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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

【短編】異世界に転移した彼は、魔物の妻が人を喰うのを今日も止める。ギリギリで。

作者: 鶴嶌大晩

「コウイチ・・・。え、獲物を捕まえてきたよ・・・」


木々が生い茂る森のさらに奥。禍々しいオーラを醸し出している大きな洞窟の中では、こう言いながら魔物が捕らえた人間を地面に放り出す。


その魔物、ぱっと見は人間の要素を一部には残しているものの・・・。しかし、やはり異形。


長い髪は漆黒で艶がある。だが周りのものを反射するほどピカピカなのはさすがにおかしい。


瞳は淀みなく輝いている。だが合計で8つも目があるのはさすがに普通ではない。


唇は赤々としており色っぽい。だがその間から鉄をも食いちぎるほどの牙が見えていたらさすがに恐ろしい。


肌はきめ細かく白い。だがその白い肌を持つ腕も4つあるとさすがに逃げ出したくなる。


そしてその身長は3メートルを超えるほど・・・。さすがに、いやこれ以上はもう言わなくても良いだろう。


この魔物だが、しかし声は年頃の若い女性のように澄んで美しい。ひとたびこれを聞いてしまうと、姿さえ見えなければ、森を散策していた男性などコロッと近づいてすぐに捕らえられてしまうだろう。


「こ、ここはどこだ!」


地面に転がっている、ボロボロになった中年男性。彼は周囲をきょろきょろと見渡しながら必死の形相で叫ぶ。


「だ、誰もいないのか!?誰か助けてくれ!まだ死にたくない!喰われたくない!」


「もう、ラーリラ。人間を狩ったらダメだよって前にも教えたじゃないか?」


すると洞窟の奥から人影が姿を現す。


「お、お前は人間か!?」


その正体は、右手に小瓶のようなものを持っている若い人間の男性。


魔物はこの男性の姿が視線に入ると嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、大人しそうで眼鏡をかけている彼に向かってこう語りかけた。


「ど、どうかなコウイチ?これぐらい丸々太っているとさすがのコウイチでも美味しそうって思うよね?だ、だから今日はこれを一緒に夕飯で・・・」


「だからラーリラ。僕は人間のことを食べない。そして僕と君が結婚した時に約束しただろう?君ももう人間を食べない」


「う、うぅぅ・・・。分かった・・・。でも美味しそうだったから・・・」


『コウイチ』と呼ばれた青年が優しく、そして力強く言葉を発すると『ラーリラ』と呼ばれた魔物はしゅんとして肩を落とす。


そしてこんなやりとりを戦々恐々と見ていた中年男性に対し、コウイチは「すみません、僕の妻が」と謝罪を口にしながら近づき、しゃがみ込んで小瓶の蓋を開けた。


そこに入っていたのは白い軟膏。するとコウイチは瓶の中に指を突っ込み、中年男性の傷にその軟膏を優しく塗っていく。


「少し出血こそしていますがこの薬ですぐに治ると思います」


コウイチの言う通り、驚くような即効性のあるその軟膏によって、中年男性の傷はみるみるうちに止血された。


しかしこの中年男性。コウイチに向かって礼を述べるどころかガタガタと震えて指をさす。


「お、お前・・・噂には聞いていたが、もしかしてこの化け物の夫か・・・。何人もの人を喰って生きてきたこの化け物に婿入りしたっていう変人の・・・。あ、頭おかしいんじゃないかお前!」


