兄を愛する妹の全力サポート(ただし限度はある)
「巣鴨ヒヨコが悪霊……?」
あいつが?
俺の恋の応援をしてくれる、変わり者の幽霊。
たしかに洋館での騒動を考えるとイタズラ好きだとは思うが悪霊扱いはさすがに……。
「意外ですか? 私からしてみればお兄様のその反応こそ一番の証拠だと思いますけどね。悪霊だからこそ取り入るのが上手いのですよ。あれが我々のご先祖様だなんて戯言、どうして信じてしまったのか……」
「……別に信じたわけじゃない。ただ見た目が……」
言葉に詰まる。
ヒヨコ様の容姿に巣鴨家の血を感じたと言いかけたのだが、幽霊は見た目を変えることができる。
なんの証拠にもならないだろう。
「そうだよねえ、見た目があそこまで可愛いと信じちゃうよね」
「ああ、うんまあ、そんな感じ」
隣に座っている守山アカネがしみじみと言うので俺もつい頷いてしまった。
ヒヨコ様は確かに可愛いが、それこそなんの証拠にもならない。
だが守山は俺が同意したことに満足したのかニコニコしている。
「葵ちゃんの子どもの頃に似てる気がするなあ。そんなことない?」
「……うん?」
「さあ、どうでしょうか。自分ではよく分かりませんね」
「いや、ちょっと待ってくれ」
守山と葵が話しているところに割り込む。
そういえば、さっきも2人の会話に違和感があったことを思い出した。
引っ掛かったのは名前の呼び方。
自己紹介もしていないのに守山は葵の名前を知っていたようだ。
つまり……。
「……もしかして2人って知り合いか?」
俺の質問に軽く頷く守山。
「というより、親友だよ。ね、葵ちゃん?」
「……ま、まあ、そうかもしれませんね」
照れたように横を向く葵。
守山はそれを見てニンマリと笑うと、わざわざ身を乗り出して葵の目を真正面から見つめた。
「そうかもってなに? 子どもの頃からの親友だよね? ね?」
「……あの……まあ確かに、知り合いよりは上というか……」
「親友だよね!」
「……はい、そう、ですね。アカネさんはとても大事な親友です……」
葵は押し負けたようで恥ずかしそうに俯いている。
気が強いタイプなだけになかなか珍しい光景だ。
しかし2人は友達?
しかも子どもの頃から?
ではなぜ俺は2人の関係を知らなかったんだ……?
そんなことをぼんやりと考えていると、葵はいきなり顔を上げキッとこちらを睨みつけてきた。
「お兄様! とにかく巣鴨ヒヨコは悪霊なので除霊が必要です! お兄様にも心の準備が必要なようですし今すぐとは言いませんが、警戒は怠らないようにお願いします。隙を見せるとお兄様に襲い掛かってくる可能性が高いですからね!」
「……ああ、分かった」
葵は照れ隠しのためか早口になっていたが、発言内容自体は冷静なアドバイスだと思えた。
巣鴨ヒヨコ。
悪霊かと言われると正直疑問ではあるが、確かに警戒は必要だろう。
考えてみればヒヨコ様はよく分からない存在だ。
確実なのは凄い霊力の持ち主ということだけ。
巣鴨家のご先祖というのは所詮は自称に過ぎない。
それに今思えばヒヨコ様がこのマンションを飛び出したのも、葵が来ることに気付いたことが原因のような……。
「今はその返事で納得しておきます。お父様の依頼内容にも期限の設定はありませんから。ただ、必要なタイミングでは躊躇せずに除霊をお願いしますね」
真剣な表情の葵に、頷き返す。
しかし内心は疑問が浮かんでいた。
これは確か「断罪」としての依頼だったはず。
確かにヒヨコ様を除霊するというのは心が痛むが、さすがに断罪だの罪を裁くだのとまで言われると大げさ過ぎるような……。
「あーそれたぶん巣鴨っちに対してじゃなくて――」
「アカネさん!」
急に葵が叫んだ。
守山の話を無理やり遮った……?
