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学校の幽霊(前編)

「お待たせー、待った?」


「いや、俺も今来たところ」


 ニコニコと手を振りながら近づいてくるアカネ。

 いつもの制服姿ではあるが、街灯に照らされる彼女は輝いて見える。

 赤い髪の天使。

 こんな素敵な女の子と夜の時間を共に過ごすのだ。


 アカネと待ち合わせたのは学校の校門前。

 妹がいると邪魔をされるので仕切りなおしてデートの待ち合わせをした、と言いたいところだが残念ながら実際は違う。


 ――幽霊退治


 色気のない話だが、目的はそれだ。


「葵ちゃんの平和な学生生活のためにも頑張らないとね!」


 張り切っているアカネと2人で校門前に並び、見慣れぬ校舎を眺める。

 これから俺たちが除霊する幽霊がこの校舎内のどこかにいる。


 そして俺は……。

 その幽霊を利用して、アカネと再び良い雰囲気になろうと目論んでいた。


 ◇◇◇


 時は戻って本日の午前中。


 キスし損ねたショックを引きずり、グッタリとソファにもたれ掛かる俺。


 アカネと葵はそんな屍のような俺を気にすることなく、楽しそうに女子トークを始めたわけだが……。


「え? 葵ちゃんの学校に幽霊が出るの?」


 幽霊?

 そこまでの話は聞き流していたのだが、さすがにその単語を耳にした瞬間ハッと正気に戻った。


「たしか葵ちゃんはお嬢様学校に通ってるんだよね? 結構由緒正しい感じのとこ」


 ……アカネの様子を横目で窺うが、既に落ち着きを取り戻しているようだ。

 ここから先ほどのようなキス寸前の雰囲気に持っていくのは至難の技だろう。

 返す返すも残念でならない。


「ええ、歴史はあるようですね。校舎も古めかしく、いかにも『出そうな雰囲気』だと生徒の間でも話題になっていたのですが……」


「ホントに幽霊が出たってわけか」


 葵が心配そうにこちらを見てきたのでさすがに相槌を打つ。


 まあ葵だって兄のキスシーンなんて見たくなかったろうし、そもそもあの雰囲気に持っていけたのも彼女のお陰だ。

 いじけるのはよそう。

 考えてみれば雰囲気さえ良ければキスできそうと分かっただけでも大収穫と言える。

 再びチャンスが来るのを待つのだ。

 いや自分から積極的にチャンスを作っていこう!


「そうなりますね」


 テンションが一気に上がった俺とは違い、葵は渋い表情で頷いている。


 ……なんでこんな反応なんだ?

 俺にとって除霊は仕事だが葵は違う。

 ボランティア精神とでも言うのか、依頼が来る前から対応するタイプなのだ。

 そんな彼女が自分の通う学校に出る幽霊を他人事のように語るのが不思議だった。


「お前がそう言うってことはガセじゃないんだろ? 学校に出る幽霊って放置すると面倒なことになりやすいし、さっさと除霊しとけよ」


「そっか、そうだよね。葵ちゃんも除霊ができるんだ、すごいなあ」


 感心したようなアカネ。

 親友と言っていたが除霊能力に関しては秘密にしていたらしい。


「もちろん危険度が高いようでしたら私も躊躇はしないのですが、そうではない上に今回の幽霊はどうも苦手で……。お兄様に除霊をお願いしたいのです」


「……苦手? お前の手に余るやつだと、俺にも対応は難しいんじゃないか?」


「いえ、お兄様なら大丈夫でしょう。クールを自称するお兄様なら、きっと……」


「どういう意味だよ?」


「だって……」


 そう言って、葵は寂しげに微笑む。


「私の幽霊が出ても、お兄様なら躊躇なく除霊できるでしょう?」


 ◇◇◇


「好きな人の姿に化ける幽霊、なあ」


 校庭を歩きながら呟く。

 学校側に連絡を取り、すでに警備システムは解除してもらっている。

 学校から葵に対して正式な除霊依頼が来ていたので話は非常にスムーズに進んだ。

 敷地内は自由に移動して良いそうだ。


「ふふふ、葵ちゃんが変な言い方するからびっくりしちゃった。ホントに葵ちゃんの生霊が出るのかなって」


 隣にいるのはもちろんアカネ。

 この辺りはまだグラウンドの照明のお陰で明るいが、それでも不安なのか懐中電灯で足元を照らしながら歩いている。


「まあ、あいつなら幽体離脱できても驚きはしないしな。というか今回の幽霊騒動もそういう霊能力者絡みな気がするんだよなあ。未熟な霊能力者がなにかの技に失敗して、変な現象だけ残った感じ」


