熱夢
魔法学基礎はリリャにとって聞きごたえのある授業だった。魔法の素となるエーテルや、身体とエーテルの関係、どれもこれから自分が体験するとなる知識の吸収は早かった。そして、テストがある魔法安全学も、その内容が魔法に関することばかりで、リリャの知的好奇心を刺激した。
さらに教科書も配られると、リリャはより一層、知識欲に取りつかれたように、教科書を何度も復唱しては読み込む日々が続いた。ルコも隣でリリャが声に出して読んでいるのを聞いていた。ルコがいるおかげでリリャの勉強はとてもはかどっていた。特に問題の出し合いは、リリャの知識の定着を加速させた。
午前の授業が終わると、リリャは必ず、ハンナ先生に分からないところを質問していた。
そのおかげで、リリャは魔法学基礎の初歩であった『魔法の素エーテル』の章と『エーテル孔』の章の文は、すらすらと口から出て来るほどには、頭の中に入っていた。
テスト範囲の内容であった魔法安全学もリリャは余すことなく理解は完璧だった。
これも、となりで毎日嫌にならずに付き合ってくれたルコのおかげだった。
「ルコ、ありがとね、なんか毎晩私の勉強につき合わせちゃって…」
テスト前夜リリャは、彼女にそういうと、ルコは慌てて首を横に振っていた。
「そ、そんな、こちらこそだよ!リリャちゃんが、いなかったら私、全然、分からないところだらけで…」
リリャは、分からないところをハンナ先生に教えてもらっては、それをルコにも伝えていた。
だから、ルコにもリリャの今回の勉学の熱意の恩恵は間違いなくあった。
ルコもリリャに負けず劣らず、その二つの問題を出してみても、すらすらと答えていたところを見ると、彼女も今回のテストは何も問題なさそうだった。
「明日頑張ろうね」
「うん!」
ルコが何度もうなずいていた。
「明日はテストだし、今日は早めに寝ようか」
「そうだね」
教科書を閉じて、蝋燭の炎を吹き消す。月明かりが部屋を照らす。
リリャは自分のベットに潜り目を閉じた。
*** *** ***
夢を見た。
それはとても熱く惨い夢だった。
灼熱が吹き荒れる。
熱がすべてを焼いていた。
私はその渦中に立っていた。
誰かの悲鳴が聞こえた。
燃えさかる炎が、肌を肉を骨を焦がす。
不意に後ろに立っていた炎に映った人影に気付くと、私はその人影に声を掛けていた。
『ここはどこ?どうして、ここはこんなに熱いの?』
炎の揺らめきに映るその人影は何も語らず。
ただ、じっと、私のことを見つめていた。
『なんで、そんなに悲しそうな顔をしているの…』
人影は影でしかない。それでも、そこに映るその人影がなぜか、悲しんでいることが私にはよく分かった。それは私を見て悲しんでいるようにも見えた。炎で苦しんでいるからには見えなかった。それなら、悲しいではなく悶え苦しんでいるはずだから、それに人影だ。炎に焼かれはしない。
『君は、それでいい?』
その問いを聞いた時、あたりは一瞬にして静寂が広がっていた。
夢だからなのか、燃えさかる炎があるにも関わらず、周囲の炎が空気を焼く音が止む。
何がとは言わずに、私はその問いに対して大きく自信を持って頷いていた。
『それでいいかって?あたりまえじゃない!』
その問いにはなぜかそう答えなくちゃいけない気がしていた。
そして、それは正しくて仕方がないと、私の中ではすでに答えが出ているようで、何の迷いもなくなっていた。
『そうか、そうだろうね…』
炎の奥にいるのであろう、その人影は、寂しそうにそういうと、その炎の揺らめきから一瞬にして消えてしまった。
私は炎の中で一人になって、そして、最後はその燃えさかる炎に焼かれて。
夢はそこで終わった。
*** *** ***
リリャがベットから目を覚ます。
大きく深呼吸をして、ここがどこなのか、すぐに辺りを見渡すと、そこは寮の自室で、反対側のベットではルコがまだ眠っていた。
「夢…」
リリャは、未だに夢でみた熱い熱気と身を焼いた炎の感触が残っているような気がしてならなかった。
自分の頬に手をやる。燃えていないか確認する。焼かれていないか、自分の顔が焦げていないか確認する。
「大丈夫だ、なんともない…」
顔や身体は依然として何事もなく、金色の髪が焼け落ちていることもなければ、顔にも火傷ひとつなかった。
だが、それよりも、リリャはもっと深刻な異変に気付いた。
額に手を当てると、自分でも分かるくらいの熱があった。
「嘘でしょ…最悪すぎ……」
テスト当日、リリャは風邪を引いていた。




