番外悪霊16
「アンタって…なんか、凄いわ…何て言うか、予想外の世界をみせてくれるもん。」
山臥は、私の考えた乱歩と正史の熱い友情話を一通り聞くと、ふっ、と、笑って乱歩先生のあの台詞を…
昭和の洋楽吹替え声優顔負けの、情感こもった演技で発した。
『脱け殻同然の文章を羅列するに堪えられません』
少し前まで、控えめで繊細な感じの悲壮感あふれるこの台詞は、山臥の無駄に通る声とファミレスに集う、深夜客の冷たい視線に悶えながら、なんとも派手で下品な雰囲気に染まった。
「惚れちゃ…駄目だぜ。」
酔っぱらいの山臥の扱いに困り始めた。
と、同時に、新しい江戸川乱歩像を山臥に見た気がした。
ちゃらんぽらんで、人好きで、派手で、それでいて、どこか孤独を愛するような…
「惚れないけどさ。1つ、アンタの推理を聞かせてくれないかな?」
「推理?」
「推理というか…想像というか…。アンタが江戸川乱歩で、この状況だったら、何を考えて、物語を作る?」
少し挑戦的な私の問いに、山臥は、楽しそうにニヤリと笑った。
「ああ…構わないよ。でも、ただじゃ、聞かせられないな。」
と、テーブルに張り付いている特価のビールの写真を綺麗な右の人差し指で叩く。
「仕方ないな…。」
と、ぼやきながら、安いと言っても300円も小説では稼げてない自分の状況に悲しくなりながら注文した。
そんな悲しい現状を知らない山臥は、勝者のように嬉しそうに笑い、そして、ビールが来る前の短い時間を楽しむように話を始めた。
「俺が、江戸川乱歩だったら…こんな依頼は受けないね。推理小説のプロットを横から奪うなんて…
マジシャンのトリックをパクるようなもんだろ?」
「ビール…飲ませないよ(-"-;)」
冷たい私の台詞に山臥は少し慌てたように機嫌をとりはじめた。
「まあ…、そんな不細工な顔しないで。
これは、あくまで、俺の考えだ。が、俺は今、江戸川乱歩なんだろ?
人気作家が病気で、古巣の雑誌が危機に陥ってるんだから、何か、書くよ。」
山臥は、そう言って少し黙り、それから、上目使いに甘えたようにこう言った。
「ビール飲んでからじゃダメ?」
「じゃあ、ビールが来るまで、私の考えた話を聞いてくれる?」
あきれる私に山臥が頷いた。
私は今まで調べた乱歩を思い出しながら話した。
私が…書籍化し、アニメの原作を作れるような…乱歩先生みたいになっていたら…
ある日、やって来た雑誌者の担当を見てどうするだろう?
『悪霊』のはじめの部分を連想した。
1人の小説家の元に、あまり付き合いたくない類いの男が訪ねてくる…
小説のネタを買って欲しいと。
沢山の物語の構成やメモを手に、乱歩先生の元に昔馴染みの編集担当がやって来る。
「すいません!でも、もう、先生しか頼める人がいないのですっ。」
必死の担当…
内緒にしているが、年末の目玉に企画していた横溝正史先生の連載が、体調不良で休載になりそうなのだ。
昭和初期…男は根性と意地で何とかしなきゃいけない時代だった。
乱歩先生は、1度断る。
『人のトリックを使って連載なんて…しかも、後輩で友人の大切な構成を使うなんて出来ない』と。
「なんだよ。それ、俺のパクりじゃないか。」
最後の部分に山臥が噛みつく。
「いいじゃない…それでビールが飲めるなら。」
全く…私は、一年中書いていても、缶コーヒー代すら稼げてないんだよ。
深いため息がでた。
「まあ、いいよ。俺の案は好きに使って。それで、儲けて牛丼でも食べたらいい。」
気楽な山臥が憎らしくなる。が、モーニング一人前も稼げてないなんて、口が裂けても言いたくはない。
「ありがとう。まあ、その価値があるならね。」
私は、思わせぶりに苦笑して、話を続けた。
「乱歩先生は、1度は断るの。でも、横溝先生に肺病の疑いがあると聞いて考えを変えるのよ。」
私の頭の中に、男の…作家の友情が染み渡る。
確かに、他の作家のネタを使って話を作るのは、良いことではないが、
クトゥルフ神話と呼ばれる話もある。
これは、近代アメリカの若者文化から始まったファンタジーで、ラヴクラフトと言う作家が有名だ。
彼は才能はあったが、泣かず飛ばずで亡くなった。
これを、仲間の作家が憂い、彼のアイディアを使って作品を書いたり、彼の作品を出版することで、20世紀を代表する近代ファンタジー作家として殿堂入りした。
「大丈夫かい?そんな適当な話を飛ばして書いて。
江戸川乱歩も横溝正史も実在する作家だろ?
真実は、1つ。しかも、現実にあるんだ。」
山臥の言葉が耳に刺さる。
「いいのよぅ…。どうせ、私は、うっかりものの役なんだもん。
1人で書籍化なんて無理だもん。
だから、私は、昔の読者の質問コーナーみたいな話のスタイルにするのよ。」
少し…羞恥心がわいてきたが飲み込んだ。
「質問コーナー?」
「うん。ほら、昔の雑誌って、日頃の小さな疑問に答えるコーナーがあったじゃない?」
「あったね。」
「それを、私はネット小説でやるわけよ。それはさ、真実を知る人はいるんだろうけど、私は調べきれないもん。
どうせ、素人小説って言われるなら、素人小説に特化してみようと考えたのよ。」
私は口に出して、なんだか自分がバカみたいに思えた。が、良いタイミングでビールにありついた山臥は私を賛辞してくれる。
「それ、おもしろいよっ。」
女を口説くように誉めたおす山臥に、ビールが黄金の飲み物のように思えた。
「日頃の謎を書いて、出版社の…真打ちの作家が、回答を出すわけだ。」
「うん。まあ、そこまでいかなくても…乱歩ファンがどこかで噂にしてくれるかもしれないしさ、私の所でネタバレはごめんだけど、どこかで、ひっそりと、そんな答えが投稿されて、いつか、私が見つける…それもロマンじゃないの。」
私は、書き途中の学園ものを空想する。
私や山臥では、情けなくとも、青春ラブロマンスなら、きっと素敵に違いない。