「え? 本物の幽霊じゃないってこと?」


「今の段階じゃ断言はしないけど、なんとなくそうじゃないかなとは思う。わざわざ姿を変化させるのに、驚いたところを襲ってくるわけでもない。相手を金縛りにしたままその場に突っ立ってるだけっていうのは違和感がある」


 学校から聞いた幽霊の行動をまとめると、そういうものだった。

 確かに危険度は低いだろうがそれ以前に目的が分からない。


「うむうむ、そうじゃな。そういう知性を感じない行動を取るのは、浮遊霊に多い。ただ今回のは浮遊霊とも思えん。おそらく相手の心を読み取ってその者が好む人間に化けとるのじゃろうが、これはなかなかに高度な技術じゃ。そのアンバランスさを考えれば幽霊とは違う別の原因を考えるのは悪くない。いやむしろ良い発想じゃぞ、タロウよ」


「……ヒヨコ様、今までどこに行ってたんですか?」


 ずっと一緒にいたかのように話に加わってきたヒヨコ様だったが、実際は今朝マンションで姿を消して以来だ。


「うん? それはあれじゃ。我々が出会った洋館に避難しておったのじゃ。どうも葵とかいう娘とは相性が良くないようでな。あの娘の言うことは信用してはならんぞ」


 宙に浮かんだまま、首をフリフリ言ってくるヒヨコ様。

 葵はヒヨコ様を悪霊と呼んでいたが、ヒヨコ様も葵を警戒しているようだ。


「……具体的に聞いても? 葵のなにに注意をすればいいんですか?」


 正直ヒヨコ様と葵だったら付き合いの長さの差で葵のことを信じる。

 アカネを呼び捨てにするきっかけを作ってくれたのも彼女だ。


 とはいえ本当の意味で心から葵を信じられるかと言えば微妙なところではある。

 それほどまでに彼女に決闘でボコボコにされたトラウマは根深い。


 とりあえずヒヨコ様から見た葵の印象を聞いておきたいと思った。


「ふむ、そうじゃのう。結論から言えば単純なこと。葵の求めているものは今も昔も変わっておらん。タロウ、お主じゃ。ただ目的と方法は変わった。暴力で無理やり身も心も手に入れるのではなく、信頼を積み重ねて仲の良い兄妹になろうとしておる」


 ……ヒヨコ様のことだから俺と葵の話は盗み聞きした上で「ワシは悪霊ではないぞ!」とか弁解すると思ったのだが……。


 随分真っ当なことを言ってくるので反応に困る。


「だから基本的には今のままで構わんじゃろう。仲良くしつつ、警戒は怠らない。例の決闘は葵にとってもトラウマのようでな。あれが葵にとって心のリミッターとなっておる。過去の暴力を許すのは構わんが、無かったことにしてはいかんぞ。それは葵のためでもあるのじゃ」


「はい……」


 真面目な顔のヒヨコ様に頷いたあとは、なんとなく無言のまま校舎までたどり着いた。


 時間的にはまだ夜の8時過ぎ。

 普段なら残っている先生も多いらしいのだが、今日は早めに帰ってもらった。

 そのせいか職員室すら照明がついていない。

 真っ暗闇の校舎は異様なほど静かに感じた。


 葵の情報によると、幽霊の出没時間はやはり夜。

 一番早い時間は夜10時で教師が職員室を出た直後、廊下で見ている。

 そのあとは時間がばらばらだが、深夜に警備システムが異常を感知したため確認に来た警備員が幽霊を目撃した、という状況のようだ。


「警備員さんが幽霊を見た場所はよく分からないんだよね?」


「まあな。証言が曖昧らしい。これが1人なら狂言を疑うところなんだろうが、5人もいるからな」


「おそらく霊障のせいで記憶も混乱してしまうのじゃろうの。これも浮遊霊にできることではない。なにが出ても対応できるように、警戒はしておくんじゃぞ」


「よし、じゃあ注意しながら中に入るぞ」


 そう宣言して校舎の中に足を踏み入れた。


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