#14 神妙な来客
喉が渇いたから、お昼中に教室を飛び出して、休憩スペースの自動販売機まで飲み物を買いに来た。ここには人がいっぱいいる。怖いので早く戻りたい…。
自動販売機の品ぞろえを見る。抹茶ラテ以外はまだ飲んだことないから、抹茶ラテ以外のやつ飲んでみよ。甘い抹茶ラテじゃ、甘くないお昼ご飯との食い合わせ悪いし。無難に水でいいかなぁ…でも水って家でも飲める。お茶も…普通じゃん。炭酸とか…は美味しいけど…お腹膨れちゃうよ。
ここに来たはいいものの、自動販売機前で何を買うべきか、長考していた。でも決まらないから、とりあえず遠くで考えて、決めてからまた買いに来よう。ここに突っ立ってるの邪魔だろうし。そう思ったから端に避けた。みんなここでご飯食べてるんだな。みんなのご飯美味しそ……
「お前、ちょっと聞きたいんだが…」
『ふぁっ!?↑↑あっ…えっ…あ……何ですか…』
急に誰かに声をかけられた。知らない顔だし…またなにかに巻き込まれるのか!?もう嫌だっ!誰だよほんと!!変な声出たし!!
「あぁ…そんなに驚くと思ってなかった…あはは…」
めっちゃ引かれた。急に後ろから話しかけてきた方が悪いんだけど!?僕からあんな変に裏返った声が出ること、僕も初めて知ったよ!!
「お前…ゼウスは知らんか?どこにいるか教えて欲しい」
『…?あの人なら普通は校長室にいると思いますよ…遊びに行ってたら校内のどこかか外にいますけど…』
ゼウス先生を呼び捨てしてるってなんだ……。自己紹介は?名前ぐらい教えてくれたらいいのに。
「そうか…あの…校長室はどこだ?」
何も知らないじゃん!誰だよこの人!!
『あの…それより先に名前を教えてくれませんか?僕の名前はからすです』
「なぬ…私の名前を知らないのか…まぁいい、私の名はウラノスだ」
……あぁ…うん。って、はぁぁぁ!?この無知すぎる人がウラノスさん!!??あのゼウス先生のおじいさん!!!???
今すぐ逃げたかった。怖い怖い怖い怖い…怖いよ!!!
「お前…からすってそれ名前なのか?神が名前聞かれて神だって答えてるのと同じではないのか?」
『僕は名前が無いからすという鳥なのでからすってことにしてます』
「ふむ……そんなのもいるのか……」
心の中で渦巻く恐怖感を押さえつけながら、ウラノスさんとやりとりをする…が…なんか…意外と優しい?ちょっと可愛さまで感じ始めている自分いる。
「それで、校長室に連れて行ってくれ」
『自分で創った学校なのに分からないんですか?』
「随分と変わってるみたいだからな、生き物が沢山増えたからだろう」
最初の学校はどんな感じだったんだろう。ちょっと興味あるな。もっと生き物が少なくて…やっぱり今より平和だったのかな?とも思う。
『…じゃあ……行きますか?』
するとウラノスさんは1回だけ頷いて、先に進む僕を追いかけた。昼食と飲み物はこれが終わってからでいいだろう。昼休み結構長いし、間に合うはず…大丈夫だろ……多分………。
『そういえば…ガイア様は来てないんですか?』
歩いてる途中で聞いてみた。ガイアさんと一緒に創立したはずのこの学校に1人だけで来るなんて…なんか少し寂しいな。僕だったら多分一緒に来ると思うけど。
すると、ウラノスさんは暗い顔をして言った。
「あぁ…ガイアは私のことが嫌いだからな、ゼウスのことも嫌いだが…」
『あ……あぁ……そうなんですね…』
ガイアさんは反派閥サイドのわりには学校に来ることないし、それはゼウス先生が嫌いだからかな?やっぱりゼウス先生が管理する学校は…嫌いなのかな…だったら少し残念だ。この学校…なんだかんだ楽しいのに。
その時、僕らの横をポセイドン先生が通りかかった。
「あいつは誰だ?」
『あぁ…えっと…ポセイドン様です、貴方の孫ですよ』
そう言ってウラノスさんも僕も辺りを見回した。でももうポセイドン先生なんか居なかった。前方にも、後方にも、どこにも姿などない。
「あ、あぁ…ポセイドンだったか、顔を覚えてなかった。…私を見るなり逃げ出したか…やましいことでもあるのか……?」
そりゃあある。やましいことしかないと思う。でもそのことは内緒にしておいた。チクれば僕が肉の塊になるだろうから。
そうしてそのあとも歩いた。職員室手前では神々(先生)が僕らを見るなり直ぐに去っていく。ウラノスさんは終始不機嫌そうな顔をして僕のそばを歩いていた。
微妙な空気感で緊張していると、念願の校長室に着いた。いくら可愛いように見えても、やっぱり神としてはとてもお偉い人なので怖い。はやく解放されたかった。
しかし、また面倒くさそうなことが起きた。
「…ここでペットでも飼っているのか?」
そうウラノスさんは呟く。だって…だって………激しい物音がこの校長室からするから…
『いや、いや、もう帰りませんか?多分…なんか…お取り込み中なのかと…』
そうやって引き留めるが、ウラノスさんは横に首を振った。
「…私は神だぞ?…何が来たって関係ない、私は行く」
そう言いつつもドアノブを握ろうとする手は震えていた。いや怖いんかい。
その途端、女性の甲高い叫び声?奇声?が校長室から聞こえてきた。
「…一緒に扉を開けるぞ」
えぇっ…なんで!?僕なんか…僕なんか…一緒にいても意味ないのに、どちらかと言えばお荷物なのに!!
