冥王の迷宮 21
居酒屋は穏やかだった。 11月初めの火曜日の田舎の居酒屋なんてのは、中年のサラリーマンか、若者がチラホラいるくらいだ。
1グループの人数も、バブル時代とは違ってこじんまりとしている。
私の目の前の山臥だけはバブル全開の笑顔で隣のテーブルの女子に笑顔を振り撒いていた。
「ねえ、他の席の子にウィンクするのはやめようよ〜」
思わず叫んだ。 それでなくとも、最近は色々、トラブルになる可能性がある。
「ははん…嫉妬いているのかい?」
山臥が上から目線で甘く私を責める。
…(--;)こうゆう態度をマウントを取るって言うんだろうな…
「今は面倒な時代なんだから、止めろっていってるんだよ…。」
ため息をついた。
山臥は肩をすくめて私をジッと見つめて「かしこまり。」と、ウィンクをした。
全く…面倒くさい。なんの用事で私を誘ったんだろう?
私が呆れている間に、山臥はパッパと注文を済ませた。そして、本当にビールを飲んでも良いか、念をおしてきた。
「いいよ…ちゃんと送るから。誘ってくれてありがとう。私、ノンアルコールのビールの方が好きだし。丁度、誰かと話したかったんだ。」
早速来たノンアルコールの缶を開けてグラスに注ぐ。
確かに、ノンアルコールの確認の意味もあるのだろうが…やはり、缶を開けるのはちょっと寂しい感じがする。
私の目の前では、山臥が大ジョッキをうまそうに持ち上げていた。
「ビールなんて、珍しいね。」
その姿に思わず言った。
山臥はビールと言うよりワイン派で口うるさいタイプだ。
ビールも小ジョッキを上品に飲むのだ。
山臥はそんな私に少し寂しげに視線をテーブルのジョッキに落とした。
「久しぶりに君と居酒屋に来たからね…初めの一杯は希和さんに捧げようと思ってね。」
そう言って山臥は寂しそうに笑った。
「剛…ビール、好きだったもんね。」
私は剛の大ジョッキを持ってエビス顔で笑う姿を思い出していた。
が、私がしみじみしている隙に敷居ごしに隣の女子に山臥が声をかけてるのを見かけて慌てる。
「全く、油断も隙もない!」
私が声を荒げると、山臥は楽しそうに笑う。
「そんなに怒らなくても、今、この瞬間の俺は、君だけのものさ。」
「はぁっΣ( ̄□ ̄)!」
叫びながら、スマホを取りだし、台詞と状況を書き記す。
ああ、私のバカぁ…
でも、こんな、漫画みたいな台詞をリアルで話す男なんて貴重なんだもん。
いつまでも、怪しげな天文学なんて追っかけていても味噌おでんは食べられない。
少しでも小銭にしたかったら、人気ジャンルを書かなくてはいけない。
人気ジャンルなら、多少変でも更新続ければ、ちょっぴりでも夢が見れるのだ。
その為にも…なんか、イケメンが作れなきゃ…
「本当に…小説、書いているんだね。」
山臥に声をかけられて驚いた。
「ご、ごめん…。」
「謝ることは無いよ。味噌おでん…食べるんだろ?」
ああ、低音で格好つけて味噌おでんの話なんてしないでよ。
「うん…剛がずっと、夢見ていたからね。」
と、ボヤきながら剛を思い出した。本当に味噌おでんを食べたがっていた。
ひつまぶしとか、エビフライなどの高級そうな料理をガン無視して。
「味噌おでんって、普通のおでんと何が違うんだろうね…やっぱり、コンビニのおでんじゃ、それは分からないんだろうね…」
言いながらため息が出た。
私が名古屋で味噌おでんを食べたって、剛には何の特にもならないけど…
あれだけボヤかれたら、私だって個人的に気にはなる。でも剛の夢、モーニングと味噌おでんと味噌カツって、わざわざ名古屋に行って食べるコースではない気もする。
しばらくして、運ばれてきたシーザーサラダを優雅な所作でスプーンとフォークで取り分けながら山臥は苦笑する。
「食べてみれば、きっと、何かが分かるんじゃないかな?」
そう言って山臥は蒸し海老を1つ多く私に取り分けた皿を渡してくれた。
「ありがとう…」
美しく取り分けられたシーザーサラダを見つめながら、私は、冥王星よりミステリアスだと山臥を見つめた。




