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妹、襲来

「お肉! 朝からお肉食べていいの!?」


「お、おお。そりゃあテーブルに並べておいて食うなとは言わないさ……」


 ダイニングテーブルの椅子に座るなり、焼肉の皿をテンション高く見つめる守山アカネ。


 彼女はいまだにパジャマ姿ではあったが、俺としては指摘する気はない。

 パジャマだって妹に着られるより守山に着てもらった方が嬉しいだろう。

 そしてなにより、パジャマ姿の守山を見ていると俺が嬉しくなるのだ。


 ニヤつきを表情に出さないよう気を付けながら、守山に視線を向ける。

 肉を眺め、えへえへ笑っている彼女を見て、ふと思い出すことがあった。


「あ、先にサラダ食うよな?」


「……うん……そうだね。……ありがとう」


 だいぶ嫌いみたいだなサラダ。

 テンションが極端に落ちたぞ。


 冷蔵庫に入れておいたサラダを取り出し、守山に渡す。

 彼女は少し泣きそうな顔をしながら受け取ると、キャベツをモサモサと口に押し込んでいた。

 どこかウサギっぽくて可愛い。


 そんな彼女を眺めながら、俺も食事を始める。


「……あ、そういや気にしてなかったけど、泊まるって親には伝えてる?」


 無言になるのがイヤで咄嗟にひねり出した話題だが、考えてみると確認が必要なことでもあった。

 連絡をせずに捜索願でも出されていては困る。


「ああうん、友達のところに泊まるって言ってあるから。これでもママには信頼されてるんだよ、私」


「日頃の行いってやつか」


 俺だったら、などとつい考えてしまったが、あまり意味のない想定だった。

 今俺が1人暮らしをしているのは、両親が信頼してくれたわけではない。

 むしろその逆というか、どうでもいい存在だからなわけで……。


「あ、あー食事中に悪いが、そろそろ説明をしたいんじゃが」


 妙に焦った様子で、ヒヨコ様が会話に加わってきた。

 今までぼんやりと空中を漂っていたのに、なぜ急に?

 ……と思ったが理由は分かりやすかった。


「もぐもぐ、あ、うん、お願いしまふ」


 守山がニコニコしながら肉を食べている。

 彼女がご機嫌なうちに、面倒な話を終わらせたいわけだ。


 とはいえ……。


 正直、不安ではある。


 事情の説明には当然嫁探しの話が入ってくるだろう。

 そこでヒヨコ様が「巣鴨タロウと守山アカネを恋人にするつもりじゃ」などと言い出せば、どうしたってお互いに意識して変な空気になってしまう。

 最近はまともに会話できていることを思えば、ここで関係性が後退するのは困る。

 まあそのぐらいはヒヨコ様も分かっているだろうし、うまく説明してくれることを期待するしかないが……。


「昨日も軽く話したがな、ワシの目的は巣鴨タロウの嫁探しなのじゃ」


「えっと、それで私のところに来たってことはつまり……?」


 守山がいきなり踏み込んだ。

 一瞬驚いたが、考えてみると当然か。

 今までの話を考えれば「守山アカネが嫁候補」というのは確実で、これ以外の可能性を思い浮かべるほうが難しい。

 分かりきっている以上、当事者としては明言してもらいたくもなるだろう。


 ヒヨコ様はそんな守山を優しく見つめている。


「うむ、まあ、お前たちの相性が良いと思っておるのはたしかじゃ。だから幽霊騒動を起こして会話のきっかけを作った。だが、もちろん無理に嫁になれというつもりはない。お互いの気持ちが大事じゃからな」


「なるほどなあ! たしかにヒヨコ様の言う通りだなあー!」


 大声で相槌を打つ。

 聞いて分かる通り、特に内容はないバカみたいな相槌だ。

 それでも俺にとってこれが一番いいと思える対応だったのだから仕方がない。


 ヒヨコ様の説明は押しつけがましさがなく理想的ですらあったが、それでも

 拒絶反応が出るかもしれない。

 最低でも現状維持が目標の俺としては、勢いで有耶無耶にしておきたかったのだ。


 さて、守山の反応は……。


「う、うん、そうだよねえ! ヒヨコちゃんの言う通り!」


 守山もバカみたいな相槌を打っていた。

 彼女も有耶無耶にすることにしたようだ。


 少し頬が赤いものの、笑顔で頷いている。

 この感じならお互いに気まずくなることもあるまい。

 とりあえず最悪の事態は避けられたと思っていいだろう。


「まあ、お膳立てはしたんじゃ。あとは2人でいいようにせい。ワシとしては、あの女とさえくっつかなければ、タロウの恋愛に口出しする気もないしな」


「……あの女?」


 妙に意味深な言いかたをするヒヨコ様。

 思い当たる人物がいない。


「……ワシは巣鴨一族の危機と言った。その意味を考えれば、誰のことかは分かるじゃろ」


「……ん?」


 言われてみれば「巣鴨一族の危機」というのは不思議な表現だ。

 俺が子どもを作らなくても、一族の断絶には繋がらない。

 だって巣鴨の後継者は俺ではなく……。


「はあっ!? しまったあ! 奴が、奴が来るううう!」


「ヒ、ヒヨコちゃん? どうしたの? え、どこ行くの? ヒヨコちゃあーん!」


 考え込んだせいで、反応が遅れた。

 顔を上げたときにはヒヨコ様の姿は見えず、窓にへばりつき外を見る守山がいるだけ。

 どうもヒヨコ様は外に飛んでいったようだ。

 いったいなにが……?


 ――かちゃり。


 そんなとき、玄関から音がした。

 誰かが鍵を開けた?

 管理人か?

 緊急事態でも起きたのだろうか。

 いやそれでもチャイムぐらい鳴らすだろう。


 嫌な予感がしながらも、リビングの入口に目を向ける。


 ぺたぺたと、どこか可愛らしいスリッパの音が廊下に響く。


 瞬間、ゾッとした。

 誰が来たのか理解できてしまったのだ。


 そして……。


 ……リビングに現れたのは、予想通りショートヘアの少女。

 多少の陰気さは感じるが、それでも彼女の見た目は美少女としか言いようがない。


 ――巣鴨(アオイ)


 俺の妹にして巣鴨の後継者。

 彼女は俺を見てニッコリと微笑む。


「お兄様、お久しぶりです」


 そう言ったあと、彼女は窓際にいる守山アカネを見た。


 ……ヤバイ。

 これはマジでヤバイ。

 守山は今、葵のパジャマを着ている……!

 しかもヒヨコ様がいない今、2人きりでお泊りしたようにしか見えないはずだ!


「さて、私も覚悟を決めました……」


 葵はそう呟きながら、俺に視線を戻す。

 そして笑顔のまま、口を開いた。


「――断罪の時間です、お兄様」


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