適性検査 エーテル量
二つ目の適性検査は、エーテル量の測定だった。
体内に取り込めるエーテル量には限界があり、その現在値の上限を測定する魔法道具があった。それは、エーテルオーブと呼ばれる水晶で、これに手を付けて、被験者が魔力を生成するだけで、その人のエーテル量を計測することができた。
体内に取り込めるエーテル量が多いと、単純にそれだけ魔力に変換できる量も多いということになり、複数の魔法を同時に扱えたり、強力な魔法を使うことができたりと、エーテル量は、魔法使いにとって、あればあるだけいいものであった。
検査の仕方は、真っ白い透き通ったエーテルオーブに魔力を流す。そのオーブの中には煙がゆらゆらと燻っており、魔力が流れると、その流れて来た魔力量に応じて、色が変化した。
そのオーブの色は、青、黄色、赤、の三色に分類され、さらにその分類分けされた色の中でも煙の濃さでさらに細かく、被験者のエーテル量を測定することができた。
どれくらいなのか指標を示すと、青なら低級魔法、黄色なら中級魔法、赤なら上級魔法が扱える適正があった。しかし、魔法にはさらにそこに本人との相性も深くかかわっているため、エーテル量が少ないからといって、上位の魔法を唱えられないということはなかった。
得意な魔法であるならば、たとえ、オーブで青であったとしても、中級魔法が使えたり、逆に赤であったとしても低級魔法の使用が困難だったりと、エーテル量ですべてが決まるほど魔法は単純ではなかった。
リリャが二つ目の適性検査の会場に足を踏み入れる。
広い飛行場の傍に簡易的なテントが広げられていた。そのテントにはやはり、上級生たちが列を作っており、その先で検査員の指導のもとオーブに手を当てていた。
付き添いのルコとキアの二人と、列に並んでいたリリャが他の人の適性検査を見ている限り、たいていの人たちが、青色に中のオーブの煙を色づけていた。
「ちょっと緊張して来たかも」
さきほどの面接のように人を相手にする適性検査よりも、こっちのエーテル検査の方がリリャは気が落ち着かなかった。自分にいったいどれくらいのエーテル量があるのか?自分の潜在能力が露わになってしまうことが、どうにも自分をそわそわさせていた。
「これって、普通、小等部の子たちはやらないんだよね?」
リリャがキアに聞いた。彼女は思った以上に魔法のことなら何でも知っていた。
「そう、エーテル孔を開いたばかりで、まともにエーテル操作もできない、人にやっても結果は、無色透明で反応しないか、薄い青い煙って決まってるから、先生たちも、受けさせるのは中等部の一年生からだって、レキ先生が言ってた」
キアの辛辣であるが、的を得ている発言に、リリャはだいぶ自分が不利な立場にいると思い知らされる。小等部でほとんどの子が飛行部に入れない理由が何となくだが、分かって来た。
「そっか、じゃあ、私も、色がつかなかったり、そんな感じなのかな…」
リリャが少し不安に取りつかれたような顔をしていると、キアが少し間をおいてから言った。
「…リリャ」
「ん、なに?」
「別にエーテル量がすべてじゃないから」
キアがなぜか少し怒ったように言っていたが、彼女は別に怒っているわけではなく、不慣れなことをしているから、焦っているようにも見えた。
そんな彼女は不安定な口調で続ける。
「リリャがこれから考えるべきことは、エーテル量よりもむしろ飛行魔法に適性があるか、そっちの方が大事。いくら、エーテル量があったとしても使いたい魔法に適性がなければ、その魔法は使うことすらできない。エーテル量はあればあるほど確かに有利ではあるが、たとえエーテル量が少なかったとしても、その魔法適性さえあれば、すくないエーテル量でも十分使える、だから、リリャは何も心配しなくていい」
キアが一生懸命に心配してくれたことは、リリャにもしっかりと伝わった。
「ありがとう、キア、心配してくれたんだね」
キアはリリャに自分の感情が筒抜けで少し顔を赤らめて黙り込む。
