冥王の迷宮 30
車は田舎の暗い夜道を軽快に走る。
山臥の家はここから30分位だろうか…車の通らない静かな国道を走りながらそんな事を考えた。
音楽を流す。80年代のなつかしい曲を…
そして、あの時代を思い出していた。
蠍座は古代バビロニアから存在する古い星座で、古代ギリシアの時代にはオリオンを狙う暗殺者として語られた。
さそり座の闇に隠れる属性もまた、支配星として冥王星がさそり座に関連付けられたのかもしれない。
80年代、さそり座B型女子は、面倒くさいと噂になった。
嫉妬深く、しつこいとか、占いの性格判断から言われたのだ。
現在では、他愛の無い血液型の占いすら色々と批判されてしまうが、これ程バランスよく4つの血液が存在する国は珍しいのだそうだ。だから、もう少し、楽しんでも良い気はするけど…
「さそり座の事でも考えているのですか?嫉妬しちゃいますよ?」
と、寝ていたと思った山臥に言われてビビる。
なぜ、私がさそり座の事を考えたのが分かったのか…と、言う前に答えが流れてきた。
さそり座の女性をモデルにした歌だ。
「もう、その変な丁寧語、やめようよ…」
私はため息をつく。
「変?面妖な事を…レディに敬意を魅せるのは、紳士のたしなみですよ。」
「レディ…紳士ねぇ。」
それ以上は突っ込まなかった。どうせ、酔っぱらいのざれ言だ。
「はい。知的なレディ…その憂いの原因を教えていただけませんか?」
「そんな、へんな顔してる?」
私は前を見つめながら聞いた。夜の闇は深く、車のライトの光トンネルのように丸く進行方向を照らす。
「いいえ。マイナー神に貴女が手こずっていらっしゃようなので。」
「マイナー神って、プルートゥの事?」
「はい。ハデスに合祀されるしかなかった哀れな田舎の神です。」
山臥は声をはる。
全く、人の車の助手席で、カーステレオより大きな音で話しかけないで欲しい。
「まあ、なんでも良いけど、静かにしようよ…夜なんだから。」
私の台詞を、山臥は甘い笑い声で書き消す。
「今は二人きりですよ?右も左も…畑じゃありませんか…それに、対向車も来ませんし。」
山臥の言葉に恐怖を感じた。
甘く…一見、口説き文句のような言葉が、ホラーのオープニングのような既視感を生む。
暑かった夏がいきなり終わり、闇夜にライトに照らされる風景は少女時代に親しんだ外国のホラー映画風味の不気味さだ。
が、それ以上に不気味なのは山臥である。
背筋を伸ばして私を見ている…
車を運転しているので、気になるが気にしてはいられない。
山臥は大人しくなった。
私は音楽を聴きながら考える…
確かに、偶然、冥王星の宮の移動と何かが重なっただけかもしれない。
様々な歴史の偶然に翻弄された私は偶然に驚きをそれほど感じない。
でも、その後、冥王星が蟹座から双子座に宮を動くとき第一次世界大戦が始まっているのも事実である。
「つまりませんね?黙り混んでしまって…。」
山臥はすっかり人格が変わってしまった。が、暴れるキャラで無いことにホッとする。
少し先の信号機を右に曲がれば…山臥の家につく。
「でも…偶然にしてもさ、この後の宮の移動は1914年なんだよ?」
「第一次世界大戦ですか。」
山臥、さすがに反応早い。
「うん。不気味じゃない。」
何か背後に気配を感じながら呟く。
「そうですか?大雑把な移動時期だけなら、遅い冥王星の事ですから、終戦の1918年にも、インフルエンザのパンデミックにも当たりますよね?」
山臥は鳴り出したジャズに合わせて長い右指を軽くスイングさせる。
「まあ…そうだよね?でもさ、第二次世界大戦のあった1939年にも当たってるじゃん。」
思わず叫んだ。偶然でも不気味だと思う気持ちは止められない。
ついでに、なんか、鼻歌を怪しい外国語で歌ってる山臥も!
山臥は、楽しそうに歌い、私は目前の信号機の青のライトにホッとする。
あと少しで山臥を下ろせる。




