着ける道もあるのも確かだ。俺が、リリャ、お前さんを助けるために、四速に到達したように、追いかけていれば自然と上達だってするはずだ。だから、気が済むまでやればいい、そして、自分を知って道を変えて行けばいいんだ」


 リリャは少しだけラウル先輩の言葉が母の言葉と重なっていることに気付いた。


「先輩、いいこと言えるんですね」


「リリャは、後輩のくせに生意気だな…」


 リリャとラウル先輩はそれから、深い青空から、ゆっくりと学園アジュガに戻っていった。


 *** *** ***


 リリャが、ルコや、アガットに水魔法を教えてから、三日ほどが経っていた。

 アガットの方は順調に、リリャのアドバイスを受けた結果、水魔法の水球の作成に成功していた。問題はルコの方だった。

 彼女は、なんとか、水魔法を出すことはできた。だが、それも、手からちょろちょろと少量の水が出るだけで、水球、作成以前の問題だった。


 授業での水魔法の実習もみんな次のステップに進み、今度は大量の水魔法を出して自分の周りを囲ってドームを作り出す課題へと移行する中、ルコだけがひとりまだ水魔法を上手く出すための段階で躓いていた。


「ごめんね、リリャちゃん、私には魔法の才能がないみたい…」


「そんなことない、私の教え方が悪いんだ……」


『私のせいだ…私のせいでルコが、魔法が使えてない…』


 リリャは、どうすればルコが魔法を使えるようになるか必死に考えた。けれどそれはルコがどうして自分には魔法が使えないのか分からないのと同じくらい、分からない問題だった。


「リリャちゃんのせいじゃないよ。私、運動おんちだし、物覚えも悪いから、いつも出遅れるのリリャちゃんも知ってるでしょ…」


 ルコが申し訳なさそうに言った。リリャはそうは思っていなかった。彼女には自信がないだけで、やればできるし、皆と何も変わらないのだと。


 その時だった。

 リリャとルコに、水球が飛んで来た。リリャはすぐに手で弾いて、その水球からルコを守った。


「ちょっとなにするの」


 そこにいたのは、同じクラスの、【ヒューズ】と【ノーマ】という二人の男子生徒だった。


「なんだ、お前ら、まだ水魔法もだせないのか?」


「やはり、庶民の出だと苦労するのな、魔法の基礎すらできないなんて」


 二人はリリャとルコを馬鹿にしては笑っていた。あからさまな挑発に、リリャは呆れた顔をした。彼等はアガットが傍にいると絡んでこないような意気地なしだった。そんな彼らにまともに絡むだけ無駄だと思った。


「あんたたちこそ、水のドームは作れたの?まだなんでしょ?」


 そう言い返すと、二人はケラケラと笑って取り合うことはなかった。彼等はこう見えても貴族の出であることは知っていた。貴族の中にもこのように庶民の出というだけで馬鹿にする者は多い。この魔法学園アジュガで身分の高さは意味をなさないが、それでも、身分が全く違うのにも関わらず同じ学園という箱に入れられているということが、気に喰わない貴族がいることも確かだった。


「なあ、もう一度俺たちにもお前らの水魔法を見せてくれよ、さっきの手からちょろちょろとしか出てなかったさ、犬のしょんべんみたいな水魔法をよ」


「まてよ、おい、ヒューズ、なんだよ、しょんべんって、ギャハハハハ!マジで笑える!」


 ノーマがお腹を抱えて笑っていた。


「……ろ…す…」


 リリャが聞き取れないほどの言葉で呟く。

 リリャの瞳から光が消えていく。握り込んだ拳にはおよそ子供とは思えない怪力で、ミシミシと骨が軋む。青筋がリリャの額に広がり立つ。頑張っている友達を馬鹿にされたことで、人として保たなければいけないラインを軽く飛び越えたリリャは、握り込んだ拳を振るおうとしたその時だった。

