目覚める少女
【リリャ】が目を覚ます。自分が目を覚ましたことを自覚すると、すぐに部屋のカーテンを開けて早朝の光を入れた。勉強机に置いていた赤いカバンの中を確認し、今日使う式典のパンフレットを眺める。
「今日から私も…」
リリャそのパンフレットをくまなく読み込み、今日何が起こるかすべてを把握した。高い椅子の届かない足をバタバタさせながら、終始口角を上げていた。
気が付けば一時間程が経っていた。するとようやくリリャのルームメイトである【ルコ】が目を覚ました。
ルコが上半身をなんとか自力で起こすと、ポヤポヤとし寝ぼけ眼を擦りながら、毛布をどけていた。
「あ、やっと起きた」
「リリャちゃん…」
「おはよう、ルコ」
「おはよう、リリャちゃんはもう起きてたんだね…朝強いよね」
「ルコ、あなたが朝に弱すぎるのよ」
「そっか…」
「もう、しっかりしてよね、今日は大事な日でしょ、そんなんじゃ、式典にだって遅れるわよ」
「え、もう、鐘なっちゃった?」
「鳴ってたら起こしてるわよ」
「そっか…」
「それにしてもリリャちゃん、今日はずいぶんと張り切ってるね」
「当たり前じゃない!だって今日は特別な日なんだから!」
リリャがルコのベットのもとまで行くと、目を輝かせながら言った。
「私たちが魔法使になる最初の日なのよ!!!」
レゾフロン暦1600年4月。レイド王国の西部にある都市パースにある【魔法学園アジュガ】は、高い崖の上にあった。
そこでは今日、十三歳になる新しい魔法使い見習いたちが集い、立派な魔法使いになるために、入学を待ち望みにしていた。
魔法学園アジュガは、通常の初等教育を終えた子供たちが、学園でさらに九年間、勉学、魔法学、そしてなにより人と繋がりを通して、小等部、中等部、高等部と各二年ずつの六年学んだあと、学園内でさらに三年魔法研究をすることで修了となる長いカリキュラムが設定されていた。
魔法学園アジュガは、より優れた魔法使いを輩出するため、魔法使いとして魔法学の発展と、それに伴った社会への貢献、さらに人との繋がりを重視し、そこで得た価値観で人間として成長することを学園は目標に掲げていた。
魔導、貢献、友愛。それが魔法学園アジュガの三大目標でもあった。
リリャとルコもそんな学園の一年生として今日が晴れ舞台の日だった。
親元を離れ、リリャとルコが新しい寮で生活しているのもそのためであり、二人は昨日この学園アジュガ内にある寮に到着し、今日という日を待ち望んでいた。
リリャにとってそれは退屈からの脱却であると同時に、自分の理想の魔法使いになれるチャンスでもあった。
入学式直前、リリャとルコは寮を早めに出て、パンフレットに書いてあった会場の学園アジュガ内にある体育館へと向かっていた。
リリャの赤いリボンで一つにまとめた金髪が朝の風に揺れる。どこまでも澄んだ赤い瞳が今見る景色は夢にまで見た憧れの場所だった。そして、隣には同じく、金髪をなびかせ、果てしなく夜に輝く青い星のような瞳を眠たげに瞬かせているルコがいた。
寮を出てからしばらく歩くと、これから二人が通うことになる校舎があった。東館と西館に分かれており、それぞれが各学級の教室になっていた。
リリャとルコはそんな自分たちの校舎の前を歩いて行く。
「ねえ、ルコ」
「なに?リリャちゃん」
「ルコはどんな魔法使いになりたいの?私、そのこと聞いてなかったよね」
「わ、私?私は、えっと、そのね…」
ルコがなかなか恥ずかしそうに将来自分がなりたい魔法使いのビジョンを言わないので、リリャはじれったそうに彼女を急かした。
「そんなもったいぶらないで言ってよ、結局今のいままで教えてくれなかったんだからさ…」
「え、だって、その…なれるか分からないんだもん…」
「そんなの今のわたしたちじゃ分からないのは当然だよ、だって、まだ魔法のこと何にも知らないんだから。これから、ここで学んでいくんだから頑張れば何にだってなれるよ!」
リリャがルコに力強く迫ると、彼女は降参して恥ずかしそうに口を開いた。
「えっとね、私、しろ…」
「しろ?」
「白魔導士になりたいの…」
