悪霊
「――断罪の時間です、お兄様」
我が妹、巣鴨葵がその言葉を発した瞬間、俺の脳裏には何百もの対応策が浮かんだ。
そしてその中でもっとも効果的と思われる手段を即座に選択!
実行するためにスッと葵に近寄り、しゃがみ込んで正座する。
――土下座の構え
ああそうだ!
俺は初手から最終手段を取る!
土下座に勝る謝罪なし!
妹と争っても俺に勝ち目はない。
さっさと謝っておこう。
そうすれば半殺しで済むかもしれないのだから躊躇している場合ではない。
むしろ清々しい気持ちでひれ伏そうとしたそのとき、背後から声が聞こえた。
「え!? お兄様!? ってことは、もしかして……巣鴨っちの妹なの!?」
「……ええ、まあ。実はそうなんです」
守山アカネの問いかけに対し不機嫌そうに返事をする葵。
……いや、そうでもないのか?
俺の位置からだと葵の頬が赤くなっているのがよく分かる。
守山は正座する俺の横を駆け抜け葵の目の前まで移動したかと思うと、様々な角度から制服姿の葵を眺めていた。
「ていうか、すごいっ! この制服、可愛いね! 着てる本人も可愛いし相乗効果がすごい! かわいいっ! かわいいっ!」
「ま、まあ、そうかもしれませんね!」
プイと横を向きながら照れたように言う葵。
これヒヨコ様と同じようなリアクションだな……。
もしかして、守山アカネは巣鴨一族のハートを射抜く特殊能力でも持っているのだろうか……。
葵の周囲を興奮した犬のようにぐるぐる回っていた守山だったが、いきなり立ち止まるとハッとしたように自分の姿を見下ろした。
「あ、ご、ごめんね。このパジャマ、葵ちゃんのなんだよね。勝手に着させてもらってます」
「……いえ、どうかお気になさらずに。どうせお兄様が無理やり着せたのでしょうから」
葵は冷たい目でこちらを見てきた。
2人のやり取りに違和感があったので見守っていたわけだが急に流れ弾が飛んできてしまい、内心焦る。
とはいえどうせ土下座の体勢には入っていたのだ。
勢いで全部謝ってしまえ!
バッと頭を下げ、そして叫ぶ。
「はい、そうです! 私が無理やり着せました! あと、無理やり我が家に泊まってもらいました! すべて私の責任です! 守山アカネさんは、少しも悪くありません! どうか寛大な処分を願います!」
「え、そんな感じなの? いや、違う、私が泊めてって言ったの、いや、言っては無いんだけど……」
「はーっ……」
頭上で守山のアワアワした声が聞こえたあと、葵が深くため息をついたのが分かった。
「とりあえず頭を上げてください、お兄様。巣鴨の後継者ともあろう方が情けない」
その言葉は聞き捨てならなかったがグッとこらえ、頭を上げた。
「不服がありそうですが、まあその辺りも含めて話しましょうか。お兄様はだいぶ誤解してるようですしね」
◇◇◇
「巣鴨の後継者ってなんだよ。それはお前だろ? 決闘をして、葵が勝った。強い奴が後継者になるのは当然だ。つまり葵が後継者、そうだろ?」
葵と向かい合ってソファに座り、話し合いが始まった。
俺の隣には守山が座っているので多少は落ち着いているが、それでも嫌味な言い方になっている自覚はある。
「そもそもあの決闘は後継者を決めるためのものではありません。それはお兄様もお分かりのはずです」
「えっと、決闘ってなに? そんなことしたの?」
ピリピリした雰囲気を感じ取ったのか、守山は少し気まずそうに話に加わってきた。
「ええ、勝った側が負けた相手になんでも1つ命令できる、そして負けた側は当然その命令に従う。そういった決闘でした」
「それに勝ったのが、葵ちゃん?」
「ええ、そうです。なのに、お兄様は私の命令を拒否したんです」
「え、なんで? というか、なにを命令したの?」
「私と結婚することを命じました」
「……………」
守山も、さすがに絶句。
したかと思ったが。
「えっと、ちなみにそれいくつのとき?」
と、引きつった笑顔を浮かべながら再度疑問をぶつけていた。
「小学生のときですね」
葵のその返答を聞いて、守山の表情が緩む。
「あー、小学生かあ……。じゃあ『お兄ちゃんと結婚したい』とか思うのもしょうがないかもね」
「あ、誤解しないで下さいね。今もお兄様と結婚したいと思っていますから」
「え!? 今も!?」
相も変わらず葵はバカなことを言っている。
血のつながった妹である以上、法律的に結婚は無理だ。
そして感情的にも無理。
決闘のときは本気で死を覚悟した。
あそこまでボコボコにしてきた相手を好きになれるわけがない。
思わず溜息をついた。
「なんで俺なんだよ……。お前ならいろんな男を選び放題だろうに」
「だってお兄様よりおもしろおかしい、いえ、素敵な男性はいませんから」
おもしろおかしい?
え、それが理由で俺にこだわってたの?
「あー、なるほどねー」
なるほどねー!?
なんで納得してるんだ守山!
ウンウン頷いてる場合じゃないぞ!
俺の視線に気付いたようで、守山は慌てていた。
「あ、違うよ巣鴨っち! ただ、巣鴨っちってちょっと変わってるっていうか、急に奇声を発するときがあるっていうか……」
「急に奇声!? あれもしかして守山、俺のこと頭がおかしい奴だって思ってる!?」
「いやいや、違うって。ほら、私もテンション上がると急に奇声を発するときがあるから……」
「いや守山は奇声なんて……」
発してないだろ、と言うつもりだったが。
……だがそう言われれば確かに否定はできない。
幽霊に出くわしたときも守山はワーワー騒いでいたし、ヒヨコ様に甘えられたときも奇声としか言いようのない言葉を発していた。
「だから、ほら……巣鴨っちと私、ちょっと似てるなあって思ってて……」
照れくさそうに言う守山。
そんな彼女を見ているうちに、なんだか俺もほんわかした気持ちになってきた。
「……そっか、たしかにそうかもな」
「ふふふ、私たち似てるよね」
「ああ、俺たち似てるな」
2人で微笑みあう。
「はいはいはい、妹の前でいちゃつかないで下さい」
パンパン手を叩きながら葵が割り込んできた。
「まったくお兄様はお気楽ですね。私がここに来たときに言ったこと、この短時間で忘れてしまったのですか?」
……葵が言ったこと?
一瞬悩んだが、すぐに思い当たりギョッとした。
ほんわかした気持ちも全て霧散してしまう。
断罪の時間。
葵は確かにそう言ったのだ。
彼女の命令に従わなかった罪を裁こうというのだろう。
しかしそれはいったいどんなレベルの話になるんだ?
俺の命は無事で済むのだろうか……。
「……この依頼を受けてください。当然お兄様に拒否権はありません」
そう言うと葵は懐から三つ折りにされた紙を取り出し、テーブルに広げた。
そこに書かれていたのは……。
「除霊依頼……? わざわざ俺に? いや、ていうかこれ……」
「ええ、そうです……」
葵は神妙な顔つきで頷いている。
「――悪霊、巣鴨ヒヨコを除霊せよ。これはお父様からの依頼なのです」