お見舞い
保健室で三日間過ごした。リリャの魔法が暴走したと聞き、その三日間は徹底的にベトアラ先生によって身体検査を受ける。その結果、リリャは、普通の人よりもエーテル孔が広く、数も多いとのことだった。エーテル孔が多いとそれだけ一度に体内に取り込めるエーテルは多くなる。エーテルを取り込める量が多いと、それだけエーテルを魔力に変換できる量も増え、魔法を使うには有利になる。さらにリリャの身体はエーテルによく馴染むようで、体内にエーテルが巡る速度が常人の何倍も速いらしく、そのせいで自分が思っているよりも高出力の魔法を繰り出せてしまったという結論がでた。飛行魔法もそのせいで暴走したと結論付けられた。
どうやらリリャは生まれつき根っからの魔法使い向きの体質のようだった。
保健室にいた三日間のうち、見舞いに来てくれた人は多かった。
アガットが来てくれた時は売店でなかなか手に入らない限定の菓子パンを持ってきてくれた。三人で仲良くそれを分けあって食べた。そして、リリャが教室で噂になっていると教えてくれた。どんな噂だったか尋ねるとそれはクラスに戻って来てから知ればいいと、言われ今すぐ知りたかったリリャからしたら、やきもきする返事だった。
オルキナが来た時は、いつものように配下の二人を連れて、お高く上からものを申しては、言いたいことを言いまくった後、おみやげの高級フルーツを置いて去っていった。去り際にリリャが「お見舞いに来てくれてありがとう」と素直に言うと、オルキナはなぜか顔を真っ赤にさせながら、「配下に気を配ることは当然ですわ」と捨て台詞を残して去って行った。
キアも来てくれた。
リリャはキアには迷惑をかけたと言った。すると彼女は首を横に振った。そして、紙きれを三枚取り出すとリリャとルコに手渡し言った。「飛行レースのチケット手に入れたから約束通り明日の休みに一緒に行かない?」リリャは目を輝かせてキアの手をとって感謝の握手をし何度もありがとうと言った。「絶対行く、絶対、絶対行くよ!!」
ハンナ先生は、保健室に隔離されていたリリャに勉強を教えに来てくれていた。ルコも一緒に保健室で授業を受けて、遅れていた三日分の授業を取り戻すことができた。
「ハンナ先生ありがとうございます」
「いいんですよ、それよりも、早く元気になってくださいね!」
「はい、私も早くみんなとハンナ先生授業を受けたいので頑張ります!」
リリャは模範生としては完璧だった。
ラウル先輩が来た時は、その時保健室にマリア先輩も来てくれていた。
「ラウルくん、なんでここに…」
「あれ、マリア、お前も、リリャの見舞いか?」
「そ、そうだよ、気奇遇だね、アハハハ…」
なぜか突然声を上ずらせたマリア先輩。その慌てっぷりに、リリャが彼女に見た頼もしさや大人びた姿はそこにはなかった。
「女子同士で話し合うこともあるだろうから、ほら、リリャ、俺からの見舞い品」
ラウル先輩が手に持っていたリンゴを投げて渡してきた。ベットにいたリリャはそれを落としそうになりながらもキャッチする。
「ちょっと、急に投げないでください!」
「わりい、それよりも、体調良くなったら、すぐに飛行の特訓だから、忘れんなよ!」
ラウルはすぐに保健室を去って行く。
「ラウル先輩って結構自分勝手ですよね」
リリャが少しご機嫌斜めに言うが、マリア先輩はラウル先輩が去った後の扉をずっと見つめていた。
「マリア先輩?」
「ああ、違うのなんでもないの、それより、えっとそうだ、そのリンゴ剥いてあげようか?」
「いえ、皮ごといくんでいいです」
リリャがラウル先輩からもらったリンゴを皮ごと齧るのだった。
みんなリリャの無事を心配してくれていた。
そして、最後にリリャの元を訪れたのは、飛行部の部長であったクリス・ウィングルムだった。
「はじめまして、私は魔導飛行部部長のクリス・ウィングルムだ」
姿勢を正し、制服をきっちりと着こなしている。礼節、厳格という言葉が似合いそうな雰囲気を漂わせる、丸刈り頭の好青年がそこにはいた。彼がいると周りの空気がビシッと引き締まるようなそんな感じがした。
「今回の件は我々の監督不行き届きのために、危険な目に遭わせて申し訳なかった」
リリャは彼に言わなければならないことがあった。ラウル先輩からは、自分とクリス部長が助けてくれたと、リリャは聞いていた。だからラウル先輩にはすでにお礼は言っていたが、彼にはまだ直接お礼の言葉を伝えられていなかった。
クリスが頭を下げると同時に、リリャもベットから、立ち上がって、深々と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、命を救っていただきありがとうございます。本当に、先輩方がいなければ、私、たぶん、空の藻屑になっていました!」
