水魔法習得
午前中一限目のエーテル制御の講義を聞いた後、リリャたち朱雀組の一年生は、水魔法の実践形式の授業を受けていた。水魔法で水球を作ることが目的で、これにリリャ、ルコ、アガットの三人は手こずっていた。
リリャは水魔法の水球が作れず、ルコは水魔法自体上手く出せない、アガットに関しては、大量の水が出てしまうといった、三人各々の課題を抱えていた。
リリャは、講義で学んだことを生かそうと、魔力生成の前段階であるエーテル制御の方に意識を集中させていた。
エーテル制御は体内に流れる、エーテルをコントロールすることを目的としており、この精度の高さで、魔力生成の質も変わって来る。
リリャは、水魔法の水球を作るよりもまずは、エーテルが体内を滞りなく流れているイメージを浮かべた。
するとそこでハンナ先生がみんなに言った。
「皆さん、水魔法を試す前に、まずはエーテルが自分の身体を流れていることをイメージしてみてください、血液のように、全身にエーテルが流れているイメージです」
リリャがやろうとしていたこともまさにそれだった。魔法を出そうと思った時、その魔法のイメージに引っ張られて、自身の身体にエーテルが流れていることを忘れてしまう。そうなると、エーテルが上手く身体を流れずに、魔力を生成する量も安定しない。魔力が安定しないと、魔法にも影響が出て来る。そういった前段階をおろそかにすることがいかに魔法の成否に関わるかリリャは、この授業でそのコツのようなものを掴んだ気がした。
『魔力を安定させないと、魔法は上手く扱えない…魔力を安定させるには取り込んだエーテルを上手く魔力に変換しなくちゃいけない…だから魔法は、エーテル制御が一番重要ってことになるのか…』
頭の中でリリャは、すでに魔法が成功するまでのイメージを組み立てる。まさにそう考えると魔法の第一法則の公式がリリャのイメージを手助けしてくれる。
「エーテルの安定が、魔力の安定に、そして、魔法の安定にまで繋がる」
リリャは、『エーテル制御』で取り込んだ体内のエーテルを効率よく身体全体にくまなく巡らせた。すると体内でエーテルが魔力へと変換されていった。体内を無駄なくしっかりと規則的に流れたエーテルで生成された魔力、つまりはエーテル制御で正しく生み出された魔力は、自然とリリャの身体で安定をして見せた。最後、その安定した魔力で、発動させる魔法の形を詳細に、強くイメージした。
『水球…水の球体…水魔法で生み出した水を球状に制御した物体…それは私の手のひらの上で小さいボールとなって…ここにある…』
すると、リリャの手のひらに水魔法が溢れ出した。急に溢れた水だったが、徐々にリリャの手のひらの上で球体を作ると、やがて、リリャの手のひらの上には立派な球体が成っていた。
「す、すごい!リリャちゃん、手のひらに水球ができてる…」
ルコが、リリャの手のひらに水球ができていることで寄って来る。
「ほんとだ!リリャ、凄いな!!」
アガットも手を止めて、物珍しそうにリリャの元にやって来ては手のひらの水球をいろんな角度から眺めていた。
「うん、なんとなく、魔法の感覚が分かった気がする…これなら、他の魔法もすぐに習得できるかも…」
魔法というものの仕組みが少しわかった瞬間だった。できなかったことができるようになる。コツを掴むとそれは一気に進む。今ならやはり飛行部の体験入部の時のイメージの大切の意味がよく分かる気がした。そして、魔法がいかに感覚的な部分に依存しているかもよくわかった。リリャは、この水魔法が制御できた感覚を忘れたくはなかった。この感覚が、すべての魔法に応用できると考えてすらいた。
「え、すごい、リリャちゃん、やっぱり、魔法の天才だったんだ!」
ルコは自分のことそっちのけでリリャの成功を喜んでいた。
「私もアドバイスがもらいたいな、どうにもここから先に進めないんだ…」
アガットも手から大量の水を出しながら、助言を求めていた。
「いいよ、私が教えてあげる!」
リリャはそれから、二人に自分が得たコツを手取り足取り教えた。
「魔法はイメージだけど、その下地には必ずエーテル制御があるって思って、そうじゃないと魔力が安定しないから」
リリャは、二人にエーテル制御のやり方から教えた。だが、イメージや感覚を教えることはとても難しかった。自分の身体ならまだしも、他人のエーテル孔が取り込んだエーテル量のことなど分かるわけがなかった。
それでも、リリャは、二人が水球をできるようになるまで、必死にエーテル制御が重要だということを伝えた。
「ルコはまず身体にたくさんエーテルを取り込むことから意識してみて、きっと水が出るまでの魔力が足りてないんだと思う。逆にアガットはエーテルを取り込みすぎてるんだと思う。体内でたくさん魔力を作っちゃって、制御が利かないんだと思う。だから、アガットはエーテル孔を絞ってみて」
リリャは、自分の感覚と経験から、そのような答えを導いた。数学的な考え方だったが、実際にやるとなるとやはり感覚だよりなところが強く、リリャの言ったとおりにエーテルを上手く制御できるとは限らなかった。
周りを見ると、リリャのように小難しく考えなくても、みんな感覚だよりに成功させている者たちも多かった。
特に男子たちなどは、完全に感覚で成功させているものが多かった。ただ、その方が魔法を扱う者にとっては正しい教え方ともいえるのかもしれなかった。
「こうなんていうかぎゅうっと集めて、ばーっと放つんだけど、まるまるって感じで手から出た水をまとめるんだよ」
そう言った男子の説明を受けるのは、まだ水球ができない別の男子。だが、この感覚前回の説明で、水球を作れなかったその男子が、次の瞬間にはとても綺麗な水球をつくれたりするのだから、魔法は感覚で才能や体質に左右されることが大きいといえた。
一方、リリャたちはというと、やはりルコとアガットは水球を作るのに苦戦していた。
「ふうううん!」
「うーん、やっぱり水が止まらん…」
ルコが一生懸命手に力を込めるが水はでない、アガットの手からはいまだに水の勢いが止まらない。やはり、どれだけ言葉で伝えようが、そう簡単に変わるものでもなかった。そこはまさに本人のイメージ次第であり、努力次第であった。それにリリャのようなまだ魔法を学んだ者が、教える立場に回るのは早かったようだった。
結局、その日もアガットとルコは水球を作ることはできなかった。
「ごめん、その、私の教え方が下手くそで…」
リリャは二人ができず、自分が簡単にできてしまったことで、どこか後ろめたい気持ちを感じていた。
「違うよ、私ができないのは、リリャちゃんのせいじゃないよ!」
ルコが声を上げる。
「ルコの言う通りだ。私たちができない理由はリリャにはない。それに、リリャのアドバイスで、少しはコツのようなものを掴めた。後は練習あるのみだ」
アガットも優しい言葉を掛けてくれた。
「みんな…」
二人とも落ち込むどころかむしろやる気に満ち溢れている様子だった。
リリャは結局、その日の水魔法の授業中、一度の水球作成で終わってしまったが、一度得た感覚はリリャの中に深く刻まれているようで、授業の終わり、ふとした瞬間に水魔法を手のひらに発動させると、綺麗な水球を作ることができていた。
リリャはこの日、水魔法を習得した。