「だけど、私、ちょっと、ワクワクもしてたんだ。だって、私、勝手にエーテル孔が開いちゃった女なんだよ?もしかしたら、ものすごい才能があるかもしれないでしょ?だから、最初から、赤い色だったりするかもよ?」
リリャがそうやっておどけて見せると、キアは、嬉しそうに眼をつぶってうなずいていた。
「そうかもね」
二人がそのように、熱い友情を交わし合っているのに夢中になっていると、ルコが言った。
「あの、リリャちゃん、もう、順番回って来たみたいだよ」
「よし、じゃあ、出撃!」
リリャが勢いよく、エーテル量の適性検査をしているテントに乗り込む。
ルコとキアの二人は外で待っていた。
そして、数秒と掛からないうちに、リリャがふにゃふにゃになって、テントから這いずり出て来た。
ルコとキアが顔を見合わせて、急いでそのしおれたリリャのもとに駆け寄った。
「大丈夫、リリャちゃん」
「青だった」
「え?」
「青、それも、くっそ薄い青だった…」
リリャがエーテルオーブに触れた瞬間、オーブにはうっすい青い煙が立ち上り、検査員がすぐに、「青の低濃度ですね」と資料に書き留めて、すぐに外に出されていた。キアの言った通り、小等部の子はほぼすべて等しく、薄い青であることが証明された瞬間のようなものだった。
「くそー!私は、エーテル孔を自力で開けた天才魔法使いじゃなかったのかー!!!」
リリャの嘆きが虚しく、飛行場の空に吸い込まれて消える。分かっていたが、実際の現実に落ち込んだリリャは、ルコに肩を借り、最後の適性検査が行われていた、飛行場の中央にある離陸場に向かった。
***
イメージテストの審査員を務めていたラウルが、他の審査員たちに言った。
「俺、ちょっと外に行ってくるから、後はお前たちだけで、審査してくれ」
「おいおい、ラウル、今日が最終日だってこと忘れたのか?全員見ておくべきなんじゃないか?」
「いや、俺は、もう、十分だ。それに、面白い子もいたしな」
「面白い?ああ、さっき、来たリリャって子か?」
「そう、俺、彼女が受かるか見て来るから、後は頼んだぜ」
ラウルがテントを飛び出して、行ってしまう。
「おい、ラウル…、まったく、しょうがないやつだ……あいつは自由過ぎる」
すると隣にいたこれまた審査員の男子生徒が言った。
「しかたないですよ、彼は我が部のエースなんですから、先輩たちにまで可愛がられていますし、それに、学園きってのイケメン、我が部に女子部員がこぞって入って来るのも彼のおかげではあります。ラウルは我が部の救世主です」
その男子生徒は嬉しそうな顔をしていた。聞いていた審査員の方は、とくにその彼の言葉に響いている様子はなく、硬派なイメージの男ではあった。
「いやあ、まあ、たしかに、女子部はこの数年でかなり増えたし、飛行部を応援してくれるファンクラブみたいなのもあって、我が部は盛り上がりを見せているが…」
それもすべてラウルが居てくれたから成り立っていることで、特に近年はラウルの非公式ファンクラブまでもが学園には設置されており、なにやら、不穏な動きを見せているとのことだった。
「あいつのせいで困ったことも起きているは事実なんだがなぁ…」
だが、ラウル自体悪い奴ではないことをこの審査員の生徒も十分に承知していた。彼ほど明朗快活で気分のいい青年はそうそういない。嫉妬すら考えられないほど、今の飛行部は彼が中心だともいえた。
するとそこに次に審査を受けに来た、女性が入って来た。
「あ、どうぞ、おかけになってください」
「あれ?ラウル先輩はいないんですか?」
これはまたかと、審査員の男子生徒は思った。
「彼は今席を外しています。ええ、それでは、面接を始めたいと思います。お名前から伺ってもよろしいですか?」
「ラウル先輩がいないなら、また、あとできます」
「え!?あ、ちょっと……」
その女子生徒は勝手にテントの外へと出ていってしまった。
「こういうことがあるから、人気が出るのも考えものなのだ…」
「まったくですね、厳しく審査していきましょう、わが飛行部を守るためにも」
「ああ、さあ、次の方どうぞ!」
審査員の男子生徒は、苦悩しながらもどっしり構えて、次の生徒を迎え入れていた。




