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学校の幽霊(中編)

「はあー、こわいー! はあー、こわいー!」


「おい、大丈夫かアカネ?」


 校内の探索を開始して20分ほど。

 2階に上がったところで、守山アカネが奇声を発し始めた。


「はあー、大丈夫、はあー」


 本人の主張とは裏腹に足がガクガクと震えていて、その場に立っているので精一杯という感じだ。


「これは大丈夫ではなさそうじゃな。夜は長いし、無理する必要もあるまい」


 そう言うと、スーっと近くの教室に消えていくヒヨコ様。

 そしてすぐに戻ってきた。


「うむ、ここなら平気そうじゃな。鍵は学校から預かっておったな? 中で休憩するとしよう」


 言われるがままに教室の鍵を解錠し、中に入る。

 薄暗い教室を見回したがヒヨコ様の言う通り幽霊の気配は感じない。


 教室には30席ほどの机と椅子が綺麗に並んでいる。

 とりあえず適当に座ろうと入口付近の机に近付いたとき、ヒヨコ様がスーっと教室の奥に飛んでいくのが見えた。


「ほれ、タロウはここに座るといい。葵の席じゃから、遠慮はいらんからな」


 ヒヨコ様はそう言いながら、窓際最後方の机の上に浮かんでいる。


 ……葵の席?

 つまりここは葵の通っているクラスなのか?


「……適当にこの教室を選んだわけじゃないんだな」


「無論じゃ。ヒヨコ様の情報収集能力を侮ってはいかんぞ」


 侮るどころか、むしろ警戒してしまう。

 なぜ葵の席を知っているのだろうか。

 普段から監視でもしているのか……?


 ……2人が対立していることを考えればいろいろと気にはなるが、考えても答えは出ないだろう。

 とりあえず葵の席に座る。


 守山アカネも足を引きずるように移動して来て、俺の前の席に着席。

 しばらくはうーうー呻きながら両手でひざを擦っていたアカネだったが、俺が見守っていることに気付いたのかハッとしたようにこちらを見てきた。

 そして持ってきたカバンに手を突っ込み、困惑したような表情でごそごそと探し物をしている様子だ。


「うー、なんで私だけこんなに怖がりなんだろー……。あ、あった。ハイ」


 その言葉と共に俺の目の前に突き出されたのは、ラップに包まれた三角形の白い物体。

 これは……。


「……サンドイッチ?」


 疑問形になってしまったが間違いないだろう。

 ただなぜこのタイミングで出してきたんだ?

 夜食的なことだろうか。


「う、うん。ほら、タロウ君が朝ごはん作ってくれたでしょ。私もお返しをしようって思って。だから一度家に帰って、作ってきたの」


 なるほど。

 確かにアカネは妙に張り切りながら帰宅していった。

 葵の乱入のせいで有耶無耶になってしまったが、料理でアカネのハートを掴む作戦はそれなりの成果があったようだ。


 結果的に俺はアカネの手作りサンドイッチを入手できたのだから、大成功と言っていい。

 ラップに包まれたサンドイッチは薄暗い教室の中でも輝いて見えた。

 なんだか食べるのがもったいないくらいだ。

 たださすがに持ち帰りますというわけにもいくまい。


 ラップを外し、サンドイッチに食いつく。

 ニヤニヤと笑みを浮かべるヒヨコ様を無視して、咀嚼。


「うまい……!」


 タマゴサンドだったようだ。

 たっぷりと具が入っていて食べごたえがある。

 いや正直ちょっと具が多すぎて食べづらいレベルではあったが、それもご愛嬌というところだろう。


「そ、そっか。よかった」


 嬉しそうなアカネ。

 しかし「うまい」だけでは俺の今の喜びは伝えきれていない。

 きちんとした食レポなんて俺にできるわけがないが、それでもなにか気の利いたコメントをしたい……。

 アカネにもっと喜んでもらいたい……。


「……うん、なんていうかこう…………愛情を感じる味だな」


 捻りだしたのはそんな言葉。


「え!? あ、うん……」


 アカネは驚いたような表情を浮かべたあと、目を伏せた。


 ……あれ?

 もしかしてこれ拒絶反応出てないか?

 そんなにダメだったのだろうか、俺の感想……?