そこでルコが顔を恥ずかしそうに手で隠した。そこまで恥ずかしがるものなのかと思ったが、リリャはそれが何なのかさっぱり分からなかった。
「白魔導士…」
白魔導士。それは治癒を専門に扱う魔法使いの中でも最高級の魔法使いだった。
「そ、そう、だけど白魔導士は、みんななれるものじゃなくて…白魔法を使えるようになるにはとっても大変で……でも、でもね、私、それを頑張りたいなって……」
ルコは自信なさげにそれでも、リリャは彼女の中には揺るぎない決意のようなものを見透かしていた。
「なるほど、ルコは、お医者さんになりたんだ…」
「えっとね、うん、だけど、一番は困ってる人を助けたいんだ…」
「すごいよ、ルコは…」
リリャは、親友のルコがとても志が高くて、誰かのために魔法使いになる彼女と、自分の成りたい魔法使いのビジョンの差が酷く、自分がとても滑稽に思えてならなかった。
「ルコは本当に凄い…私、なんて、空飛ぶ魔法使いだよ………」
空を自由に飛びたい。それだけの為にリリャはこの魔法学園であるアジュガの扉を叩いた学徒のひとりだった。空を飛ぶ鳥や翼竜のように空を自由に飛べたら楽しいだろうなというそんなぼんやりとした想いがあった。それと、純粋に、空を飛べたら移動が楽だよねという欲もあった。
「空を飛ぶ魔法使い、す、すごい、私、きっと、恐くて無理だ…やっぱり、リリャちゃんは凄い…私にはで、できない…」
ルコが、恐れを抱く深い青空を見て身体を震わせていた。
「アハハハ、そんなすごくないって、それに飛行魔法は、きっとルコも授業で習うと思うよ」
「えぇ!そうなの!?」
「うん、学園の手引書の基本のカリキュラムの欄にあったよ、飛行魔法訓練基礎の実施って」
「よ、読んでなかった」
「私はどんな科目があるか、一通り目を通したからね、覚えちゃった」
「リリャちゃんのそういうところ…羨ましいな………」
ルコがリリャをキラキラと憧れる目で見る。
「そんな、凄くないよ…」
ルコからの視線がリリャを得意げな顔にする。
リリャとルコが歩いていると、ちょうど校舎の前まで来た。六階建ての大きな校舎は見上げるだけで、二人は後ろにひっくり返ってしまいそうだった。さらに立派な玄関の前の広場には大きな噴水があり、涼しげであった。さらにその噴水の先の石畳の緩やかな坂道は、学園の外に続く正門まで続いていた。そこから先には崖の上に広がる小さな街が広がっていた。
『これからここで私の魔法学園の生活が始まるんだ…』
リリャがこれから自分たちが生活する場所がこんな素晴らしい場所なんだと思うと、内心にやけが止まらなかった。
「あら、あなたたち、もしかして、新入生?」
そこには今まさに校舎の扉から出て来たおそらく先輩である女子生徒の姿があった。
「はい、そうです。これから体育館に向かおうとしてたところなんです!」
リリャが前に出て、ルコが後ろに隠れる。
「あれ、でも、まだ、入学式まで二時間以上もあるよ?」
その女子生徒が遠くに聳え立つ時計塔を見て、時間を確認していた。
「はい、早く体育館にいって、早く入学したかったので」
「フフッ、入学式は逃げないから大丈夫だよ、それに今行っても、誰もいないよ」
「なら、ルコと二人で待っています」
リリャはルコと一緒に居ればどんな時間だって苦にならなかった。それにずっと楽しみにしていた入学式までの二時間などリリャのこれまでの魔法学園への憧れに比べたら一瞬だった。
「そう、二人は仲良しなのね?」
「はい、とっても!」
そこでルコが食い気味に返事をすると、リリャがなんとも言えない優越感に浸った顔をしていた。
「ねえ、そんな仲良しお二人に私から提案があるんだけど、どうかな?」
「なんですか?」
「入学式の時間まで私が校内を案内してあげるっていうのはどう?」
その提案にリリャとルコが顔を見合わせると、二人して大きく頷き合った後、マリア先輩に向かって声をそろえて言った。
「お願いします!」
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