洞窟に響くほどの大声。


だが、それを聞いてもコウイチは動じない。


「ええ、そうです。でも『化け物』っていうのは語弊がありますね。よく見てくださいよ。可愛いでしょ、ラーリラ。しかもセクシーなところもあるじゃないですか」


なおも傷や打ち身の箇所に軟膏を塗るコウイチは、こう話してラーリラの方を見る。


彼女は人間を捕らえたことでコウイチから咎められて少し落ち込んでいたのだが、愛する夫からの視線に気がついて笑顔で手を振っていた。


「な、何なんだよお前は・・・!どうしてこんな化け物と・・・。こ、こいつは村でも恐れられているとんでもない奴で・・・」


「はあ・・・」


ここまで冷静な態度だったコウイチだが、ため息をつき、中年男性の口元に人差し指を添える。


「妻の罵倒はそこまで。お気持ちは分かりますが、これ以上ラーリラのことを侮辱すると僕も怒りますよ?餌になりかけたところを助けたのでお互いにここまでにしましょうよ」


さらに彼は男性の耳元に口を近づけると小声でこう囁く。


「そもそもラーリラの行動範囲というのは結界を張って進入禁止に設定していたはずです。あなた・・・どうして妻に捕まったんですか?」


「そ、それは・・・」


コウイチの言葉を聞いて、中年男性は言葉に詰まる。


「僕らは不可侵条約を結んでいますよね?でもあなたはそれを破ってこちら側に来た。それに背負っている武器は何ですか?ポケットから覗いている毒草は何のために?」


小さな声によってなされている彼らの会話の内容が聞こえないラーリラは静かに首を傾げているが、なおもコウイチは続ける。


「確かにラーリラは人喰いの過去があります。だけど僕と出会ってからは一度も人間は口にしていません。一度もです。おまけに彼女は自身よりも凶暴だった兄を殺して人間社会から恩赦を受けた。ご存知ありませんか?」


「・・・わ、悪かった。傷も治ってきたしすぐに帰るよ。だから、だから解放を・・・」


さらにコウイチはトドメとなるような一言を、中年男性に向ける。


「ラーリラは『人を喰わない』という誓いを結んで、それは不可侵条約の条件となった。まあ破りかけることはありますが。それは必死で止めますが。だけど僕は何の誓いも結んでいない。意味は分かりますか?お前のことを・・・僕が八つ裂きにしても良いんですよ?」


「分かった!本当に悪かった!村の金持ちから依頼を受けて来たんだがもう何もしない!それに二度とお前の妻にも近づかないから許してくれ!」


正直にこう話した男性は、飛ぶように起き上がると、とてつもないほどの凄い勢いで土下座をした。





コウイチは1年前、日本からこの異世界に転移した。


当初こそ訳も分からなかった彼だが、じきに自分の役割に気づく。


彼の転移の目的は『人を喰らう魔物』の討伐だったのだ。


コウイチは自身の転移先である村で武術や剣術を学び、半年ほど経過したところで魔物を倒すために森の中に足を踏み入れた。


そして件の魔物と対峙したのだが・・・。


「来たな!人間からの刺客!また食いちぎってやる!お前たちはしょせん餌なんだよ!」


「!!」


「どうした!かかってこい人間の男!」


「あの・・・」


「・・・あの?」


「あの、やっぱり話し合いでどうにかしませんか?それに好みのタイプなんですけど一緒にお茶とかいかがですか?」


「・・・。オチャ?」


ラーリラを目にした途端、頬を赤らめるコウイチ。


彼はこの魔物に一目ぼれしてしまったのだ。


「ねえねえオチャ?オチャって何?コノミノタイプって何?」


これまで掛けられたことのない言葉に困惑しているラーリラを見ながら、コウイチは淡々と続ける。


「あ、えっと。一目ぼれしたってことです。その美しい髪。綺麗な瞳。眩しいほどの肌。可憐な腕。だから仲良くなるために一緒に食事でもしませんか?というか口説きたいので」


「・・・お前も人間を喰うのか?一緒に食べるか?」


「おっと。出来るだけ相手の文化に合わせたいところですけど、さすがにここの是正は必要ですね。だけどそれを乗り越えたらその先には幸せな生活が待ってるはずです」


こうして彼は手に持っていた武器を捨て、ラーリラと共に生きることを選んだ。





ラーリラが中年男性を捕らえ、そしてコウイチの手によって解放された日の夜。


2人は大きな布団の中で一緒に包まって今にも眠ろうとしていた。


「コウイチ。今日は人間を狩ってきてごめんね。ダメだって言われてたのに、もう少しで誓いを破るところだった」


その大きな躯体でコウイチのことを抱きしめながらラーリラは反省の言葉を口にする。


「まあ今日もギリギリで止められたから大丈夫だよ。気にしないで」


「うん・・・。でも体が勝手に動いちゃうの。生まれて初めてわたしのことをここまで愛してくれるコウイチのことを裏切ってしまうと分かってても・・・」


ラーリラの言葉には力が無い。さすがに彼女でも、幾度も本能に負けかけてしまうことにショックを受けているようだ。


「色んなことをしてせっかく手にした平穏なのに。コウイチが準備してくれる野生動物の料理も美味しいのに・・・」


するとコウイチはラーリラの、目が8つもある顔を優しく撫でる。


「だから大丈夫だって。この先、何があっても僕がどうにかするから、また人間を捕らえても僕が止めるよ。たとえそれがギリギリになってもね」


そしてそれを聞いて安心した様子のラーリラはコウイチに頬ずりすると次第にその目は閉じていく。


じきに森の奥にある洞窟の中では。


人喰いの魔物と、人間であるその夫の寝息が響くだけになった。

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