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はじめての飛行魔法

 魔法とはそもそもなんなのか?


 それは目の前に突然現れることもあれば、数式や文字としてあらわされることもある。


 魔法は、エーテルが存在している、この星すべての場所に存在している。


 魔法は、魔法使いがよく知っている。


 魔法使いは、エーテルを魔法に変える。


 魔法使いは、人でもあれば、獣でもある。あるいは物でもあれば、場所でもある。


 エーテルが魔力に変換され、魔力が魔法となれば、それは誰かが魔法使いになったことを意味する。


 魔法はどこまでもこの世界に根付いては、平等にその存在を分かち合わせている。


 けれど誰もが望む魔法を使えるわけじゃない。

 見たことがある、聞いたことがある。感じたことがある。存在を知っている。それだけだ。その魔法への扉を開けるカギを持たない者もいる。そういった者は指を咥えて見ているしかない。手が届かない魔法もあるのだ。たとえ届かなくても確実に魔法はそこにある。人類が知らないまだ見ぬ魔法を、この世界だけは知っている。


 魔法とはそんな世界を覗く権利を持つ者のこと。


 けれど、それが同時に、運命という抗うことのできない決まった未来を選んでしまうことだったとしたら?


 君は、その世界に手を伸ばしたのだろうか?


 *


 ラウル先輩は熱心に指導してくれた。リリャに最初に課した課題はエーテル制御だった。飛行魔法を暴走させたリリャには、魔力供給を安定させることが先決だと言われた。


「エーテル制御はできるみたいだな、それなら、魔力を安定的に練ってみな、飛ぶのはそれからだ」


 飛行魔法で空を飛んでみたいという気持ちが急くが、事故を起こしてから、ラウル先輩から訓練を受けるまでは絶対に飛行魔法の使用は禁止だときつく、ラウル先輩やクリス部長からも言われていた。リリャも勝手に飛んで死にたくなかったため、今の今まで飛行魔法の使用は控えていた。


 だから、リリャはラウル先輩に言われた通り、エーテル制御や魔力を練るという地味な訓練を黙々とこなした。


「よし、なんていうか、リリャは呑み込みが早いな」


「ありがとうございます」


 褒められても笑顔ひとつ見せないリリャ。真剣なのはいいことだが、先輩に不満を抱えているのか?と誤解を招くのもなんなので、表情はそこまで固くしないでおく。


「魔力の安定の確認は取れた。次はその安定した魔力で飛行魔法を使ってみ、リリャの場合、イメージは落下だったね。それでいいから、ゆっくり、自分のペースでやってみな」


 ラウル先輩にそう言われてリリャはすぐに、飛行魔法の発動のための動作に移った。背筋を伸ばし、目を閉じて集中する。

 ゆっくりと息を吐き、そして、大きく吸った。


『イメージは空…私は、空に落ちていく…』


 いざ飛ぶとなると、リリャの足は少しだけすくんだ。


『怖い…』


 当然だ。これから生まれて初めて自分の目が覚めている状態で、それも自力で空を飛ぶのだ。生まれてからずっと頭上を覆っている空に落ちるのだ。怖いに決まっていた。


 だけど。


『そう、それでいい……いまはそれで……怖くていい、それが普通だから……』


 怖いのは当たり前、誰にだって初めてはある。リリャはそれが今日というだけだった。


『イメージはいつも思っていたことでいい、それでいい…』


 頭の中で想像する。自分の頭の上には地上がある。足元にはどこまでも青く深い空がある。天と地の反転。落下する身体から地上は遠ざかり、空の底はどこまでも深く奥は無限だ。そんな未知の領域にリリャはゆっくりと落ちていく。今度は前みたいに焦ることもない。ゆっくりとその深淵に沈むように落ちていく。飛べるはずの鳥が沼に引きずり込まれるように、きっと飛ぶイメージとしては不格好で不釣り合いなのかもしれない。けれど、リリャが空に抱いた最初のイメージ、それは恐怖から連想された歪なイメージだった。その恐怖から湧き上がった想像力が、リリャを現実で、空へと飛び出す最初の一歩となった。


 リリャの足元に光のリングが現れる。大きさもリリャの足元を囲む程度の小ささしかない。暴走させた時に現れた巨大なリングとは比べ物にもならないくらいだ。そのリングは、リリャを数センチ浮かすためだけのリングだった。しかし、目を閉じて集中していた、リリャはまだそのことに気付いていない。


「リリャ、ゆっくりと目を開けて見な」


 リリャが言われた通りに薄く目を開ける。


「ラウル先輩…」


 ラウル先輩よりもずっと背が低いはずのリリャの視線が、彼と同じ目線の高さまで合うところにあった。


「どう、怖い?」


 ラウル先輩が手を差し出す。


「いえ、怖くないです…」


 リリャは彼の手は取らなかった。

 完全に自分が魔法で浮いているという感覚があった。足元に光のリングがあり、そのリングがリリャを確かに支え、押し上げていた。リリャをすっぽりと囲っていたリング自体が回っている。リリャはその魔法に自分の身体を預けることができた。


『身体が軽い…なにこの感覚、面白い……』


「フフッ…」


 リリャの顔から笑みがこぼれた。


 飛行魔法を使用してみてわかったことは、自分がこの魔法にはまれそうなことだけだった。


 リリャは一度飛行魔法を解除して地上に戻って来た。リリャの足元から光のリングが消えた。

 たかが数十センチだったが、それでもリリャは飛行魔法を扱うことができた。


「リリャ、飛行魔法の制御が完璧だった。初心者だとこうは上手くはいかないよ」


 ラウル先輩が物珍しそうにけれどもとても嬉しそうにリリャを見る。


「君はもう、これで立派な飛行部の一員だよ、おめでとう」


 ラウル先輩が微笑みかける。

 飛行場に吹く風が彼を撫でた。

 見る人が見ればその時夕焼けに映る彼は相当、絵になっていただろう。

 彼のファンの女子なら、この光景に出会えただけで卒倒してしまうかもしれない。それほど、彼が微笑みは完璧だった。


「ええ、ありがとうございます。ラウル先輩」


 だが、違った。その時は違ったのだ。


 リリャも笑って見せた。そこで飛行魔法を初めて使えたことがとても嬉しくて笑って見せた。ただ、その笑顔はラウルに息を飲ませるほど、リリャが見せる中でも極上の笑顔だった。リリャのその純粋な喜びから来る笑顔は、いつも女子たちを知らず知らずのうちに恋に落として来た罪な男ラウルでも、まいってしまうほど、その時のリリャは印象的に映っていた。


「先輩、どうしました?」


 いつまでもこちらを見つめていたラウル先輩の視線にリリャが気づいた。


「いや、喜ぶ君の顔があまりにも素敵だったから、つい、見とれてしまってね」


 ラウル先輩のその言葉にリリャは眉をひそめた。相手が相手なら、嬉しくて舞い上がっているところだったが、リリャにはまったくといっていいほど伝わらない。


「そんなことよりも、早く、次のステップを教えてください、私、もっと上達したいです」


「はいはい、なんだか、君は他の女の子とは違うんだね」


「どういう意味ですか?」


「いいよ、気にしないで」


 ラウル先輩もなにやら調子を狂わせているようだった。


 夕焼けに照らされるなか、リリャは、ラウル先輩の指導のもと、その日はずっと日が暮れるまで飛行魔法の練習を続けた。


 リリャはこの日から飛行魔法が使えるようになった。

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