家族の声が聞こえる。
男は暗いトンネルの中を歩いていた。
前方に灯が見える。
灯の方へゆっくりと歩を進めると駅が見えてきた。
ホームの端にある階段を上がり周りを見渡す。
誰もいない、駅の中に駅員も電車を待つ人も誰の姿も見えない。
ホームから地上に改札口に向かう階段は何処だ?
何処にも階段が見当たらない。
男はトンネルの中を歩いていた理由を思いだそうとする。
何時ものように地下鉄に乗って会社に向かおうと混雑するホームで電車を待っていた。
その後が思い出せない。
頭を抱え思い出そうとする男の耳に、家族の声が聞こえて来た。
「あなた!」
「お父さん!」
「パパ!」
男は顔を上げ声のする方を見る。
歩んできたトンネルと駅を挟んで反対側に伸びるトンネルの奥から、男を呼ぶ家族の声が聞こえて来ていた。
男はホームを横切り反対側の階段から線路に下り声のする方へ歩む。
病院のベッドの上に身体に呼吸器用のチューブや心電図用のコードをつけた男が横たわり、ベッドに横たわる男の周りに家族がいて声をかけ続けている。
「あなた! 目を開けて!」
「お父さん! 気が付いてくれよ!」
「パパ! 死なないで!」
男は混雑するホームで後ろから押されホーム下に転落、レールの間にある電線に接触して感電死は免れたものの意識不明の重体になっていたのだった。