「空に藻屑はないが、まあ、頭をあげてくれ」
クリスが少し微笑むことで場が和らぐ。
「私としても当たり前のことをしただけだ。飛行部部長として、この失態は肝に銘じておくつもりだ」
クリスが再び厳格さを取り戻すと、室内もやはり引き締まった。
「それよりも、ひとついいかな?」
「なんでしょうか?」
クリスは少しばかり間を置いてから、真っ直ぐリリャのことを見つめていった。
「空が恐いって聞いたけど、それは本当かい?」
「はい」
「それは今も変わらない?」
「まあ、変らないですね」
リリャは正直に答えた。ただ、恐さの度合いは前と今とでは特に変わっていなかった。リリャはいまだに空を飛んだという感覚をまだ味わっていなかった。前回、事件を起こした時に飛んだ時は、意識が無い状態で、飛んだという感覚に達することはできなかったからだ。
「そうか、ありがとう、私はこれで失礼する」
「あの、最後にいいですか?」
「なにかな?」
「私は合格ですか?」
リリャが不安げにそう尋ねると、クリスは少しの間もおかずに言った。
「もちろん、合格だ」
その言葉にリリャの顔には笑顔が広がった。
「ただ、まだ君が我が魔導飛行部には入るには超えてもらわなければならない壁がいくつもあることを忘れないでくれよ、ラウルとの特訓もそのひとつだと思ってもらっていい、わかったかな?」
「はい!頑張ります!!」
その後、リリャはすべての検査が終了し、夕暮れに保健室を退出することになった。
「ベトアラ先生、いろいろとありがとうございました。また、来ますね」
荷物を持ったリリャがベトアラ先生に言った。
「来るなら、怪我無しで来てね。先生、元気なリリャちゃんの方が好きだからね?」
「好きですか…」
驚愕して固まるリリャの腕をすぐにルコが掴んだ。
「ベトアラ先生、ありがとうございました。おかげで私もいい勉強になりました」
「うん、ルコちゃんもまたおいで、その時はまた恐い話しを聞かせてあげるからね?」
「け、結構です、それじゃあ!」
保健室を退室する頃には、ベトアラ先生ともすっかり仲良くなっていた。毎日、怪談話や噂を聞かされたルコからすると、ちょっとベトアラ先生のことが苦手になったみたいだが、それでも、ルコもこの三日間ベトアラ先生という保険の先生としての知識を独り占めできたことで、ご満悦ではあった。
リリャとルコが夕暮れ、学園の寮に戻ると、玄関を掃除していた寮母のルボラと会った。
「ルボラさん!」
「おお、リリャちゃん、戻ったんだね、もう、大丈夫なのかい?」
「はい!それよりも、また、お世話になります!」
「はいよ、また、明日から学校頑張りな!」
リリャはルコと共に自室に戻った。
自室に戻って来た二人は、すぐに、日記に今日あったことを書き込んだ。先にリリャが左のページに日記を書いた。二人でひとつの日記を使っているため、同時には書けない。
リリャの日記の内容は、保健室で過ごした三日間のことと書けていなかった飛行部の体験入部のことを書いてルコに手渡した。
ルコもすぐに書き始めてしばらくすると、リリャのもとに日記が返って来た。
「そういえば、忘れてたんだけどね」
ルコが日記を読んでいたリリャに語り掛けて来た。
「なに?」
「リリャちゃんが飛行場で助けてもらった時、その…」
ルコが何か言いにくそうな顔をしたので、リリャが彼女のほうに顔をあげて言った。
「いいよ、なんでも言ってよ、私とルコの仲でしょ?」
「うん、それがね、リリャちゃんが空に飛んで行っちゃったとき、私の隣にいたキアちゃんの姿がいつのまにかいなくなちゃってて」
「え?」
「それで、リリャちゃんが助けられた時に、彼女がリリャちゃんを抱えて降りてきてたの」
「それって…」
その話から察するにキアはもともと飛行魔法を使えていたということになる。
「キアは、飛行魔法が使えるってこと?」
「そうだと思う」
「ええ!?だったら、キアも一緒に、飛行部の体験入部受ければ良かったのに、もしかしたら、飛行魔法が使えるんだから、絶対テストとか顔パスだったよね?あの、むかつく監督官に何時間も罵られなくて良かったよね?」
なぜ隠していたかは分からないが、そもそも、まだ出会って間もない彼女のことをリリャは何も知らないに等しかった。取り巻きがいたということは結構地位の高い子なのかもということぐらいで、あとは気の合う優しいお友達という認識だった。
「あ、でも、もしかしたら、キアは、別に入りたい部活とかあるのかも、だから、飛行魔法のことは隠してたのかも」
「私もそうかなって思う」
「まあ、明日会ったら聞いてみよう、飛行レースの観戦チケットももらったしさ!」
「そ、そうだね」
リリャたちは明日に備えて今日は早く眠るのだった。
 




