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見覚えのあるベットの上で

 見知らぬベット、いや、一度見ていた見覚えのあるベットから目覚める。そこが保健室だということがわかった。そして、目覚めたばかりの視界の中に、当たり前のようにルコがいてくれた。


「うわあ、リリャちゃん!!!」


 泣きじゃくるルコがリリャに抱き着いた。彼女の綿毛のようにふわふわとした軽い体、真綿のような感触で抱きしめられる。


「おはよう、ルコ、えっと…」


 記憶が曖昧だった。


「私は、なんでここにいるんだっけ?」


「お、覚えてない?」


 なぜ泣いているのか分からなかったが、リリャはルコの涙を拭ってやった。


「うん、なんか、飛行場にいたなぁってことはぼんやりと覚えてるんだけど…」


 最後に覚えている記憶は、飛行魔法を使う前のところで、プッツリと途切れていた。


「それなら俺が説明するぜ!」


 保健室のベットとベットを遮っていた仕切りのカーテンがいきなり吹いた突風でいきおいよく開くと、そこには、見覚えのある男子生徒がベットの上にいた。


「目覚めたんだね、よかったよ、身体はどこも痛くないか?」


「えっと、たしか…」


 その整った顔立ちから放たれる微笑は、いかにも女子受けよさそうで、リリャのような目から見ても、納得してしまうようなイケメンだった。


「中等部の二年、飛行部所属の【ラウル・フラーセム】だ、リリャ、これからよろしくな!」


「あ、はい、よろしくお願いします…」


 ラウル先輩の元気のいい挨拶とは反対に、リリャはまったく状況が読み込めず戸惑っていた。


「私、ベトアラ先生呼んで来る!!」


 泣いていたルコが自分の使命を思い出したかのように、保健室を勢いよく飛び出していった。


 なぜ、ラウル先輩がここにいるのか?そもそも、自分はどうして保健室にいるのか?飛行部の体験入部に参加していたのではないのか?リリャの記憶はあいまいで今すぐすべてを事情を知っている者から聞き出したかった。


「私、どうしてここにいるんですか?」


「それは、リリャ、君が飛行魔法を暴走させたからだよ」


「暴走?」


「覚えてない?」


「全然です」


 最後記憶になるのは、春に広がる深い青空だけがぼんやりと頭の中に残っていた。


「そっか、あの時は、本当に凄かったんだ。まあ、ヤバくもあったけど、あんなでかい【光輪】は初めて見たよ」


「コウリン?」


「飛行魔法のリングのこと、ほら、これ」


 そうすると、ラウル先輩の背中に、光の輪っかが現れた。リリャもよく見ていた飛行魔法でよくみるリングだった。


「【リング】や、【空輪】なんて呼び方はいろいろあるけどさ、リリャもたくさん飛行場で飛んでいるやつの後ろでこれを見ただろ?」


 ラウル先輩のリングが二つに増える。どちらも、ゆっくりと彼の後ろに浮かんでいた。


「はい、見ました」


「これをリリャも出せていた。そして、おそらく、垂直移動の一速だけなら、誰よりも高くそして誰よりも速く飛べることが、証明されたようなことをしたんだ。正直、飛行部の奴らみんな度肝を抜かしてたよ」


「私がですか?」


 ラウル先輩の言っていることはまるで作り話のようで、リリャにはあまりピンとはこなかった。


「そう、そんでこれからしばらくは、俺がリリャ、君の飛行魔法の制御を教えることになったから、よろしくっていうのはそういう意味も含んでるからね?」


 ラウルの自然体の笑顔がリリャに向けられる。その笑顔はきっと無意識に作られたもので、きっと多くの女たちがそのラウルの笑顔に落ちていったのだろうと思った。それはもはや恋の暴力であり、彼は罪な男だった。


「はあ、そうですか…」


 それでもリリャはそんな彼の笑顔も、全身疲れ切った感覚が抜けない疲労感に襲われており、相手の顔色をうかがっている場合ではなかった。

 リリャはとにかくまだ、いろいろな記憶が曖昧だった。自分が何をしでかしたのかも、彼の説明からもいまいち実感が得られず、とにかく自分は飛行部でやらかしたから、ここに居るということぐらいしか、分かっていなかった。


 そこですでに聞き慣れた鐘の音が鳴った。窓の外の景色から見るにその鐘の音が、お昼を表すものだった。


 そこで保健室の扉が再び開くと、色気のある保健室の先生であるベトアラ先生が、現れた。どうやら昼休憩の最中だったのか、お昼の売店で売られていた菓子パンを齧っていた。だが、そうとう急いで来てくれたようで、ベトアラはすぐにリリャの顔や身体にペタペタと触りながら触診をし始める。


「痛いところある?」


「えっと、痛みはないです」


「そう、聞いた話だと相当無茶な魔力を練ったって聞いていたから、重症かと思ったんだけど…ねえ、本当にどこも痛くない?がまんとかしてないわよね?」


「ええ、別に、我慢なんてしてません、全然平気です」


 リリャはベトアラ先生に優しく触れられたことで、少しだけ気分が良くなった気がした。たぶん、気のせいではあるが、そんな感じがした。


「そう、ならいいわ」


 ベトアラ先生がそっと離れると、リリャは残念そうな顔で唇を噛む。


「ここ二、三日は保健室で安静にしててもらうわ、着換えとか寮母さんとかに話しつけておくから、私もお泊まりするから、そのつもりでいてね」


「え!あ、はい!!」


 リリャは寝起きで一番いい返事をかましていた。


「リリャ」


 リリャはベトアラに気を取られていた顔を、名前を呼ばれたことで、ラウルに向けた。


「俺はそろそろいくけど、身体が万全になったら、放課後は毎日飛行訓練だからな、いいな、忘れるなよ?」


「えぇ、それって強制ですか?」


「当たり前だ。リリャは一刻も早く飛行魔法の制御の仕方を覚えなくちゃいけないんだから、嫌でもなんでも、とにかく放課後は教室にいろ、迎えに行くから」


 ラウルはそれだけ言うと、「じゃあな」と言って保健室から出ていってしまった。


 飛行魔法を教えてもらえることは、ありがたいといえばありがたいのだが、放課後が強制的に潰れることは腑に落ちなかった。


『なんだか、これじゃあ、補習みたいじゃん…』


 リリャはそれから、三日間、魔法学園アジュガの校舎の西棟一階にある保健室のベットの上で過ごすことになった。リリャをひとりにできないということから、ルコも特別に医療部の生徒ということで、ケガ人であるリリャのお世話をするという無理やりな意味づけで、同行が許され、彼女もいっしょに保健室に泊まることになった。


 そこでリリャはこの学園にまつわる様々な噂話を聞かされることになるのだった。

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