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聖女を知る者はいないシリーズ──ここをクリックすると、シリーズ一覧に飛びます。

聖女を知る者はいない。──side エイドラ

作者: 昊ノ燈

「聖女を知る者はいない。」のスピンオフです。

正直、救いのない話ですが、合わせて呼んでもらえると、ちょっと深く味わえると思います。

「物心ついた時は、町や村を廻る大道芸人の一座にいたんだよ」

 濁った酒をチビリと口にしながら、少女は呟いた。

 年に似合わないスレた少女に、聞くか聞かぬかはっきりしない口調で相槌を打つと、少女は、言葉を続ける。

「大道芸人って言ってもさ、売るのは芸だけじゃない──」


 当時は、王都から離れた町や村を行き来するのは、行商人か依頼を受けた冒険者、そして数少ない娯楽を売る大道芸一座くらいだった。

 娯楽の少ない小さな町や村で、大道芸一座は歓迎されたが、それは女子供に限った事ではない。男達にとっても都会の香りのする女を買える数少ない機会であったのだ。つまりは、春を売っているのである。


「アタシはね、売ることはなかった。単に子供過ぎたからとかじゃない。貴重な魔法が使えたからなんだよ」

 そう言って、指先に小さな炎を灯す。

「一座にいた爺さんが魔法を見せる芸をしててさ、自分と同じく魔法に適正があったアタシに魔法を仕込んでくれたんだ。でもさ──」

 一座が襲われたんだと言った。

 村と村との間、寂れた街道でゴブリンの群に襲われた。

 ゴブリンに襲われた者達は、男なら殺され、女なら犯される。

「アタシは、一座で小間使いをしていた男に連れ出され、難を逃れたんだ。難を逃れたと思ったんだよ…………。禿頭で目がギョロッとした小男でさ、まるでゴブリン。ゴブリンの群からゴブリンが助けてくれたんだ、笑えるだろ。胸も張っていない幼女が好きな男でさ、既に売りをしていたアタシより年下の子達に手を出そうとしてたんだって。相手にされなかったらしいけどさ。ああ、世の中いろんな性癖があるからね、幼子にも需要があるのさ」

 まだ、花も恥じらう歳にも到底至っていないだろう少女が、苦い顔をして手酌で酒を足す。

「当然そうさ、ああ、想像通り。アタシは襲われたよ。姦られたんだよ。そのゴブリン男にさ。初だぜ。初がゴブリン男。笑うだろ〜。いくら魔法が使えるからってもさ、今仲間達がゴブリンに襲われたばっかりの子供がさ、抗えると思う?無理だよね。初がゴブリン男…………」

 少女の手酌を止めて、自分の酒を注いでやると、小さくサンキュと言って、話を続ける。

「でもさ、笑えるんだよ。才能?精神状態?暴走?よく分からなかったけど、突っ込まれたままさ、ゴブリン男を焼いちゃったんだよ。比喩じゃないよ、本当にさ、燃やしちゃたんだよ。それまで、どんだけ頑張っても、そんな火力の魔法使えなかったのにさ。姦られた瞬間にレベルアーップてさ」


 少女の話は続いた。



 ◇


 王都の片隅、治世の恩恵の欠片すらも与えられる事のない、扉の無い酒場には、色んな噂が聞こえてくる。

 その中に炎を操る少女の噂があった。

 炎の魔法を操る少女が、破落戸(ゴロツキ)を燃やしただの、人攫いを燃やしただの、ギャングの男を燃やしただの…………少女はスラムの掃除人と呼ばれるようになってしまった。正体を知られぬまま、少女エイドラの名だけが響いていった。

 多分、違うんだろう。

 抱いた男を燃やしてしまう、可哀想な少女。

 (いたずら)に見た目が良いばかりに、男を引き寄せてしまうロリータ。

 儚げな雰囲気に巨大な魔力。


 ある日、少女が、ある貴族の三男を焼き殺したと聞いた。

 悪い噂が付き纏う男であった。身寄りの無い女を攫い、弄んだ末に殺すというものである。


 少女に合った。

 スラムのドブの中で横たわっていた。

 服は破き剥ぎ取られ、手足にはロープの跡、白い肌には夥しい青黒い痣と切疵が見える。

 微かな呼吸で、少女は言った。

「悔しい、悔しいよ…………。なんで、こんなに苦しまなくちゃいけないの?温かい飯を食べてる奴もい…………ケホッ」

「ああ、綺麗な服に身を包んでいる奴もいるし、暖かい布団で寝てる奴もいるな」

「……悔しいよなぁ、明るい場所で産まれただけの奴等。アタシらは何なんだよ?貴族の玩具?ただの性の捌け口?」

「ああ、ああ」

「…………悔しいよなぁ、全部壊れちまえば………………良………………い…のに!」

 急に少女の手が力強く、私の胸を掴む。

 何か強い力が彼女の手から私の中に流れ込む。

「悔し……い…………よ………………な……………………………」

 少女の体から、温度が消えた。

 手から力が抜けていく。

 ブロンズの柔らかな髪が指から流れ落ちていった。

 

 私は、少女の身体を燃やした。

 少女の力を受け継いでしまったのが分かった。

 私の始めての魔法で燃やされた少女の身体は、骨すら残さないほどの炎に包まれ、細かな灰となって月の無い夜空に舞っていく。

 ああ、彼女は、やっと自由になったんだ。


 私は、彼女の名前を聞いていない。

 同じくらいの年でありながら、世界に見捨てられて、目の前で死んでいった少女。


 噂で聞いた彼女の名前、エイドラ。

 私は、エイドラとなり、生きていこう。

 どうせ、私もドブ臭い陰で生まれた小娘。

 彼女の代わりに〝壊そう〟。

 彼女の代わりに………………。



 ◇◇◇


 彼女に似た、ブロンズのフワリとした女を見た。

 純白のローブに身を包んで微笑む女。

 何故か許せなかった。

 女の存在が許せない。


 だって、彼女が『悔しい』と、言ったから。



ありがとうございます。

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