思い出
そして、怒涛のGWは終わった。
が、私は平日だけれど休みになったので晴香と喫茶店でお茶をする約束をする。
早く着いた私は、席についてぼんやりと思い出に浸る。
どうして、あんな…剛が法王と悪魔のような姿で夢に出てきたのかは分からずじまいだった。が、剛が等身大の平凡な幸せを望んでいるのを思い出せた。
《別に普通に書いたら良いじゃない。別に誰も気にしないよ》
小説の話をすると、剛は最後にはこう言っていた。
私も、そんな、平凡な物語を書こうと思っていた。
穏やかな休日。地元のイベント、のんびりものの剛。
それだけで、きっと面白い話になるはずなのだ。
なのに、今回も、また、変な方向に話が進む。そういう訳か、オカルト方面に話が流れる。
でも、剛はその方面の話は苦手だった。
普通に恋をして、誰かに愛されて、結婚して、かわいい娘とフードコートで楽しく食事する。
どうして、それだけの話が書けないのだろう?
法王のカードは、宗教的な意味だけではなく、結婚の意味がある。
私はいつも、このカードの宗教的、もしくはオカルトの部分ばかりを見ていたのではないだろうか?
それを夢は指摘したのではないだろうか…
そんな事を考えていると晴香がやってきた。
「ごめん、待った?」
いつもの華やかな笑顔で晴香が言った。
「ううん、私もさっききた所だよ。何頼む?」
メニューを渡した。
晴香はブレンドコーヒーを頼み。私は季節の特製ブレンドを頼んだ。
ケーキセットで。
店の中を甘いコーヒーの香りが漂い、その香りは剛との思い出を蘇らせる。
「なんだか、剛が遅れてきそうだよね。」
私の言葉に晴香は笑った。
「いつも遅刻してくるものね。」
晴香はそう言ってふふっと笑った。
「うん。今年、剛の小説を書いて、この話は終わりにしようと思うんだ。」
思い切って言葉にしてみる。ここで終わらせることは、完全な敗北を。損切りを意味していた。
剛をよくからかった。それについて悪いと思ったことはない。それ以上に面倒と食糧を奪われたから。
でも、たった一度だけ、『お前には新居に呼んでくれる友達なんていない。』と、言ってしまったことが、今でも心に突き刺さる。
だから、友達として、生涯、多分、一度だけの旅行をしようと計画していた。そして、奴のエピソードでお金を稼ごうと思った。
初めは簡単に1万円くらい稼げると思ったけれど、途中で500円。モーニング一食分に目標を変えた。
それでも、彼のエピソードで稼いだ金には、剛の話を、剛を好きになってくれる、何百人の人の想いが詰まっているはずだった。
そう、剛に畳みかけ、そして、皮肉屋で、照れ屋な私が『ごめん。』と謝るはずだった。もう、それは叶わない。それは仕方ない。
でも、ここにきて、この土壇場で、まだ、剛をTSさせて異世界恋愛なんて書こうとしている自分の行動に疑問が出てきた。
亡くなったマラキの予言の最後の法王のことより、私には剛と小説の方が大切に感じた。
1999年の世紀末の時も
2012年のマヤ暦の終わりの時も
2015年の月食の時も、
終末論を話題に色々としていた私が、オカルトより、剛の物語の改変の方に気を取られているのだ。
もう、何を書いても剛は何も言わないし、奴は、もとよりそれを望んだ。
評価なんてそれほど貰えない私には、人の評価に左右される心配はない。
ただ、素直に、剛の事を思い出して、剛の物語を書いてあげたいと思った。
いつもは、ここに、何か、結果か、言い訳を用意するんだけれど、今回は
評価も結果も悪くても、それを受け入れ、そして、そのままの結果を剛の魂に使えるのだ。
「そうね。そろそろ、いろんな物を片付けないといけないのかも知れないわね。」
晴香の言葉が、少し薄情に聞こえた。
と、同時に私が、友人以上に剛に情があるように聞こえることが心配になった。




