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黄金翼杯 灰夢

 *** *** ***


 辺り一面真っ黒な世界に、真っ白な灰が降り積もっている。何もかもが焼けて、すべてが灰になった世界に、私はひとり当てもなく歩いていた。


 疲れていた。ボロボロだった。


 ここが夢だとは分かっていた。

 けれど、歩みを止めないのは、私の背後から聞こえる意味の聞き取れない怨嗟の声から遠のくためだった。

 なんでこんなことをしているか私には分からないが、夢とはそういうもの。直接の理解は難しい。

 ただ、今は、その不気味な声から遠ざかることだけを考えて黙々と歩いていた。


『夢なのに、どうして、こんなに不自由なの』


 悪態もつきたくなる。自慢の飛行魔法で飛ぼうにも、魔法が使えなかった。それに、墨を塗りたくったような、星一つ無い、ただの黒い空を飛ぼうとは思わなかった。その空には近づきたくない、そんな威圧感が黒い空にはあった。


 だから、足を動かして、前に進む。


 やがて、曲がりくねった灰の道を進み、灰の丘を越え、灰だけが広がる平原に出た。

 永遠に広がる灰の平原は、辺り一面真っ白で、それだけだった。何も変わらない。むしろ、何もかもが役目を終えているような、幕の閉じた舞台の後のようなそんな寂しい世界だった。


 ここまで歩いて来たが、怨嗟じみた声は未だにやまず、私の後を一定の距離をとってついて来ている。


 私は、灰の平原を進みだした。


 呼吸は荒く、体力は底を尽きそうだった。すでに、全力で飛びきった後のような疲労感に、あての無いただ恐ろしい声から逃げるだけの旅は、私に苦痛を与えた。次第に私の心は蝕まれ、虚脱感に包まれ、疲弊していった。


 私の足取りが遅くなると、背後から、恐ろしい恨みがましい声が大きくなった。私は耳を塞いだが、その声は耳を塞いでも聞こえて来た。


 私は、何か、この状況から抜け出せる手段はないかと、辺りを見渡す。しかし、何もない。灰だけで辺りには本当に何もない。

 私にできることは、ただ、その灰の平原を恐ろしい声から、歩いて逃げ続けることだけだった。


 いくらか歩いた。すでに息が上がり、足は思う様な力が入らなくなっていた。


 よろけて転んだ。


 すると怨嗟の声が私の耳元ではっきりと聞こえた。


「許さない、許さない、許さない」


 私は、力尽き、その場にうずくまると、その怨嗟の声は、私を囲って、呪詛を吐き出した。


「業殺死呪讐滅狂失邪怨恨亡喪破絶縛叫鎖無冥腐魔凶黒暴虐這痛障忌詛阿惨害歪悪火」


 その呪詛は、私の全身を包み込み、私の中に徐々に入り込んでいった。穢れの無い私の肉体が、その呪詛によって、黒く蝕まれていく。私は、必死に抵抗しようとしたが、なぜだろう?途中から、私はその呪詛が心地よいものに感じていた。これは必要なものだと、この悪辣で、邪悪で、凄惨な意志が、無くてはならないものだと、そう直感していた。なぜだかは分からない。それでも、この地獄は、手放してはならないものだと、強くそう思わずにはいられなかった。まるで最初から私の一部だったみたいに、その呪いは私の空白を黒く染めた。


 闇に染まった私は、白い灰の平原で、空の闇と同化していた。


 静寂があった。


 夢の役目は終わった。夢はここで終わり、そしたら、私はまたどこかで目覚めて、目覚めた先の現実世界で生きていく。ここは夢、それは幻の類。いずれは覚めて消える儚い虚実。


