冥王の迷宮 33
山臥の長い人差し指を…自分の下唇で感じていた。 コンビニの駐車場の自分の車の中で。
ドキドキする。
ここに来て、私は唇で触れた、その指の感触に初めての感覚を味わっていた。
クラクラする頭で、それでも私は強く確信していた。
今、私、昭和少女漫画の鉄板のテンプレを実体験していると言うことを!
少女漫画の実写化を三次元とか言うけれど、リアルワールドに召喚されたら多次元なのだ。
点、平面、立体…質量、重力、温度、香り…そして、トキメキ…
私は今、リアルな世界で少女の頃憧れた、少女漫画の王子の指を唇で、鼻で、おでこで感じていた。
この歳になっても…まだまだ知らない世界があることに胸がきゅんきゅんする。
そして、この瞬間をしっかりと作品に生かさなくては!と、考えた。
何だかんだと言ったところで、今の派生はやはり『恋愛』が人気ジャンルなのだ。
そして、私は自分の作品で稼いだ金で名古屋で味噌おでんを食べるのだ。
味噌おでんが旨いのか、クドイのか、それは分からないけれど、それが長年の夢のエンディングであり、それさえ叶えられたら、なんか、私の混乱する創作活動をなんか良い感じに終わらせられる…そんな希望でもあるのだ。
暗がりの中で山臥の顔が見えた。
こんな状況、もう、無いかもしれない…
ドキドキした…そして、目を閉じた。
視覚からの情報で文章を書いていては、漫画の原案から先にいけない。
絵には描けない美しさを、表現が出来なければ、味噌おでんを口には出来ないのだ。
その為には、このレアなイベントをものにし、普通ではわからない、触覚や温度、雰囲気などを経験するのが良いに違いないのだ。
指は長いとは思ったけど、顔に当たると長さが実感できる。額の上くらいまで細くて長い指の感触がした。匂いは…酒臭い…が、ここは想像力で補おう。
山臥が何か、私の挙動に混乱している雰囲気が感じられるが、この不安そうな動きは、恋の予感に変換できそうな気がしてきた。
イケる!きっと、私、恋愛小説で味噌おでん、いや、味噌カツまで食べさせてもらえる気持ちになってきた。
と、幸福感に浸っていた私は急に近づく山臥の上半身に驚いた。
混乱する私の耳元で、山臥は警告する。
「そんな不用意に男の前で目を閉じたら…危険だって、教わらなかったのですか?」
その山臥の甘く低い声に思わず目を見開いて右耳の方を見た。
ドキッとした。
これ…山臥じゃない!
「アンタ、マジ、誰?」私は叫んだ。




