冥王の迷宮 41
「能力?なによそれ!アンタ、そんな力があるなら私に味噌おでんを食べさせなさいよ!出来ないでしょ?」
と、叫んで「しまった」と思った。
底辺根性が染み付いてしまい、現実の味噌おでんの価格を忘れていた。
いくら山臥が貧乏でも、おでん位おごる金はある。
二次会行こうなんて言われたら厄介だ。
ああ、何もかもが面倒くさい。
今更、私の創作活動をイジられても混乱するだけだ。
山臥は私を静かに見つめていた。
アンタの馴染みのスナックのおでんなんて食べにいかないわよ。私の食べたいのは名古屋名物の味噌おでんなんだから。威嚇する私に、悲しそうに山臥は笑う。
「確かに、この悪魔大公の力をもってしても…貴女の望む味噌おでんを食べさせるのは難しい。」
アンタ、悪魔大公なんか(゜ー゜)
山臥改め、悪魔大公を見つめた。
確かに、山伏は、年齢に応じて肌艶も悪くなり、夜も更けて無精髭も生えてきてるけど、元がちゃんとしていると、そんな短所も渋味に変わるのだ。
「そうでしょ?私の食べたいのは名古屋の…剛の夢見た味噌おでんだもん。もう、帰ろう。」
私はエンジンをかけようと座り直す。
コンビニには悪いけど、ここはこの酔っぱらいをさっさと送るに限る。が、山臥の手が私の左肩にかかり、それを止めた。
振り替えるように山臥の顔を見上げた。
どアップの山臥の必死な顔に、トレンディドラマの主題歌が流れてくる…
エンジン音がした
あの日、私があのときに…
アナタにぶつかりさえしなきゃ…
カーレディオから流れてきた切ない歌詞が、今の状態にラブシーンを意識させ、笑いが込み上げてきた。
「もう、さみしがりやなんだから。でも、明日も仕事でしょ?」
私は山臥の手を払った。
山臥は困り顔で悲しく笑う。
「貴女の食べたいのは『小説で稼いだお金で食べる味噌おでん』ですよね?チート魔術で不正に増やしたPVで稼いだものではなく。」
山臥の台詞にギョッとなる。
「あ、あたりまえでしょ?いやよぅ、味噌おでんの為に犯罪者になるなんて!」
私は叫んだ。
「確かに、そんな味噌おでんを今すぐになんとかは出来ませんが、私の話を再開して頂いたら…正式に申し込んでくだされば…尽力いたします。」
悪魔大公は私の両手を握りしめた。
と、同時に頭の中で昔の記憶が静かに解けて思い出してくる。
私はミステリー大賞に応募したかった…
ジャーナリストの友人も老師の推しの子でもなかったけれど…
実践付録をリポートして、編集者の目に止まりたかった…
だから、瞑想したり、ESP検査や瞑想やボール紙のピラミッドを作って頭に乗っけたりした。
でも…80年代の花形は西洋魔術。
クロウリーの魔術だった。
悪魔や天使を呼び出したり、アストラルトリップの特集が組まれていた。
私は西洋魔術が好きだった。別冊の魔術特集を買った。
そこには悪魔召喚の呪文までついているスペシャル版だった。
「ゴエティアを…やりましたよね?」
悪魔大公は口説くように甘く囁いた。
「私の時代はゲーティアよ。」
日本語の外国語の表記は時代によって微妙に変わる。
ローマ字中心か
発音中心か
新しい感覚注入のためか
80年代、ゲーティアと表記された悪魔召喚術は、21世紀のゲーム世界ではゴエティアに変わっていた。
多分、昔のイメージを一新したかったのだと思う。
そして、ゴエティアの世界観を私は知らなかった。
「ゲーティア…懐かしいですね。そうでした。そして、貴女は私を呼んだ。」
悪魔大公は夢見るように目を伏せる。
なんだか、悪魔がかって山臥の器が美しく感じた。
「呼んでないわ!私、英語のあの呪文、読めないし暗唱できなかったもん!」
そう、悪魔召喚は危険な儀式で、悪魔を呼ぶには本に記された秘密の呪文を必ず英語で唱える必要があった。
が、私の英語の成績は、誉められるものでもなかったし、スマホもネットも無い時代、辞書を引き引き呪文を解読する面倒に悪魔の魅力なんて消えていった。
平家物語の暗唱すら怪しいのに、英語の悪魔召喚の呪文なんて出来るわけもないのだ。
しかも、2000文字以上はあるような長文だった気がする。
そして、当時のパソコンも悪魔召喚も、一字一句間違うことは許されなかった。
なぜかbasicの授業があった私は、プログラムの打ち込みにピーピー喚くパソコンに昼休みを捧げさせられた。
打ち込んだプログラムを実行し、エラーや無言に泣かされた私は、悪魔召喚に同じ臭いを感じて近づかなかった。
こうして、webで小説を書いていられるなんて、本当に時代は変わったと染々感じる。
ついでに、小説を書くようになり、英語って随分後から作られた言語であることを知り、何で英語にしか悪魔が反応しないのか考えると、インチキ臭をプンプン感じて悲しくなった。
 




