番外悪霊33
「何の冗談ですか?これはっ。」
銀座の外れの喫茶店で担当が乱歩を睨む。
今回の乱歩はモダンボーイ。
ダブルの縞のスーツでオールバック。
スッキリと剃られた口ひげが、清潔感をかもしている。
「何か、変かな?」
少し、よそゆきの声で、少し、わざとらしい東京弁を発していた。
「変も何も…なんですか、犯人が能力者って。」
「福来氏の実験に触発されてね。一気に書き上げてしまったよ。」
今回の乱歩。イケメンだけど、いい気になりすぎてる。
雑誌者の担当の怒りの意味など…気にも止めてない。
「触発?って、ダメでしょ?念力でカミソリを動かして殺したなんて!
うちは、推理雑誌なんですよ?」
担当の悲鳴のような抗議も、今度の乱歩には称賛に聞こえるらしい。
「なぜ、念力を使ってはいけないのだ?」
「いや、ダメでしょ?念力は!そんな事を言い出したら、何でもありになってしまうじゃないですか!」
担当さんは、自分の意図が伝わらずにイライラする。
それを乱歩は、上から目線の哀れみの顔で見つめる。
「文月君!君は、魔法や妖術と念力を一緒に考えているね?」
担当さん、名字は文月と言うらしい。
「は?何が違うんですか?」
文月君は、好戦的に睨み、そして、続ける。
「ああ、違いはあるでしょう…西洋と東洋の文化の違いもありますし、が、そう言うのはいいので!
物理法則にのっとって執筆を願いますよ。」
文月、訳の分からない会話に苛立ち、不遜な態度で乱歩に貰った原稿入りの封筒を返す。
乱歩は、その封筒を180度回して文月に突っ返す。
「物理法則に乗っ取っているさ、20世紀の最新の!
君が信じなくとも、能力者は実在するんだよ。
古くは役小角。
最新では、長南年恵。
1900年年恵は神戸地方裁判所で、御神水を満たした事件がある。
文月君、君は、まさか、記事を書いた大阪毎日新聞をインチキと言い出すつもりかい?」
長南 年恵…昭和の不思議ものによく出ていた、空から物質を取り出す…アポーツが出来た能力者である。
彼女が有名になったのは、詐欺行為として何度か逮捕、拘留され、そんな過酷な環境でアポーツを行い、無罪判決を勝ち取った経緯があるからだ。
これには、文月も絶句する。
まさか、新聞の…報道記者をインチキ呼ばわりはできない。
その様子に乱歩は、愉快そうに笑い、話を続ける。
「時代は変わっているんだよ。アインシュタイン先生の講義は聴きにいかなかったのかい?
ニュートンが築いた重力の法則は、1919年アメリカの日蝕の観察で崩壊したじゃないか。
重力は下に引っ張るだけの力ではない。
時には、天へと物を引っ張ることもあるんだよ。
念動力だって、数年先には当たり前の力として新聞を飾る可能性もあるんだ。」
今度の乱歩は饒舌だ。そして、どことなく、山臥のような胡散臭さがただよう。
「先生!物理の講義はいいですから。
読者は、訳の分からない物理の講釈ではなく、密室殺人のあらましを知りたがってるのですよ。
江戸川乱歩、2年ぶりの渾身の一作を!
催眠術は許しますから、念動力はやめてください。」
文月に言われて、乱歩はヤレヤレ顔になる。
「君、これは、新しいミステリーの形なんだよ。
君は、今、日本の文学史を1つ、変えてしまった事を後悔する日が来るよ。」
乱歩はため息をつき、突き返された原稿を受けとる…
ああ、本当にそんな原稿あったら読んでみたいわ。
実際、70年代…90年代にも、SFミステリーの名作がある。
江戸川乱歩のSFミステリー…どんな話になったのだろうか。
ボンヤリとそんな事を考えていると、山臥が、克也のさっきの台詞の揚げ足をとりにかかっていた。
「そう言えば、克也さん。ドイルもSF怪奇もの書いてるよ。」
山臥の説明に、えっ?となった。
が、確かに、ドイルはチャレンジャー教授のシリーズを書いていた!
笑いが込み上げてきた。
偉そうにエドガー・ポーがどうたらと言ってた克也がまさかの酔っぱらいに一本とられたのだから。