 ただ、この夢にはあと少しだけ続きがあった。


 この夢を終わらせたのは、誰でもない私だった。


 闇に染まった私は、自分でも信じられないような、獣のような大咆哮と共に、全身から発した炎は、一瞬で辺りを火の海に変えた。


 夢は燃え、やがて、夢自体が灰になると。


 夢はそこで終わった。


 *** *** ***


 私が目覚めると、そこは、どこか見知らぬ部屋のベットの上だった。起きたばかりで、まだ、何に対しても現実味がなく、さっきまで見た夢だけが嫌に記憶に残っていた。


『私、どうなったんだっけ…』


 倒れる前の記憶の方もたどってみるが、自分が昇格レースに出たということだけで、その結果どうなったかも私は覚えていなかった。


『というか、ここは、どこだ?』


 私が辺りを見渡すと、そこで、すぐには気がつかなかったが、私のベットの横には、女の子が、私のベットに伏せていた。長い金髪でその顔が見えなかった。ピクリとも動かないことからもどうやらその女の子は、眠っているようだった。


「だ、誰?」


 私が恐る恐る、髪をかき分けて、彼女の顔を見た。


「オルキナ」


 スヤスヤと眠っていたオルキナ。そして、もうひとり、彼女の隣の席には使用人ジョアもおり、彼女の隣で一緒に眠っていた。

 彼女たちは、ずっと、私の傍にいてくれたのか、疲れ切った様子でぐっすりと深い眠りについていた。


「おはようございます、リリャさん」


 予想外の声に、私は声のする方を急いで見る。部屋の奥には、離れたところにブルトがひとり椅子に座っていた。

 彼女が立ち上がると、私の隣に来た。


「ブルト、おはよう、えっと、いろいろ聞きたいことがあるんだけど…」


 ここがどこなのか、どうしてオルキナたちがいるのか?大会はどなったのか?誰か事情を知っている人に、聞きたいことは山ほどあった。


「そうですね、ですが、その前に、リリャさん。お体の方はどこか悪いところはありませんか?」


「あぁ、えっと、喉が渇いたくらいかな…」


 するとブルトはそっと、近くの水差しに手を伸ばし、用意されていたコップに水を注いで私に渡してくれた。


「ありがとう」


「感謝なら、オルキナ様にお伝えください。オルキナ様は、ずっとあなたのことを看病していらしたので」


「え、オルキナが!?」


「はい、我が主は献身的に、この三日間、あなたに尽くしていました。そのことをどうか胸に刻んでおいてください」


「え、うん、わかった、後で、オルキナにはめっちゃ!ありがとうっていっておくよ」


「はい、オルキナ様もとても喜ぶと思います」


「でも、ブルトも本当にありがとね、その様子だと、ずっとここにいてくれたんでしょ?」


「私とジョアは、オルキナ様と常に一緒なので」


「そっか、じゃあ、ジョアにも後でお礼を言っておかないと…」


「リリャさん、私たちにまで気を遣う必要はありませんよ」


「え、なんで?」


「私たちはあくまで、オルキナ様の使用人です。リリャさんには、我が主と親睦を深めていただきたく…」


「やだよ、そんなの」


 私は、そこで彼女の言葉を遮って言った。


「だって、私、ブルトとジョアも友達だから、二人ともオルキナと同じくらい仲良くなりたいって、いつも思ってるよ」


 ブルトが呆気にとられたような顔をしていた。私は当たり前のことを言っているつもりだったが、彼女には、どこか、驚くポイントがあったのだろう。


「ですが、私とジョアは…」


「オルキナの使用人なんだろうけど、私は、ブルトとジョアも同じクラスメイトで友達だから、それは絶対だから、わかった?私は、二人のことも好きなんだからね」


「………」


 固まっていたブルトだったが、次第に、彼女の表情が柔らかくなっていくのが見て取れた。


「ありがとうございます。リリャさんは不思議な人です」


 ブルトがそっと微笑んだ。彼女の笑みはなかなかに貴重で得した気分だった。

 私が、可愛いなぁとジロジロと嘗め回すようにブルトのことを見ていたが、そこで、何か違和感を覚えた。先ほどまでの会話で、私が驚かなくてはいけないようなことがあったような気がしていた。


「あれ、そういえば、さっき、ブルト、なんて言ったけ?」


「何がですか?」


「えっと、ブルトたちはここに何日いたんだっけ?」


「三日間です」


「みっかかん…」


 私は、その簡単な単語を理解するために、数秒を要した。


「み、三日!!!?」


 その絶叫で、ジョアとオルキナが飛び起きるのだった。



 ゴールデンウィング杯、五日目の朝、リリャ・アルカンジュは目を覚ました。

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