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番外悪霊5

頭のなかで80年代の軽快でコミカルな曲が流れる。

最近、この時代の日本の歌が人気らしい。ネットで再燃したらしい…


軽快なトランペットの音に合わせて、剛のように両手で頭を抱えてテンパる江戸川乱歩が雑誌の担当に吠えていた。


『ねえ、どうしょう?こんなにファンレター来ちゃって…見てよ、これなんて高級和紙の巻物だよぅ…

私のすべての作品の総評と、『悪霊』の推理まで書いてあるよ〜』



こんな時、担当編集者って、何を考えるんだろう?

これについては、残念賞に何処かの本物に答えてもらえないものか…


私は、なんとか話の修正をはかる。

ああ、これは悪い癖だ。

私は、よく、脱線してから戻れずにエタの沼に落ちるんだった…


と、空想の乱歩と私が頭を抱える中、剛が暇そうに辺りを見渡して、

「バーガーショップに家族連れが入ってくよ…良いね。卵のハンバーグ食べるのかな(^-^)」


Σ(´□`;)ハンバーグ!


「つよしぃ…ハンバーグじゃなくて、ハンバーガーだから。」

一瞬、自分の悩みが吹き飛ぶ。

私の頭の中で、謎の揚げハンバーグ好きのアニメの魔神が踊り出す。

「あっ…」

「あ、じゃないわよ。もう。」

私は空想の中でもマイペースな剛にため息をつく。

そんな私を興味深そうに剛はみた。

「何、難しい顔をしてるの?」

屈託の無い剛の顔に少し、腹が立つ。

一体、誰のためにこんな事に…


込み上げる気持ちが、この世の者ではない姿の剛の笑顔に潰される…


そう、剛はこの世の者ではない。

私は死してなお、剛を悪魔に貶めてまで、何かを…終わりを探してさ迷い続ける愚者…。


「どうしたの?」

泣きそうな私の顔に剛は、心配そうに私をみる。

「いや、何でもないよ。今年も小説の稼ぎは無理そうだって、そう思ったんだ。」

私はあの約束を思い出す。

名古屋に行って、お得なモーニングを食べる…


一番、食べたがってたアンタが死んじゃって、どんなに書いても500円にもならない小説乱造して…

私、何がしたいんだろう?


虚無が…心に膨れ上がりそうになるのを剛の笑顔が止める。

「きっと、いつかは大丈夫だよ。卯月さんなら、きっと出来るよ。」


………。


「バカね、頑張ったって、どうにもならない事は一杯あるのよ。

本当に、いつも、棒読みの応援しかしないんだからっ。」

私はコーヒーを取りに立ち上がる。

それを見て、剛が少し、恐縮顔で、

「あ、フリードリンク行くなら、シュワシュワ持ってきて。」

と、嬉しそうに頼んできた。

「もうっ。」

と、文句顔になりながら、この、超再現された剛に涙が込み上げる。


こんなに、細部を思い出せるくらいの時間をアンタと暮らした事に…


私は悲しみをふりきるように立ち上がる。

ベルフェゴールに扮装した剛は、もう、痛風を嘆いたりしない。


ベルフェゴール…この悪魔が登場することわざがある


ベルフェゴールの追及…

意味は『不可能な企て』

そう、今更、私の願いは叶わないし、多分、今年も小説で500円も稼げないだろう。



でも、追及を諦めたら、それで全ては終わってしまう。

モヤモヤと後悔を残したまま。



江戸川乱歩先生は、『悪霊』を11月号で連載し、後に2ヶ月休載してから、4月号で連載中止のお詫びをした。


しかも、憎らしい事に、この『悪霊』犯人が解明されるギリギリまで連載されているのだ。


昔、探偵もののドラマを録画し、『犯人は!』という絶妙なタイミングで、録画が切れていた記憶のある私は、これが、読者にとって物凄くモヤモヤするのを知っている。


が、現在、みのがし配信によって、こんな不便が無くなった現代の若者にはわかるまい。


本当に、ずっーっと、モヤモヤするんだからっ!




炭酸飲料と、コーヒーを持って席に戻る。

一人きりのテーブルで、私は冷めたポテトにマヨネーズをつけて食べ始めた。

令和…そう、様々な便利な物に囲まれている。

雑誌を買い忘れても、ネットで再読できる時代…

しかし、現代の若者もまた、未完を悲しむ心はわかるのだ。


だから、エタる などと言う、未完を表す新しい言葉も生まれてくるわけで…

そのネットの最先端で、私もまた、自らの未完の行方を探しているのだ。


wikipediaによると、乱歩先生はこう言った。

『脱け殻同然の文章を羅列するに堪えられません』と。



が、しかし、私は、そんなカッチョイイ言葉を残したって、誰にも相手はされないし、納得なんてされようもない。

そして、乱歩先生もまた、21世紀を迎え、その時代を知らない私に、未完を蒸し返される…地獄の追及は終わらないのだ。


とりあえず、自分の作り始めた話だけは、なんとか格好をつけなきゃいけない。


脱け殻だろうと、意味不明だろうと、私は、私の『悪霊』の結末をつけなきゃいけないのだ。


「ありがとう。」

いつのまにか、席に戻った剛が炭酸ジュースを旨そうに飲んでいる。


さあ、始めよう。


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