初めての
補習が終わった後、リリャはルコと、補習仲間のキアと、校舎の西棟の近くにある食堂に来ていた。補習仲間ということで、リリャが強引にキアをご飯に誘うと、彼女は了承してくれた。
リリャはトレイの上に青パスタと、たっぷりサラダを載せ、その後ろからはルコが、バターパンと樹海スープを持って、キアが待つテーブルへいった。
先に待っていたキアのテーブルにはトレイがなく、料理もなかった。
「あれ、キア、ごはんは?」
リリャがキアの向かいの席に座る。すぐにルコがリリャの隣に詰めて座る。
「夜はこれ」
そういうと彼女の手のひらには何やら丸い飴玉のようなものが一粒だけ載っていた。
「これはなに?」
「兵糧丸、携帯食料」
「そんなので足りるの?」
「夜は食事を抜くの、だから、朝と昼にしかとらない」
「そうなんだ、それで夜、お腹はすかない?」
「ずっとこういう生活だから」
キアはその一粒を口の中に放り込むと、彼女の食事は終わってしまった。
「そっか…、えっと、私たち、普通に食べるけどいい?」
「もちろん、構わない」
リリャがパスタを口に運び始めるが、その間ずっと、キアに真っすぐ見つめられており、リリャは非常に食べずらかった。
『食べてるところ見られるのなんだか気まずいな…』
そこでリリャは彼女にいろいろと話題を振ることにした。
「キアは、どこから来たの?」
「リーベルトのグランドから」
「リーベルトか」
レイド王国は現在七つの地方に分かれて土地が治められていた。リーベルト地方は、レイド王国の北西から北に伸びた広大な土地で、代々レイド王国で戦場となるのもここだった。主な戦場としてリーベ平野などがあり、リーベルト地方にはかつてのダナフィルク地方と同じ戦場地域であった。
「リーベルトって、リーベ平原とかあるよね」
キアは静かに頷いた。
「じゃあさ、じゃあさ、キアは、その飛行レースとか見に行ったことある?」
「ある」
「やっぱり!そうなんだ、いいなぁ、私も人生で一度でいいから見てみたいと思ってるんだよね。だけど、私、王都に住んでたから遠くて、遠くて、でも、そっか、キアは行ったことあるんだぁ」
そこでリリャの羨望の眼差しに、キアが表情ひとつ変えずに答えた。
「それなら、このパースからレース会場はそう離れていないから、休日にでも見に行けばいい、レースの日程は街の掲示板に書かれてるから」
「あ、そっか…」
リリャはすっかり忘れていたが、ここはレイド地方にある王都ではなく、レイド王国でも最西端にあるニューセウス地方のパースという街の中にあった。それならば、馬車を使えば、リーベ平原まではすぐだった。
「ルコ、今度の休みの日、飛行レースを見に行かない?」
リリャが隣にいたルコを見る。
「うん、もちろん、いいよ」
パンにかぶりついていたルコは、有無を言わずすぐに頷き、ご機嫌な返事をしていた。
「キアもどうかな?」
「私も?」
「うん、せっかくなら、案内して欲しいかな…とか……」
『あ、やべ、馴れ馴れしかったかも…あと図々しかったか……』
リリャがそこで勢いを無くす。さすがに今日あったばかりの人に、こんな強引な頼みをするのは、相手の気を悪くしたと思った。
「あ、ごめん、まだ会ったばかりなのに、私、結構、強引なところがあって…」
「いいよ」
不意の返事にリリャは驚いたような顔をして、彼女の顔を見た。
「いいの?」
「うん、レースがある日調べておく」
少しも相好を崩さない無表情のキアが言った。
「ありがとう!!」
リリャはとても嬉しそうな笑顔でキアに微笑みかけた。キアはそのリリャの笑顔をただじっと見つめていた。
キアの瞳に笑顔のリリャが映り込む。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」
キアがリリャに言った。
「なになに、ひとつと言わずなんでも答えるよ!」
リリャはレースに行けることと、新しい友達が増えたことで舞い上がっていた。
「あなた、レキ先生とは知り合い?」
