1917年7
「まあ、全く無意味でもなかったけどね。
推理小説で間違った推理を披露して、読者を混乱させる人物の作り方は参考になった。」
私は、自分に言い聞かせるように言った。
これは、書いてみないと分からない。
はじめから、間違えようと…正解を知って書こうとすると勢いが出ない。
さすがに西條先生の名前から間違えるなんて、どうだろうとか、赤い朱房がどうとか、正解が分かっていたら、こんなに自信満々に書いたりできない…(T-T)
「そう言えば、そろそろあそこの芋ドーナツが出るね。」
剛は泣きそうな私など気にもせずに期間限定、焼き芋ドーナツの話題をふってくる。
「そうだね。今年も買おうかな?」
少し嫌みに言ってみた。
こっちは、ドーナツなんてどうでもいい。
話を終わらせないといけない。
悪魔の扮装なんて…いつまでもさせてる場合じゃない。
1917年に…
ファティマと不思議な話にもって行かなきゃ。
「いいなぁ…芋…卯月さん、2つ買うんでしょ?紫のと黄色いの。」
剛の嫉妬の視線を浴びながら私は不敵に笑い、他の事を…ファティマについて考えていた。
ファティマはポルトガルの地名である。
しかし、ファティマの語源はアラビア語にある。
ムーア人の姫ファティマが、キリスト教に改宗し、領主と結婚したエピソードにちなんだ地名だからだ。
なので、『ファティマの目』なんて中東の護符がヒットして混乱したりした。
1917年…しかし、この年はオカルティックな年であったのは確かだと思う。
この年、ヒトラーは空からの声に救われ、
ファティマでは、聖母が子供たちにメッセージを託し、
メイザースは、クロウリーの小説で悪役にされて激怒していた…翌年に病気で呆気なくこの世を去ることを、この偉大な魔術師は予知出来ていただろうか?
そして、もうひとつ、スペインとフランスの県境の小さな教会で、一人の男が謎の死を迎える。
レンヌルーシャトーの謎として、後に『ダ・ヴィンチ コード』のヒットと共に話題になった人物が…
ノストラダムスゆかりの巡礼地で、この年、吉江喬松先生たちは、色んなオカルティックな話を見聞きしたに違いない。
そうして、西條先生に手紙をしたためた…かもしれないのだ。
「なんてさ、子供の冒険小説みたいに考えたわけよ。西條先生、ハンサムだしぃ…西洋の冒険野郎にひけをとらないと思ってさ。けど、今回、間違って、図書館で調べ直したらさ、違ってた。」
「は?」
「西條先生、この頃、家庭のイザコザで大変でさ、義兄が家財を勝手に散財して、死ぬの生きるの騒いでいたり、株でもうけて、自費出版してみたり、キリスト教でもないのに、聖杯なんて追っかけたりする暇無かったみたいなんだよ。」
私は喚いた。
別に、これは私の個人的な主観で、西條先生は悪くはない。
寧ろ、様々な苦労の末、自力で書籍化するなんて、素晴らしい事だとも思う。
がっ、底辺生活既に6年目の私は、株で儲けた金で、革の表紙の立派な詩集を作った人物を…羨ましいとは思えても、尊敬なんて出来ないし、聖なるメッセージを受けるような…そんなヒーローポジションにいてほしくはないのだ。
僻みである。
ああ、僻んでいますともっ(T-T)
落選してから、まだ、日が浅いんだもん。
少しくらい、才能がある奴を羨ましく思い、僻んでも良いと思うのよ。
変な解説文を書いて、大間違いの末に、二年近く作り上げた、西條先生のイメージをぶち壊し、私は、途方にくれていた。
まあ、株で儲けた西條先生にオカルティックなメッセージが来ないとして、
小説で500円も稼げない私にも、読者の評価も、聖母のメッセージ来てはいない。
私のもとには、悪魔のコスプレをさせられた、憐れな友人の間抜けなイメージが残っているだけである。
なにもかも…ぶん投げたくなる気持ちになるし、先をどう書いたら良いのか分からない。
でも、書かなきゃ、剛を元に戻せない。
ここに来て、ファティマの話にしても、ボッチィチェッリの話にしても、ダンブラウン先生の作品が関連することに気がついた。
ファティマの予言では『ダ・ヴィンチ コード』が、ボッチィチェッリの話では、『インフェルノ』の情報が、私を翻弄していた。
1920年代、ヨーロッパでは、ルネサンス時代の文化の再評価がされていた。
ボッチィチェッリの『プリマブェッラ』春と、題のついた400年近く評価されなかった作品が、ここに来て評価され始めるのだ。
そして、ダンテ協会なるものを知ることになる。
文化の再評価は、絵画だけではなく、小説にも…
ダンテの地獄の物語『神曲』にもスポットライトを当てていた。
ファティマの聖母の予言について語る人たちは、口々にこんな解説をしていた。
キリスト教において、地獄の存在を認定した貴重な予言である。と。
対して、『神曲』は、中世に民衆が分かりやすい、地獄のテンプレとして、小説家、芝居、人形劇などの大衆文化に影響を与えて行く…
どちらに転んでも、地獄の話であり、
果たして、トミノが遭遇した地獄との関係はどうだったのか…
株で一発当てて、革の表紙で、夢の自費出版を果す男の浮かれた気持ちと、後に、北原白秋と童話界でもめる…まるで少女小説のような展開が待ち受ける…
地獄の展開の西條八十の人生を思うと、どうやって収拾したものか、ため息ばかりがこぼれるのだ。
隣では、剛が酔っぱらって笑ってる。
悪魔のコスプレなのに、恵比寿顔で…
これも…和洋折衷の地獄の表現かもしれないな。
私は、どこか他人事の様に思えてきた。
『まあ、頑張りなよ。400年たってから、評価される事だってあるんだからさ♪』
剛に似た体型のボッチィチェッリの幻想が私を励ましていた。