「こほん、失礼。ですがアカネさん、前にもお伝えしましたよね? 私は苗字が嫌いなので、名前で呼んでくださいと。だからこそ名前しかお教えしなかったのに」
なるほど、「巣鴨っち」という呼び方に反応しただけか。
「あ、うん……。そうだったね。葵ちゃん、ごめんね?」
「いえ、こちらこそ急に大声を出して申し訳ありませんでした。ところで……」
葵は意味ありげに言葉を区切る。
そして浮かべた、からかうような笑顔。
「お兄様も私も巣鴨という苗字なのです。『巣鴨っち』という呼び方ではお兄様のことなのか私のことなのか極めて判別が難しいと思うのですが」
「え!? そ、そんなことなくない? 私、葵ちゃんのこと巣鴨っちなんて呼ばないよ」
「それは私の苗字を知らなかったからでしょう? それに私とお兄様、2人同時に会うことも今までありませんでした。しかし今後はこういう機会も増えるでしょう。そうなると『巣鴨っち』という呼び名はやめてもらいたいのです。紛らわしいですから」
「じゃ、じゃあどうすればいいの?」
「私のことを『葵ちゃん』と呼ぶように、お兄様のことも名前で呼んでみてはいかがでしょう」
「それは、つまり……?」
「ええ、『タロウ君』とでも呼んであげてください。本人も喜びますよ。私が保証します」
なぜ葵が保証するのか、と言いたいが実際に俺は大喜びするだろうから黙って成り行きに任せた。
守山は目をパチパチさせながら、隣に座っている俺のほうを向いてきた。
しばし逡巡したあと、上目遣いでこちらを見てくる。
「た、タロウ君……」
「は、はい……」
あ、これやばい。
大喜びというより幸せを感じる。
だが葵は呆れたように溜息をついていた。
「『はい』ではないでしょう、お兄様。ぼんやりとせず、アカネさんのことも名前で呼んでみては?」
「え、俺もやるのか!?」
「当然です。1人でニヤニヤしてる場合ではありませんからね。ほら早く名前で呼んであげてください。アカネさんがお待ちかねですよ」
守山を見る。
……確かになにかを期待するかのように、ソワソワと落ち着かない様子だ。
そしてこの状況でなにを期待するのかといえば当然……。
覚悟を決めた。
守山をしっかりと見つめる。
「あ、アカネさん……」
「ダメです!」
即座にダメ出しが飛んできた。
もちろん葵だ。
苦々しい表情で首を振っている。
「まったく、なにを日和っているんです? もっとお兄様の覚悟を見せてください」
覚悟は決めたつもりだったが、葵にしてみればまだ足りていなかったらしい。
「あ、あの……私、『アカネちゃん』って呼んで欲しいなあって……思うかな」
恥ずかしそうに主張してくる守山。
カワイイ。
「ダメです!」
しかしダメ出しが再度飛ぶ。
本人の要求にすらダメ出しとは、さすがは葵。
鬼の所業だ。
「ダ、ダメってなに? 私はそう呼んで欲しいんだから、それでいいじゃん……」
たまらず守山も抗議している。
しかし葵の厳しい表情は変わらない。
「本当にそれでよいのですか? こういうのは一度馴染むとなかなか変えられませんよ。せっかくの機会なのです、行けるところまで行っておきましょう」
そう言ったあと、今度は優しく微笑んだ。
「どうです、アカネさん。お兄様に『アカネ』と呼び捨てにされたくはないですか?」
「呼び捨て!?」
呼び捨て!?
守山だけでなく俺も心の中で叫ぶ。
さすがに守山も呼び捨てにされるのはイヤだろう……。
守山に目を向けた。
「…………」
無言だがソワソワが凄い!
視線は部屋中を駆け回り、髪の毛を触る手も落ち着きがない。
さっきの倍はソワソワしている。
もはや挙動不審の域だ。
「ほらお兄様、急いでください! この不審者の動きを止められるのはお兄様の言葉だけなのです!」
ひどい言いようだが、実際それ以外止める方法も無さそうで困る。
いやしかし困っている場合ではない。
ここまでお膳立てしてもらったのだ!
やってやる!
深呼吸。
そして慎重に呼び掛ける。
「あ、アカネ……」
守山の……いや、アカネの動きが止まった。
ゆっくりとこちらを見て、恥ずかしそうに口を開く。
「な、なに? タロウ君……」
このカウンターは強烈だった。
もちろん本人はただ名前を呼んだだけなのだろう。
だが俺は、アカネから名前を呼ばれただけで幸せな気持ちで満たされるのだ。
そして驚くべきことに……。
俺が名前を呼んだだけでアカネも幸せそうに見えた。
……だから俺は。
「アカネ……」
もう一度名前を呼んだ。
少しだけ、彼女に近付きながら。
「タロウ君……」
アカネも俺の名前を呼んでくれる。
そして彼女も俺に近付いてきた。
……これ、かなり良い感じなのでは……?
「アカネ……」
彼女の肩に手を置き、様子を見る。
「タロウ君……」
彼女は俺の目をじっと見てきた。
その潤んだ瞳によって確信する。
これ、いけるぞ……!
「アカネ……」
俺が見つめるのは彼女の可愛らしい唇。
「タロウ君……」
アカネは俺の視線に気付いたようで、一瞬照れたような微笑みを見せた。
そして彼女は……。
そっと目を閉じ――
「はいはいはいはい、妹の前でいちゃつかないで下さいね」
近付く俺たちの間に、パンパン手を叩きながら物理的に割り込む葵。
くっそー、かなり良い雰囲気だったのにっ!
キスできそうだったのにいいいー!!