てかなんだよこの声!!何が起きてるんだここで!!
青ざめた顔で僕は頭を振った。
「…神だぞ?お前のことなんて簡単に殺せるぞ?」
…ずるいっ…ずるい!!ここまで一緒に来てやったのに!!その恩もないのか!!やっぱり神様はダメだ…もう僕は神様なんて誰1人信じないぞ…ウラノスさん可愛いなぁとか思ったけど、やっぱり嫌いだ!!
それでもまだ死にたくないので、僕は黙ってドアノブに手をかけた。その上から、ウラノスさんも震えた手でドアノブを僕越しに握る。
そして、一緒に扉を前へ動かした。その直後、僕らの瞳には1人の女性の姿が映った。
「…誰だ?何をしているんだ、ここで…」
ウラノスさんはその1人の女性に問いかける。すると、その女性はピタリと止まり、僕らの方をじっと見た。
「…あら?ウラノス様…」
僕らを見るなり戸惑った表情を見せるその女性は、ヘラ先生だった。本当に何してるんだここで。
「何をしている?ここは、お前の居るべきところではないだろ?そして…誰だ」
『ヘラ様です…(小声)』
やはり祖父という立場で孫が分からないのは大変なので、僕がこっそり教えてあげた。
「え、えぇ…ちょっと浮気調査よ…ゼウスってば浮気ばかりして………そ、そうよ!!あの、ウラノス様?ゼウスに近づく穢れた女を…」
「待て、今何と言った!?ゼウスは浮気なんてものを…なんてことだ…私だって…したことなんてないのに…」
ゼウス先生だけじゃなくて、他の孫や曾孫だって浮気ばっかしてることを知ったらこの人はどうなるんだろう。きっと、めちゃくちゃ落ち込むんだろうな。
「そ、そうなの!だから……あっ…ゼウスは悪くないのよ?ゼウスに寄ってくる汚い女たちが悪いだけで…」
「そうか…そうか、なんて名前のやつだ?私が懲らしめてやる」
いや!いやいやいや!信じちゃダメだよウラノスさん!!ゼウス先生が悪いんだよ、どれもこれも!!
「そうね、まず…イオでしょ…あとエウロペ…レダ…あぁ…ガニュメデスもダメね」
「待て待て…なぜそんなに………。…ダメだ、私がゼウスに殺される」
(ゼウス先生の浮気相手については、今後取り扱うと思われるので、今回は名前だけです)
こんなに浮気相手がいるのも、ゼウス先生のせいなのだ。一切浮気相手は悪くない。そうに違いない。僕は知ってる。そして…祖父なはずなのに殺されるとか言っていいのか!?そんな尻に敷かれてて…いいのか…?
「…何よ!!ウラノス様まで!!浮気女の味方をしようって言うの!?そんなの!!許さないんだから!!」
「……からす!!逃げよう!!」
ウラノスさんはヘラ先生に顔面を鷲掴みにされる寸前で僕の手を引き、校長室の扉を目掛けて走った。僕はもう…一緒にヘラ先生の餌食なりたくないので、離して欲しかった。
そうやって長いこと走って、元いた休憩スペースの手前ら辺まで来た。息が切れた。最悪だ。
「…なんだ…まともな孫はおらんのか……私は…悲しいぞ………」
そうやってウラノスさんはしょんぼりしている。まぁ…僕も彼の立場なら、ちょっと悲しいな。だから…学園に通うこの僕が手助けしてあげよう。
『まともな人なら…いますけど………』
そういった途端、目を輝かせて僕を見つめる。そしてまた、職員室の方へ一緒に進んで行った。
「ハデス!!!お前のおじいちゃんだぞ!!ウラノスが来たぞ!!!」
ウラノスさんは職員室の扉を開けて、その場で大声で叫ぶ。僕が教えてあげたのは…もちろんハデス先生だ。彼は真面目で、それなりに常識がある良い社畜先生なのでゼウス先生やポセイドン先生、ヘラ先生みたいにショックを受けることなんてないだろう。
しかし、呼びかけても全然来ない。僕はウラノスさんの脇からこっそり職員室内を覗いてみたが、ちゃんとハデス先生は職員室内にいる。
「ハデス…??いるだろ??どこだ??」
ちなみに、ウラノスさんはハデス先生の顔を覚えてないらしいのでどこにいるかなんて分からない。なので、僕は指をさして伝えてあげた。そして、ウラノスさんは僕が指をさすのを見て、職員室に飛び込んで行った。
しかし、何を間違ったのか…、ウラノスさんはハデス先生の手前のアポロン先生の方へ泣きついて行ったのだ。
「ハデスー!愛してるぞ、私の素晴らしい孫だ」
「うわっ!!なんだよ!!来んじゃねぇ!!」
職員室内に大きなアポロン先生の怒号が響き渡る。
その光景を正面から真っ直ぐ見ていたハデス先生は、きっとびっくりしただろう。硬直しているのが、この距離でもわかるな。
僕はもういいだろう。勝手にやってろ。
"こんなの知らない"と自分に言い聞かせてその場から立ち去った。今日こそは平和に過ごせる。
と思ったが、やっぱりそんなことは無かった。
キーンコーンカーンコーン…
昼休み終わりのチャイムが鳴り始めた。お昼ご飯…食べれなかったな…はは……。