 ルコがリリャの腕を必死に抑えていた。


「ルコ、離して、あいつらの口が開かなくなるまでぶん殴って来るから」


「だ、だめだよ、怪我させちゃ…私、まだ、治癒魔法も使えないし、それに手当する道具だってここにはないし…」


 ルコは、どんな傷でも癒す白魔導士を目指していた。そんな彼女が目の前で暴力を許すはずがなかった。


「それに、私ができないのが悪いんだよ、だ、大丈夫、いつものことだから、私は大丈夫だよ」


「ルコ…」


 リリャがそこで大きなため息をついた。


「わかった、しないよ、しないから放して」


「だ、だめ、今、放したらリリャちゃん絶対に殴りにいくもん、私、リリャちゃんのことなら何でもしってるよ」


「………」


 リリャは当然殴りにいくつもりだったが、必死にしがみつくルコの気持ちを汲んであげるしかなかった。


「おい、犬のしょんべん魔法使い」

「ギャハハハハハハ!」


 だが、今もまだルコを馬鹿にした二人を許せなかったリリャは、溜められた怒りが収まらなかった。だから、暴力ではなく、奴らに見せつけてやることにした。この怒りを。


「ルコ、わかったよ、暴力は振るわないから、放して」


「い、いやだ」


「わかった、じゃあ、あいつらに今、暴力振るったら、私、ルコと友達やめるよ」


「え…」


 ルコが一瞬リリャの言ったことを理解できていなかったが、彼女はリリャのことをなんでも知っていたため、すぐに理解した。それは奴らとルコを天秤にのせてどちらを優先するかというようなもので、リリャが奴らを殴ってまでルコと友達をやめるなどといったことはありえないことだった。


「だから、放してね」


「わ、わかった…」


 そこで番犬の鎖の役目を果たしていたルコの手が離れた。自由になった猛獣は、馬鹿にする二人に言った。


「おい、そこの弱小貴族のバカ二人」


 リリャは彼等がどれくらいの貴族なのか分からなかった。だが、弱小であることに違いないと勝手に決めつけた。

 下に見ていたものに馬鹿にされた二人は笑いから一変、リリャと同じく顔色を怒りに変えた。


「おい、お前、調子に乗るなよ、たかが庶民が図に乗りやがって!」


「あ?知るかよ、てめえらみたいな、弱小貴族の子が優秀な魔法使いになれるわけねえんだから、とっと魔法の練習して少しはマシな魔法使いになれるように努力して、私たち庶民に楽させてみろよ、なあ、おい、どうなんだ?なんか言えよ!」


 喧嘩腰のリリャが、二人を大いに挑発する。


「てめえ、俺の父上を侮辱するきか…それは、それはな絶対に許さない……」


 ヒューズの方が何か魔法を使おうとした時だった。


「はっ、知るかよ、乳飲み子が」


 リリャがとっさに、大量の水を手から地面に放った。するとたちまちその水は流れを得て、ドーム状の壁を作り上げた。ドームの表面には水流が高速で流れており、侵入すら防ぐ完璧な水魔法の防壁となってリリャたちと、ヒューズたちを遮った。


「すごい…」


 ルコがリリャの作り上げた水で出来たドームを見上げる。リリャはこうも簡単にやってのけてしまったことに、ルコも驚きを隠せないようだった。


 魔法のイメージはシンプルに組んでいた。ただ水をドーム状に回転させながら、積み上げボールの半球を被せるようなそんな簡単なイメージのもと作成したら、すんなりと水のドームが作れた。さすがに、水球を作るよりは精密な魔法の操作力が必要だったが、それでも、リリャからしたら、たいしたことはなく、水球を作る延長線上のようなものだった。


 水のドームの中でルコと二人きりになると、リリャがルコに言った。


「手出さなかったでしょ?」


「うん、ありがとう」


「だけど、次、ルコを馬鹿にしたらあいつらのこと殴ってもいいかな…」


 リリャがまるで暴力を振るいたいようにルコに上目遣いを使って言う。


「いや、ダメだよ!私、リリャちゃんが退学になったら、嫌だよ…」


「理由があれば大丈夫!大丈夫!」


「だ、だめ、絶対に!」


 ルコが首を横にぶんぶん振ると、リリャも降参した。


「わかった、それよりも練習の続きしようか」


「うん、お願いします」


 リリャとルコは水のドームの中で、二人っきりで水魔法の練習の続きをした。それでも結局、その日もルコの水魔法が上手くいくことはなかった。


 ただ、この日リリャの水魔法のドームが一番の出来だと褒められていた。


 そんなこと、ルコが魔法が上手くいかないことに比べるとどうでも良かったリリャだった。

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