「え、どうして?」
どうして自分とレキ先生が知り合いなのか、なぜ、そこが繋がるのか、全くわけがわからなかったので、リリャは首を傾げた。
「………」
キアはリリャの答えをただじっと黙って待っていた。彼女が見つめる瞳には興味というより、不思議そうな色が残っていたが、それはこっちだと言わんばかりにリリャは答えた。
「全然、知り合いじゃないよ。だけど、あのレキ先生ってハーフエルフなのかな?身長はエルフみたいに高くないけど、あの尖った耳、ルコもみたよね?あれはエルフの耳だよね」
「ごめん、私、あんまり先生の顔見れてなかったから、わからないかな…」
ルコはレキ先生のことを覚えていないのか、リリャに申し訳なさそうな顔をしていた。
「そっか、今度見てみるといいよ。あ、それで、ごめん、キア、私、レキ先生とは今日の補習で初めて話したよ、でも、あの先生面白い先生だよね、私は好きだな、ああいう先生」
「そうか、それなら別にいいんだ」
その時だった。
「キア様」
上級生の先輩達がリリャたちのテーブル席の前に来たのは。
「な、なに…」
リリャは怪訝な顔をし、ルコはリリャの腕をそっと握って怯えていた。
「探しましたよ、キア様」
ぞろぞろと、複数の生徒たちがリリャのテーブルの前に集まる。怖そうな先輩たちが立ち並ぶ中、その中のひとり、リーダー的な女子の先輩生徒がキアに言った。
「さあ、帰りましょう。迎えの馬車を外に回してあります」
「………」
キアが無言で席を立ちあがった。
「え、ちょ、ちょっと、あなた達、誰なんですか?」
リリャが慌ててそう言うと、キアを迎えに来たと思われる先輩の女子生徒がリリャを見た。
「あなた達の方こそ、誰なんですか?」
先輩の鋭い目つきがリリャに鋭く刺さる。ルコは目を伏せていたが、ここで怯まないのがリリャだった。
「私は、朱雀組一年のリリャ・アルカンジュです。彼女の友達です!さあ、名乗りましたよ!あなた達は誰なんですか!?」
リリャが威勢よく言うと、先輩は冷たい眼差しで吐き捨てるように言った。
「私たちはキア様の護衛です」
「護衛?」
リリャは、その先輩の女子生徒たちが言ったことがいまいち理解できなかった。なぜ、学園内で護衛が必要なのか、庶民であるリリャにわかるわけがなかった。貴族になったこともないリリャたちが、貴族というものの価値が分かるはずなかった。
そこでキアが、リリャとルコの二人に向かって言った。
「驚かせてごめん。彼等は私の家に仕えてる人たちだから」
「キアの家の人?」
「そう、だから、心配しないで」
リリャが呆気に取られていると、キアが席を離れた。
「二人とも、誘ってくれてありがとう」
キアはそれだけ言うと、恐い先輩たちと一緒に食堂を後にした。
突然の出来事に、リリャは呆然としていた。
「こ、恐かったね…」
ルコはまだリリャの腕を掴んでいた。リリャはそんな震えの彼女をなだめるように優しく肩をさすってあげた。
『キアって、いったい何者なんだろう……』
リリャは、この時、キアという彼女のことを全く知らなかった。彼女が、かの有名なレイド王国リーベルト地方を治めるグランド家の令嬢であることを、そのグランド家の中でも生粋の戦士であることも、そして、彼女が本当は人族ではないことも。
この時のリリャは何も知らなかった。
魔法学園の補習で居合わせたというのが、二人の最初の出会いだった。
それは偶然か、あるいは運命か。
それは神のみぞ知ることだったのかもしれない。
***
「キア様、お友達は選ぶべきです。あのようなグランド家のキア様のことを知らない庶民のような者では、あなた様の名に傷が付きます」
そう護衛の生徒に言われたキアだったが、彼女は、護衛の言葉に耳を貸していなかった。
ただ、心の中でリリャの言葉を何度も反復させていた。
『私の友達、リリャ………』
彼女は、長いスカートの中の尻尾を小さく左右に振っていた。
顔には一切でなかった。
それでもキアの尻尾は確かに嬉しさに溢れていた。
『初めての友達』
 