『愛情を感じる』


 ……なるほど。

 考えてみれば確かにこの表現は気持ち悪かったかもしれない。

 家族でも恋人でもない異性が「あなたの料理からは愛情を感じます」なんて言い出したら、ストーカー扱いされてもおかしく無い気がする。


 ……いやしかし。

 口に出した言葉を今さら訂正なんてできない。

 雰囲気がさらに悪くなるだけだ。


 ……そうだ行けるところまで行ってみよう!

 俺はストーカーとはまるで違う!

 アカネとキス寸前までいった男、それが俺!


 自分に自信を持って良いはずなのだ!


 気を取り直した俺は、慌てず騒がず軽く微笑んでアカネを真っ直ぐ見つめた。


「ん、もしかして愛情は入ってないのか? じゃあ俺の勘違いだったな。俺はさ、朝ごはん作ったときに愛情をたっぷり込めたんだ。ほら『料理は愛情』ってよく言うだろ? 美味しい朝ごはんをアカネに食べてもらいたかったからな。んでこのサンドイッチもすごく美味しかったから、アカネも愛情を込めて作ってくれたんだなーって、そう思ったんだよ」


 さてアカネの反応は……。


「そ、そうなんだね。……わ、私も、その、無意識で入れちゃってたかも、愛情。……へへへ」


 冗談っぽくそう言うアカネ。

 けれど冗談とは思えないほど照れた様子で髪を撫でつけている。


 よしよし。

 なんとか乗り切れたようだ。

 アカネの反応は悪いものではない。

 というかむしろかなり良い反応だった。


 ……これ、もしかしたらキスのチャンスでは……?

 愛情を否定しないって、そういうことではないだろうか?


「一応言っとくがの、タロウよ。今は除霊の真っ最中じゃ。なにがあるか分からん。集中しておくのじゃぞ」


「……はい、ヒヨコ様の仰る通りです」


 身を乗り出そうとした瞬間、目の前に真顔のヒヨコ様が出現した。

 さっきまで俺たちの周囲をクルクル飛んでいたのに、俺に忠告するためわざわざ移動してきたようだ。

 余計なお世話と言いたいところだが、全くもって正論だったので素直に頷く。


 ヒヨコ様も俺に軽く頷いたあと、照れたままのアカネを見た。


「しかし、意外じゃったな。アカネは幽霊が苦手なようじゃが、なぜついてきた? 夜の学校で幽霊探索なんぞ、人によってはトラウマになってもおかしくないというのに」


 アカネはその質問を受けて一瞬キョトンとしていたが、すぐに腕組みをして考え込んでいた。


「……うーん、なんとなく? タロウ君と葵ちゃんとはこれからも仲良くしていきたいし、だったら2人の除霊の仕事も知っておきたいなって。今回の幽霊は危険度も低いんでしょ? いい機会だよね」


「ふむふむ、なるほど。確かにタロウの嫁になるのなら、除霊に関わる機会もあるじゃろうし、よい心がけじゃな」


「いやいや! ヒヨコ様、変なこと言わないで下さいよおー!!」


 とりあえず大声で誤魔化す。

 除霊に集中しろと言ったのはヒヨコ様なのに、どうしてからかってくるのか。


「あー、ところでさ、実際に葵ちゃんの姿をした幽霊が出てきたらどうするの? ちゃんと除霊できる?」


 アカネも恥ずかしくなったようで話を急展開させてきた。

 それ自体は理解できるが、しかしなぜ葵の幽霊を想定しているのだろうか……?


「……そりゃあ偽物だし除霊するけど。そもそもなんで葵の名前が出るんだ?」


「え? だって好きな人の姿がでるんでしょ? タロウ君だったら葵ちゃんが出るんじゃないの? 葵ちゃんがそう言ったとき否定しなかったし、そうなんだなあって思ったんだけど……」


「いや、そんなこと有り得ないからわざわざ否定しなかっただけで、それは葵も分かってるよ。そもそも俺が好きなのは……」


 その続きを言えず、無言のままアカネと見つめあう。


 ……本当は俺の気持ちをはっきりとアカネに伝えたい。

 ただヒヨコ様の忠告は、やっぱり正論だと思う。

 今はまだ除霊が済んでいない。

 油断するわけにはいかない。


「まあ、幽霊に会えば分かるさ」


 とりあえずそう濁しておいた。


 そうだ。

 幽霊に会えば俺の気持ちはこれ以上なくアカネに伝わるだろう。

 そして除霊が無事に終われば。

 もはやなんの気兼ねも必要ない。


 ――愛の告白


 俺の心に思い浮かぶのは、そんな言葉だった。


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