番外悪霊20
「なるほど…。なかなか面白い筋書きだね。」
山臥は子供のテストでも誉めるように私に言った。
「そうでしょ?で、色々あって、連載は中止になるの。」
私の心の中で、肺結核が悪化する横溝先生が浮かんでくる。
7月にサナトリウムに向かうことになる横溝先生…
それは、そこでの死を意味している。
4月に…乱歩先生がそれを知ったら…
動揺するかもしれない。
「随分と少女趣味な話だね。」
山臥は皮肉を言う。
「少女趣味?」
「結婚して、子供もいる男同士が、生活をそっちのけでそんな事考えないだろ?」
山臥は気持ち悪そうに眉を寄せる。
「あら、昭和初期よ。男が女房子供を養うのが当たり前の時代なんだから、男同士、助け合う気持ちがあってもおかしくないでしょ?
それに…横溝先生は不治の病なんだから。」
私の反撃に、山臥は面倒くさそうに左目をつぶって苦笑いする。
「はい、はい、すいませんね。」
「そうよ。結局、アンタ、何も考えてないじゃない!」
ブー垂れる私に山臥は面倒くさそうに謝り、しばらくしてから、ビールの残りを飲み干して、口を開いた。
「じゃ、こんなのはどうだい?
休載になってから、密室殺人について、横溝正史にも担当が相談に行くんだ。
すると、横溝正史が酷い肺病にかかっているのを知るんだよ。
横溝正史は、乱歩の窮地を救えなかった…。」
「そんなの、悲しいわ。」
私の言葉を山臥は右手を出して制止する。
「まあ、まあ、ここで、ドイルの『ソマ橋』がでてくるんだよ。」
「え?」
私は、少し興味が出てきた。
「横溝正史は、闘病生活や、社会情勢で思うままの創作活動が出来なくなっていた。
探偵小説は禁止され、終戦後、表現の自由を得た彼は、昔の…江戸川乱歩の『悪霊』について思い出すんだ。」
酔いのまわった山臥は、なんだか、インテリ風味に話始める。
「で?」
「そして、ある日、出版社から密室殺人のオファーが来ると、『悪霊』の時の混乱を思い出すんだ。
そうして、産み出されたのが『本陣殺人事件』金田一耕助シリーズ。」
え?
と、驚いた。
調べると、『本陣殺人事件』は、ドイルの『ソマ橋』から着想を得たらしかった。
そして、この作品は日本家屋で初めての密室殺人らしい…
この作品から、横溝正史の名前は爆上がり、金田一耕助は、現代でも日本の探偵として、明智小五郎と肩を並べる伝説の探偵である。
「すごいわ!色々、ツッコミどころはあるんだろうけれど…そんなドラマがあったとしたら、面白いよね。それにしても…そんな事、よく知ってたね?」
私は、ボンヤリと空中に手を降る酔っぱらいの山臥が頼もしく見える。
「まあ、黒いヒトのうけうりだけど、な。」
山臥は、訳の分からないことを言いながら、ほろ酔い気分を楽しんでいた。




