最初の魔法授業
魔法の授業ということで、ハンナ先生は、分かりやすく魔法の基礎について教えてくれた。
「魔法とは、【エーテル】があって初めて扱うことができます。じゃあエーテルって何?ってなると、それは魔法の素、つまりは魔法を使うためのエネルギーですね。分かりやすく例えると、焚火をするとき、焚火の燃料になる薪がエーテル。そしてその薪で燃える炎が魔法ということになります」
先生が黒板に分かりやすく、簡単に焚火の絵を描いていた。
「エーテルはこの星を満たしているエネルギーで、私たちの身の回りのどんな場所にも存在しています。今、ここにもエーテルが満ちているから、こうして、魔法が使えます」
ハンナ先生が指先に小さな炎を灯すと、生徒たち特に男子たちが歓声を上げた。
「ハンナ先生、すげえ!」
「先生、俺も手から炎を出したい!」
「どうやったら出せるようになるんですか?」
「早く、魔法が使いてぇ!」
男子の興奮治まらない様子に、ハンナ先生も微笑みを浮かべていた。指に炎を灯しただけでこの盛り上がり様だ。まったく男子は子供なんだから。といいつつ。
「さあ、みんなおちついて、リリャさん、座ってね」
「ああ、ごめんなさい」
リリャは気が付けば、先生が指に灯した炎に魅せられて、席を立ち、前のめりになって、その炎を凝視していた。
綺麗だった。先生の指先で燃えている炎の揺らめきは、何か他とは違う魅力があった。実際、炎は炎でしかないはずなのだが、魔法の炎は、リリャにはそれはもう魅力的に映っていた。
『炎の魔法って、こんなに綺麗なんだ…』
しかし、それもハンナ先生が、指先に灯っていた炎を吹き消してしまうと、リリャは魔法が解けたかのように、落ち着きを取り戻していた。
ハンナ先生は授業を続ける。
「いいですか、今、先生は指先に炎を灯しましたが、これが魔法です。先生はエーテルというエネルギーを体内に取り込み、炎の魔法を出しました。これが魔法の一般的な流れになります。エーテルがあって初めて魔法があるですね」
リリャたちには実際に先生がエーテルを取り込んだところは見えず、指先から一瞬で小さな炎を灯したように見えたが、エーテルがなければ、先生も炎を出せなかった。これは単純な仕組みではあるが、とても重要なことだとリリャは思った。そして、ふと疑問も生まれた。
『あれ、でも、エーテルが無い場所ってあるのかな?』
世界は広い、エーテルが無いという場所もこの世には存在するのか疑問に思った。
リリャがそこで手を上げた。授業中に勝手に手を上げていいのか、分からなかったが、とにかく最初の授業ということで、手を上げてみた。
「はい、リリャさんどうしました?」
「質問があるんですけど、いいですか?」
「いいですよ、なんでも聞いてください」
これをやると先生の授業のペースが乱れるということで、前の小学校でも、後回しにされることがあった。その時は、授業後にリリャは先生に質問することにしていたからいいのだが、授業中のほう答えてくれる先生の方が、リリャもその場でモヤモヤが晴れてありがたかった。
「エーテルが無い場所って、この星にあるんですか?」
その質問にハンナ先生はにっこりと微笑んだ。
「いい質問ですね」
質問の内容を褒められてリリャは少しうれしかったが、聞きたいのはその答えだった。ハンナ先生は答えてくれた。
「この星のどこかにはもしかしたら、そういった場所があるかもしれません。エーテルがない、つまりは魔法が使えない場所が。ですが、いまのところこのレゾフロン大陸である、このみんなのいる大陸ではどこにでもエーテルがあって、魔法が使えない場所はないといわれています。だから、安心してください、この大陸にいれば魔法はどこにいても使えます」
「ありがとうございます」
リリャはぺこりと頭を下げた。
「さあ、そして、この魔法とエーテルの関係について理解したところで、みんなが一番疑問に思っていることを、先生当てちゃいます」
自分たちが一番疑問に思っていることとは?リリャも思い浮かべてみた。
『なんだろう、私たちが魔法を使えないこととか?』
そんなことを思っていると、ハンナ先生が言った。
「なんで私たちは魔法が使えないんだって、思っていませんか?」
リリャの考えは見事に的中したが、この喜びを分かち合えるのが自分しかいないのは残念だった。
「そうです、みんなはまだ魔法が使えないはずなんです。それはまだ、皆の身体がエーテルという魔法を使うための状態になっていないからです」
そこで先生は黒板に簡単に人の身体を描いた。
「人の身体には【エーテル孔】というエーテルを取り込む器官があります。このエーテル孔が塞がっていると、魔法を使うためのエーテルが身体の中に入って来ません」
先生が黒板に書かれた人間の絵の中心にエーテル孔という文字を書きながら説明していく。
「何度も言いますが魔法には素となるエーテルが無ければ、炎を起こすことや、水を流すこと、風を操ること、土を生み出すことだってできません。魔法の全てはエーテルにあります。私たちが魔法を使う際にも、体内にこのエーテルを一度流し込まなければ、魔法が使えません。魔法使いとは、エーテルを用いて魔法を操る者のことを指さすのです。いいですか…」
そこでハンナ先生が、改めてみんなの方を向いた。
「だいたい二週間後に、皆さんには、その魔法を使えるようになるためのエーテル孔を開いてもらうことになると思います」
教室がざわついた。エーテル孔という自分の身体にあるものを開くとはいったどのような感じなのか、みんな誰も分からず不安がっていた。
「先生、エーテル孔を開けるときって痛いですか?」
男子生徒が先生に尋ねる。
「安心してください、痛みはありません、ただ、それよりも皆さんにはもっと大事なことを伝えておかなくてはなりません」
ハンナ先生は、今まで黒板に描いてあった文字や絵を全て消した。
「いいですか、今、簡単に教えたのは魔法学基礎の内容です。そして、この一週間でエーテル孔を開けるにあたって必要な基礎知識をその魔法学基礎を進めていき学びます。その後の一週間で、この魔法学基礎よりも、もっと大切なことを皆さんには学んでもらいます」
リリャはハンナ先生のちょっと雰囲気が変わったのを感じ取った。
『魔法学の基礎よりも大事なことってなんだ…』
ハンナ先生はそこで黒板に文字を書いていく。そこに書かれた言葉は『魔法安全学』という文字だった。
「魔法安全学を皆さんには、一週間ほどかけて学んでもらいます。そして、この魔法安全学に関しては、テストを行い、そのテストに合格するまで、エーテル孔を開くことはできません」
教室からはテストということで、不貞腐れた声がところどころから上がった。
「いいですか?魔法を扱う上で一番大事なことは、安全に魔法を使うことです。魔法は使い方によっては、便利にも人を傷つける道具にもなるということを学んでもらいますから、そのつもりでいてくださいね」
クラスのみんなはしぶしぶ返事をしていた。
魔法学園の授業の始まりはこのように、地味な座学から始まった。
それから、魔法学基礎の、魔法、エーテル、エーテル孔について、ハンナ先生が続けてより詳しく講義をしてくれた。男子たちは座学に退屈しながらも魔法のことということもありそれなりに授業を聞いていた。女子たちは男子に比べれば比較的真面目に聞いていた。
そして、リリャに関していえば、ハンナ先生から言うことすべて新鮮で真新しく、時間がとても速く過ぎ去っていき、気が付いた時にはもう、お昼休みに入り、午前の授業は学園の鐘の音と共に終わりを告げていた。




